口撃力
「さあみなさん、早く私の後ろへ! この者の攻撃は、すべて私が防ぎます!」
ついさっきまでオロオロした様子だった女神様が、先ほどのことなどまるでなかったかのような変わり身の早さでカッコいい台詞を言い放った。
コズールイを睨みつけながら、女神様は真剣な表情を見せている。
一方のコズールイはというと、こちらも冷たい氷を連想させるような表情で、無言のまま女神様を見つめていた。
視線をぶつけたまま動かない二人の様子を横目で見ながら、俺たち人間族連合軍のメンバーは女神様の言葉に従い移動を開始した。
しかし俺はというと、前回のターンのある出来事のことを考え、頭の中がいっぱいになっていた。
前回のターンにおける俺の記憶は、魔人族四天王最後の一人に胸を刺されたところで終わっている。
次に目を覚ました時、俺は周囲に何の構造物もない真っ白な空間にいた。
その場にいた女神様から、『残念ながら、あなたはお亡くなりになられました』と告げられたんだっけ。
俺を殺したのは、おそらく目の前にいる魔人族四天王のコズールイなんだと思うんだけど……
自分を殺した男が目の前にいるってことなのか?
なんだかとても不思議な気分だ。
それにしても、女神様やパイセンは、この男が前回のターンで登場したあの魔人族四天王の一人だと気づいていないのか?
パイセンは俺が殺されるシーンを天界から見てたんだろ? それに女神様だって何も言わないし……
うーむ…… 俺がコイツにヤラレたのは一瞬の出来事だったし、女神様もパイセンも、コイツの顔をはっきりと見てないのかな?
それなら自分で、前回のターンの借りを今ここで返してもいいのか?
そんなことを考えながら、俺もその場から動かずコズールイの様子を眺め続けていた。
するとパイセンがこちらに近づいて来て、俺の襟首をグッとつかみ、そして耳元でコソッとつぶやいた。
「カイセイ氏。アンタは前回のターンでコイツと出会ってるのかも知れないけど、そのことはまだみんなには言わない方がいい。みんな混乱すると思うからね。とにかく、今は女神様のご指示に従うっスよ」
そう言うと、パイセンは俺の襟首をつかんだまま女神様の背後へと歩みを進めた。
確かに、パイセンの言う通りだと思う。
今は危険な状況だ。
前回のターンで起こったあれやこれな出来事に、脳ミソのリソースを使っている場合ではない。
そもそも、『よくも俺を殺しやがったな!』とか『俺の恨みは俺が晴らす!』みたいなことを叫んだとしたら、きっと事情を知らない大勢の人から可哀想な目で見られること請け合いだ。
そうだ、ここはもう少し様子を見るべきだ。
コズールイだって、本当は善人なのにやむにやまれぬ事情があった…… って、ことはないか。コイツ、極悪非道な悪魔教徒の首魁だからな。
まあいい。
せっかく女神様が張り切っておられるのだ。
ここは女神様にお任せすることにしよう。
連合軍のメンバーが女神様の背中が見える位置まで移動し終えると、女神様を含めた我々全員の頭上をすっぽりと覆うドーム状の光が現れた。
女神様はたぶん魔法の防壁によって、我々を守るつもりなのだろう。
「あなた達も光の中へ入って下さい」
女神様は旧ナカノ国王とコウケーツ兄弟にもそう告げた。
しかし3人は状況がつまめない様子でその場に突っ立ったままだ。
「しょうがない連中っスね」
見かねたパイセンが風魔法で編んだウインドロープを3人に向け放つ。
ロープは3人の身体にぐるぐると巻きついた。
パイセンは力一杯ロープを引き寄せ、強引に3人を光のドームの中に引き入れる。
引き入れたのはいいんだけど……
「あれ? ドームの外側から人が入って来たけど、それって大丈夫なのか?」
思わず俺の口から言葉が漏れてしまった。
「え? ナニ言ってんスか?」
俺の言葉に反応するパイセン。
「この魔法の防壁って、外からの攻撃を跳ね返したりするんじゃないのか? 敵の拳は、絶対にこのドーム内には入らない、みたいな」
「さあ。女神様は慈悲深い人だから、きっと防壁も外敵にまで優しい設計にされてんじゃないんスかね」
それ、冗談ですよね、パイセンさん?
この防壁、本当に大丈夫なのか?
そうだ、このドームは魔法の攻撃を防ぐためだけに生成されたものなのだ、うん、きっとそうだ、そう思うことにしよう。
とにかく、これでコズールイを除くここにいるすべての人間は、光のドーム内に入った。
これで心置きなく女神様はコズールイと戦うことが出来るという訳だが…… あの平和主義者の女神様が戦うのか?
