聖水は渡さない
「他国の方々とお話しする機会も大切ですので、我々は別室でお茶会でもするのです」
という、参ノ国の王女ナレードの申し出に従い、インチキ王国関係者以外の人々は一旦俺たちのいる部屋から退室することになった。
インチキ王国の兵士たちには、南都の街の治安維持に向かうようオソレナシー将軍から指示が出た。
ここに残るのは、俺とクローニン宰相、それからオソレナシー将軍の3人でいいだろうと、思っていたのだが——
「ん? なんでオニーサンが、オレっちの顔をじっと見るのかわからないゾ?」
「あのな、ミミー。これからここでするお話は、あんまり面白くないと思うんだ。だからミミーも街の警備に行ったらどうだ?」
「オニーサンに何かあった時には、オレっちが守るんだゾ? オレっちがいなくなったら、オニーサンが困るんだゾ」
嗚呼、ミミーはなんてかわいい子なんでしょう。
まあ、ミミーがそう言うなら、ここに残してもいいか。
次に俺は、ミミーの隣にいるアイシューに視線を移した。
「アイシューはニシノ国の王様になったんだから、他の国の人たちと交流を深めても——」
「私はインチキ王国の公爵なんじゃないの? なら、私もここにいるべきだと思うんだけど。違うかしら?」
ちょっとだけムッとした様子のアイシュー。
「アイシューがそう言ってくれのは、正直ありがたく思うよ」
「今更なに言ってんだか。私たちはパーティメンバーでしょ」
じゃあ、5人でここに残るかと思っていると、アイシューの言葉を聞きつけたのか、ホニーが部屋の出口からダッシュで戻ってきた。
「ハア、ハア…… そ、そうヨ! アタシたちは、固い絆で結ばれたパーティメンバーなのヨ!」
「……ねえホニー。あなた、『お茶会』って言葉に惹かれて、この部屋から出て行こうとしてたんじゃないの?」
「バババ、バカなことを言わないでよね、アイシュー! アタ、アタ、アタシはドアノブの様子を調べてただけで、決してお茶会に出れば美味しいお菓子が食べられるかもなんてこと、全然思ってなかったんだから! それから、ドアノブの調子はすこぶる良好だったんだからネ!」
「ホニーがアタアタしてるゾ」
「ミミーうるさい!」
こんな調子で、久しぶりにパーティメンバー4人でいつもの空気に浸っていたところ——
「嗚呼、ホニー嬢! 君は僕のことを想って、ここに駆けつけてくれたんだね!」
少し離れた場所から俺たちの様子をうかがっていた小太りのニーチャンが、何かよくわからないことを口にした。
このニーチャンこそ、ニシノ国の真正ロリコン国王陛下であらせられるようだ。
「もともと僕は国王になんてなりたくなかったんだ。王位なんてそこにいるオジサンに喜んで譲ってあげるよ。なんたって、僕は今とても気分がいいからね。嗚呼、ホニー嬢とアイシュー嬢、それからなんとナレード嬢まで僕のお嫁さんになってくれるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう!」
さて、どこからツッコんだものやら……
そう思ったのはどうやら俺だけではないようで、この部屋に残っているクローニン宰相やオソレナシー将軍はもちろんのこと、妄想炸裂ニーチャンの隣にいるコウケーツ卿と、たぶん卿のお兄さんであろう人も、口を大きく開け目を見開いたまま固まっている。
ここは一度みなさんに、頭の整理をする時間を差し上げた方がいいみたいだ。
ちょっと世間話でもして、間を置くことにするか。
「お久しぶりですね、ケッパーク卿。北都から無事にここまで来られたようで、なによりですよ」
俺から言葉を向けられたケッパーク卿は、ハッとした顔つきで俺の顔を見つめ、
「申し訳ありません!!!」
と言いながら、慌てた様子で片膝をつく。
「王への忠義を貫くためなら、例え困難な状況の中に身を置くことも厭わないなどと、たいそうなことを言いながら、何一つ不自由のない生活を送っておりますこと、誠に厚顔無恥とはこのことかと——」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 俺は別に嫌味を言ってるんじゃないですから。今のは純粋に元気な姿を見てホッとしてますよという意味ですから!」
「エ、そうなの? てっきりアタシは、またカイセイのイケズが炸裂したとばかり思ってたんだけど」
「おいホニー。『また』ってどういうことだよ。俺は自分がイケズだなんて思ってないからな。お前はどうやら京都人に偏見を持っている——」
「…………カイセイさん、ちょっと黙って」
ヒイッ! どうしよう。
アイシューさんがとても怒っておられるではないか。
「そこにいるあなた。どうして私が、あなたのお嫁さんにならないといけないのですか?」
冷たい目をしたアイシューが、低い声で国王のニーチャンに尋ねる。
「え? だって君たち3人は、僕のお嫁さんになるためにここへ来たんでしょ?」
「……それ、冗談ではなく、本気で言ってるの?」
「本気だけど、何か問題でも? ああ、そうか。花嫁衣装を用意していないんだね。でも、それは問題ないよ。結婚式にかかる費用は、全て僕が用意するから」
「……あなたが自由に使えるお金は、もう1エンもないと思うんだけど?」
「そうなの? でも僕は元国王ってことになるんだから、きっとみんながお金をくれると思うよ」
「元国王って…… 王朝が代わったんだから、今の国王からすればあなたは敵…… もういいわ、時間の無駄ね」
「そうだね、一刻も早く結婚式を挙げるべきだね」
アイシューの眉間に深い皺が刻まれた。
それから、フーと大きく息を吐いたかと思うと……
初級水魔法の詠唱を始めた。
初級魔法程度なら相手の命を奪うことは出来ない。
きっと、軽いお仕置きをするつもりなのだろう。
アイシューさんってば相当怒ってるみたいだから、このぐらいは容認してやろうと思っていたのだが——
アイシューはハッとした表情を浮かべ、詠唱を途中でやめてしまった。そして——
「ホニー、あなたが火魔法を使いなさい」
「エ? なんで?」
「懲らしめてやるのよ」
「チョット、それじゃアイシューが黄門サマで、アタシは助さんか角さんみたいじゃないのヨ。そうなると、さしずめカイセイはひょっこり八◯衛ってところネ」
「それを言うなら『うっかり』だよ。本当はもうちょっと日本ネタを広げたいけど、今日はアイシューが怒ってるからこれで終わりな」
隣にいるミミーが、『オニーサン、ナイス判断だゾ』とでも言いたげな表情で、ウンウンと頷いている。
怒れるアイシューは、怖いもの知らずのミミーでさえビビらせてしまうのだ。
「なによ、アイシューばっかり贔屓しちゃって。そんなにお仕置きしたけりゃ、アイシューが自分で水魔法を使えばいいじゃないのヨ」
「…………嫌なのよ」
アイシューが腹の底から搾り出したような、うめき声にも似た声を発した。
「エ? なんで嫌なのヨ」
「あなた、忘れたの? この人は、私が魔法で生成した水を樽の中に入れさせて、その……」
「あっっっ! 思い出したワ! コイツはアイシューが作り出した水を『聖水』と名付けて、お風呂に入る度に自分の身体へ——」
「それ以上、言わないで!!! 思い出しただけで、身体にブツブツができるのよ!!!」
そうか、アイシューの水魔法を浴びると、それはご褒美になってしまうのか。
……なんでこの世界には、こうも面倒な人物が多いのだろう。




