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第2話 森の中で


 獣に襲われた後、曜は森でしばらくさまよっていた。

 その時、

 

 「うぅ~。うぅ~」

 

 曜の耳にどこからか生き物がうめく声のようなものが聞こえた。

 太陽の光が届きにくい薄暗い鬱蒼とした森の中で聞こえるその声は少々どころではなく、かなり不気味だった。

 

 「さっきの獣か……?」

 

 ふと先ほど、自分を今日の晩御飯にしようと襲ってきた獣の姿が脳裏に過ったが――

 

 「いや……人の声……?」

 

 すぐに認識を改め、それは獣の声とは異なっていると否定する。

 その声は、紛れもなく人の声に聞こえた。

 

 「うぅ~、うぅ~」

 

 と唸っているのだが、十何年間人として生きてきた曜としては、確かに聞きなれている人の声帯が発する声に聞こえた。

 

 「まさか幽霊……?」

 

 ここは異世界。幽霊がいてもおかしくはない。それも森の中だ。森の中で非業の死を遂げた者の魂が地縛霊として彷徨う。ない話ではなかった。

 もし人で無かったとしてもその時は逃げればいいだけの話だ。

 

 だけど、それが本当に人であって、さらに苦しんで助けを求めているうめき声であったのならば、ここで見過ごしたことを後々後悔しそうであった。

 善人ではないけれど、人並みには良心を持つ曜にとって、その声を見過ごすことはできなかった。

 曜が声のする方へ、声のする方へと近づいていくと――

 

 「うぅ~、死んじゃいますよ~。うぅ~、私もここまでですか~。うぅ~」

 

 と、まるで一人芝居をしているみたいにうわ言のように呻きながら倒れ伏す少女がいた。

 曜の聞き間違いではなく、やはりそれは人の声であったようだ。


 「おいっ! 大丈夫か⁉」

 

 少女のただ事ではない様子に、曜はすぐさま駆け寄る。

 

 「大丈夫か……? ですか? これを見てあなたはどこをどう見たら大丈夫だと判断したんですか?」

 

 ――イラッ。

 

 心配したはずの少女から唐突に暴言を吐かれて、つい頭に血が上ってしまうのを――なんとかこらえて、再度声を投げかける。

 

 「……す、すまん。大丈夫じゃないから呻いているんだよな。それで、一体どうしたんだ?」

 「お腹が空き過ぎて死んじゃいそうなんです。何か食べないと死んじゃいそうなんです。あぁ、死ぬ。死んじゃいますぅ~カクッ」

 

 ――カクッ⁉

 

 「――――」

 

 ――死んだああああああぁぁぁぁぁぁぁああっ⁉

 

 曜が少女の呼吸や脈を確かめると、確かに死んでいた。生死を確かめるために膝の上に抱き上げた少女の身体がみるみると冷たくなっていくのを感じる。さきほどまで、生きていた証である温もりでさえ、その身から一切のせいの跡を消していく。

 

 「…………」

 

 死んじゃいますぅ~って言いながら死ぬやつ初めて見た。

 が。

 そんなことよりも。

 死なせてしまった。助けを求めていたのに死なせてしまった。

 

 ――俺がもっと早く彼女の声に気づいていれば。もっと早くここに助けに来ていれば。

 

 目の前で、安らか? に眠る少女を見て、それが例え他人の死であったとしても、自分の心を苛み、後悔の渦に囚われていってしまう。

 せめて、供養だけは――と曜が思ったその時。

 

 「あれ? そういえば――」

 

 ――俺って蘇生スキル持ってるよね?