「もういいのですか、女神の使徒、いや、巫女だったかな。確か名前はコテラでしたっけ?」
バカにしたような嘲笑を浮かべ、コズールイが女神様に尋ねた。
「私の名前を知っているとは…… ひょっとしてあなた、私に気があるのですか?」
女神様がボケた…… ということではないのだろうが……
ナニ言ってんだ、この人?
この時、今まで冷静だったコズールイの顔付きに変化が生じた。
一瞬、怒気を含んだ表情が垣間見られたのだが、その苛立ちを全て飲み込んだかのように、再び落ち着いた佇まいに戻ったコズールイ。
「配下の悪魔教徒を使って、天界に連なる者どもの様子を調べていただけです」
コズールイは何もなかったかのようにそう述べた。
そう述べたのに……
「自分の気持ちを他人任せにするなんて、そんな生き方、恥ずかしくないのですか? 好きなら好きと、もっと素直に表現するべきではないのでしょうか!? そうです、素直でいいんです! だからあなたは、そんなにカッコつけた話し方をしなくてもいいのです!」
今度は間違いなく、コズールイが怒りの形相を見せた。
それだけではない。
小声で『メンドくせ』と言ったのを、俺は聞き逃さなかった。
「……私は別に、格好をつけたりはしてはいない。それで…… 言いたいことはそれだけですか?」
若干、怒りで声を震わせながらも、なんとか次の言葉を口にしたコズールイ。
しかし——
「なんですか、それ? 私にもっと話せと言うのですか? それって…… まさか! 私の方から告白しろとでも言うつもりですか!?」
「そんな訳あるかよ、このオトボケ恋愛脳め!」
ついに冷静さをコッパミジンに打ち砕かれたコズールイが、怒りに任せて魔法のようなものを放った。
しかし!
女神様が作り出した光の防壁の前では、コズールイの魔法はまったく効果を発揮しなかった。
やっぱりこの光のドームは、対森林族用の魔法防御に特化した防壁だったんだな、と俺は感動を覚えたのだが、しかし俺はそれ以上に女神様のポンコツ妄想力、もとい、攻撃力いや口撃力の凄まじさに驚愕したのだった。
そんな驚きを感じたのは、どうやら俺だけではなかったようだ。
俺の背後から、キタノ国の近衛騎士団長ブブさんの声が聞こえてきた。
「エゲツねえ攻撃だな…… 若かりし頃にこの攻撃をくらっていたらと思うと、冷や汗が出るぜ」
補足しよう。
もし中学生ぐらいの頃に、まったく好きでもない女子からこんなことをクラスメイトの前で言われたとしたら、俺ならきっと恥ずかしさのあまり教室からダッシュで逃げ出していたに違いない。
また背後から声が聞こえてきた。今度はホニー信奉者で現在はヒガシノ国の重鎮となったホノーノさんのものだ。
「こんな強烈な精神攻撃は見たことないよ…… ホニー様の自称許嫁ウナギパイーの精神攻撃がカワイく思えるな。もし若い時分にこの攻撃をかまされてたらきっと心が折れて、俺は今でも独身でいただろう」
補足しよう。
もし中学生ぐらいの頃に、話したこともない女子から、『コイツ、私のことが好きなのよ』みたいなことを言われたとしたら、俺ならきっと女子全般との接し方がわからなくなり、挙げ句の果てには女子との接触を避けることになっていたはずだ。
まったくもって、若者の人生を左右しかねない、なんと恐ろしい攻撃であろうか。
ここでトドメを刺すかのように、ニシノ国の元教皇の声まで聞こえてきた。
「フゥ…… 言葉責めが好きな私でも、この攻撃をくらうと精神がゴリゴリ削られそうです。まったく…… 言葉責めというものは、相手がイジって欲しい点をまず把握した上で、性的興奮を感じるかどうかを把握しながら——」
補足…… なんて出来る訳ないだろ、この変態め。
ともあれ、北、東、西、三国のオッサンたちの間では、新たな心のつながりが出来たようだ。
これを機に、国家間の交流が深まったりして。
さて、女神様の攻撃の威力はともかくとして、コズールイのヤバい魔法みたいな攻撃を無効化したんだから、女神様の防御力はもっと賞賛されてもいいはずなんだけど……
やっぱり、女神様は女神様のようだ。
変わることのないテラ様のポンコツ具合に我が愛情を!