 

 と、曜は思い出した。



 ♢

 


 「蘇生っ‼」

 

 曜が、ユニークスキル蘇生を行使した瞬間――

 先ほどまで生きていて、そしてついさっき死んでしまった少女の身体をまばゆい光が覆う。

 それはとても神聖な輝きで、神秘的な光だった。

 それもまた一瞬の出来事で――

 

 「すぅすぅすぅすぅ」

 

 死んだはずの少女から、死んだ後に停止していたはずであった、呼吸が聞こえてきた。

 それはもう、気持ちよさそうに、安らかに、生き返り、眠っていた。

 生き返った少女の、その安心しきった寝顔を見ていたら、曜の心に先ほど抱いて、だけど抑えたはずの怒りがなぜかふつふつと沸いてきた。

 

 ――ああ、そうか。

 

 曜は自分がなぜ怒りを感じているのか分かった。

 この少女が安らかに眠っているのが許せないのだ。

 自分が危険を冒してまでここまで助けに来た挙句、投げかけられた暴言。

 そして、人を小ばかにしたかのような態度と表情。

 それに蘇生をかけてやったのに、一人だけ安心しきって寝ている少女。

 曜は十六歳だが、だけどまだまだそれは成熟した心を持っているともいえず、冷静にかつ一度起きた衝動を止めるすべをまだ知らない。

 

 だから――

 

 「起きろやッ‼ ボケやろおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ‼」

 

 ――彼は気持ちよさげに眠る少女の耳元で、大声で罵倒を吐いてしまったとしても、それはしょうがないことなのである。


 「ヒイエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェッ⁉ なんですか⁉ なんなんですか⁉ 夜這いですか⁉ 夜這いなんですね⁉」

 

 曜の罵倒に奇声を上げながら目を覚ました少女は、目の前にいる曜を視認すると、とんちんかんなことをわめきだす。

 

 「誰がお前のことなんて夜這いするかっ⁉ お前があまりにも気持ちよさそ~~~~~にっ! 寝ているのを見てイラッと来ただけだよ」

 

 そんな少女に、不本意極まりない誤解をされた曜は思わず、素直に事実をわめき返す。

 が。

 

 「はあああぁぁっ⁉ 人が気持ちよく寝ているのに、自分がなんかイラッと来たからって、耳元で大声だすとかありえますっ⁉ 自己中にもほどがあるでしょうっ⁉」

 「ッ⁉ んだとおのれえ! 黙って聞いていれば、さっきから全て俺が悪いみたいな言い方しやがってっ! お前一回死んでんだぞっ⁉ それを生き返らせた恩人に対して言う言葉じゃないだろうっ⁉」

 

 そうだよ。なぜ自分が罵倒されなくちゃならないのだろう。

 少女の止めどない罵倒に対して、我慢しきれず言い返した曜の言葉に――

 

 「へっ? 私が……死んだ……?」

 

 わめきながらブンブンと振り回していた腕を急にピタッと停止させて少女は呆然と呟く。

 動きを完全に停止させてしまった少女に、

 

 「言った通りだよ。お前は一回死んで、そして俺が生き返らせた。嘘をついているわけでもないし、俺がそんなことを言ってだますような理由もない」

 

 だが、曜の言った事実が受け入れられないようで、

 

 「またまた~! 私が死ぬわけ――」

 

 ヘラヘラと笑う少女に対し、

 

 「お前は死んだ」

 

 真顔で告げる曜。

 

 「…………」

 「…………」

 

 「マジですか?」

 

 真顔で問いかける少女。

 

 「マジで」

 

 真顔で答える曜。

 

 「…………」

 「…………」

 

 「ヒイエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェッ⁉ 私死んじゃいましたよっ! 私死んじゃったんですよっ! イヤァァァァアッ! まだやり残したこと沢山あったのにぃ! っということは……、じゃあっ、ここはもしや天国っ⁉ 天国なんですねっ⁉ はっ⁉ もしかして、もしかすると! あなた様はは神様ぁっ⁉ ヒイエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェッ⁉ とんだご無礼をぉぉぉぉぉぉぉぉッ! 地獄いきはいやですぅぅぅぅぅぅぅッ‼」

 「うるせえええええええええっ‼ そして人の話を聞けえええええええええええええええっ‼」

 

 曜の全力全開の叫びにビクッと肩を震わせ、少女は動きを止める。

 

 「ヒイエェェ?」

 「ここは天国でもないし、俺は神でもない。何よりも、お前は死んでない」

 「で、では、私は一体どういった状況なのでしょうか? ほんとに死んでないのですよね?」

 

 やっと冷静になってきたのか、落ち着いた様子で、でもどこかまだそわそわしている様子で曜に問いかける。

 

 「だーかーらー、最初っから言っているだろ。お前は一度死んで、そして俺が生き返らせた。それ以外の事実など無い」

 「と、言いますと、私は一度死に、そして蘇ったと?」

 

 ちょっと言葉のニュアンスが違うが、そう確かめてくる少女。

 少女の問いに対し、

 

 「まあ、その認識で間違いない」

 

 コクっと頷きを返す。

 と。

 

 「私ってもしかして不死身?」

 「それはない」

 「ちっ。だとすると、本当にあなたが私を生き返らせてくれたんですね?」

 「だから、そうだと何度も言っているだろう」

 「そして、生き返る前の私の身体であんなことやこんなことまでしたんですねっ!」

 

 少女は自分の体を両腕で抱きしめる。

 しかし――

 スタスタスタスタッ。

 曜は静かに少女に背を向けて歩き出した。

 

 「待ってえええええええええええっ! すいませんでした。私が悪かったです! 勘違いでした! 全部勘違いでした! 調子に乗りすぎました! だからこんな薄暗い森の中に一人にして置いて行かないでえええっ!」

 

 と必死に曜の足に絡みついて取りすがった。



 ♢

 


 「グスン。調子に乗ってごめんなさい」

 

 少女は曜の前で、土下座、までもいかないが、彼女自身が考える最上級の謝罪をしていた。

 余程、この不気味な森に一人でいるのが嫌だったのだろう。

 

 「あ、あと、生き返らせてくれてありがとうございました」

 

 思い出したついでに、という感じで礼も述べる少女。

 はあ、マジでこいつここにおいて行こうかな、と思った曜だったが、

 

 「とりあえず、なんでお前こんなところで行き倒れてたんだよ?」

 

 ずっと気になっていたことを曜は問いかける。

 すると、

 

 「ギュルルルルルルルゥゥゥゥゥゥッ」

 

 少女のお腹からとてつもなく大きい腹の虫の音が鳴った。

 

 「はぁー……、とりあえずこれ食ってから話せ」

 

 曜はカバンに入っていた、神からもらったおまけ(非常食)を取り出し少女に渡す。

 

 本当は、一つも渡したくなかったのだが、ここでまた空腹で行き倒れられてしまっても目覚めが悪いため、仕方なく渡したのだ。

 

 曜の差し出した果物にギランッと目を光らせた少女は――

 

 『ガブリッ‼』

 

 ――と差し出した曜の手ごと食べ始めた。

 

 ムシャムシャムシャムシャ。

 

 「痛い痛い痛い痛いっ!」

 

 たまらず、曜は残っていた右手で少女の顔を、

 

 「ブヘェェッ⁉ バビ、ブンベブバッ⁉」

 

 鷲掴みし、勢いよく押し出す。

 おそらく――何するんですか――と文句を言ってきたのだろうが、そんなこと構わずに、

 

 「何すんだってはこっちのセリフだ。食ったならいいから、は・や・く、お前がここにいた理由を言え!」

 

 と、少女の顔を尚もギュッと握りながら要件を切り出す。

 その後、少女がしゃべりやすいように顔を解放してやると、

 

 「はあ。これだから童貞は暴力的でいけませんよね」

 

 そのように悪態をついてくる少女に対して、

 

 「マジでここに置いて行こうか?」

 

 真顔で脅してやると、

 

 「わかりましたよもう。言いますよ! 言いますとも! 言えばいいんでしょう!」と逆切れしながらもここにいた経緯を少女は話し始めた。


お読み下さりありがとうございます。


次回の更新は明日です。

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