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第1話 転移後

 「……ここは?」

 

 曜が言葉にした当然の疑問に対し、しかしながら答える者は誰もおらず、呟きは虚しく空を切るだけだった。

 曜の意識がパッと戻るとどこかの街道に立っていたのだ。

 整備されているようなされていないような、だけどしっかりと人の足によっては踏み固められている土の街道。

 前も後ろもずっと一本道が続いている。

 街道沿いには鬱蒼とした林と森が広がっている。

 いかにも一度入ったら抜け出せそうにないと感じさせる森だ。

 特別な用事がない限り自らの足を向ける者は決していないだろう。

 曜にそう思わせるような森だった。

 

 とりあえず――

 

 「まっすぐ進んでみるか」

 

 ――街道に沿って歩くことに決める。

 

 前か。後ろか。

 それ以外の選択肢しか無かった曜は、本当にとりあえず向いていた方だったという理由だけで前方へ進むことに決めた。

 と、腕を振り出そうとして、気が付けば、右手にカバンが握られていることに気が付く。

 

 「ん……?」

 

 なんだろうと思い、前に一歩を踏み出そうとした足を止める。

 こんなものは神といたときには持っていなかった。

 とりあえず中身を開いてみると、カバンより小さい巾着袋と飲料水と思われるもの、そして果物らしきものがいくつか入っていた。

 

 「ああ、そういえば」

 

 ここに送ってもらう前に、神がおまけがなんたらとか言っていたことを思い出す。変なことばかり言う神だから、ロクな奴じゃないだろうと思っていたが、案外面倒見のいいところもある優しい神様だったのかもしれない。

 

 カバンの中に入っていた巾着袋をさらに開くと銭貨が入っていた。

 この国のお金だろうか?

 一体いくらぐらいなのか分からないが、多からず少なからずと言ったところか。

 まあ、人里に行けばわかるだろう、と早々に結論を出してカバンにしまう。

 

 まずは日が暮れる前に人里につかなければならない。

 曜が元いた世界と同じく太陽もある。おそらく夜になれば暗くもなってしまうだろう。

 そうして曜はカバンの中身を一通り確認したところで、前に進もうとして、だけど野暮用で一時停止した足を再び前に踏み出した。



 ♢



 一体どれくらい進んだだろうか。

 とりあえず、で歩いてはいるが一向に人里に着く気配がしなかった。

 道逆だったかな、とは思うものの今更引き返すにしても、無駄に体力を減らすだけだと割り切って前に進むしかない。

 歩き出した当初、日はまだ低く、大してその存在を感じなかったが、幾何かした頃に突然自分の存在を誇示し始めるかのように照射が強くなった。

 幸い、飲料水はカバンに入っていたから喉が渇くことはなかったが、それも無限でもないし、いつかは無くなってしまう。

 

 そもそも、なんであんなところに転移させんだよ、と神に文句を言いたかったが、言いたいはずの相手である神が目の前にいないのだからどうしようもなかった。どうせ、適当な神のことだから、と自分の中で折り合いをつけるしかないのだ。

 

 だが、ここで歩みを止めるわけにはいかない。

 自分には『モテル』という目標があるのだから。

 目標ある限り、立ち止まったり、横道にそれたりもするが、決してあきらめたりしてはいけないのだ。あきらめるときは死んだとき。と言っても曜はすでに一回死んでいるが、また新たに生を受けた以上自分の目標は必ず達成したい。そのためには歩き続けるしかない。

 

 歩いても歩いても何も変わらない景色だった。

 永遠と続くかのように思えた街道に唐突に変化が訪れることになったのは、曜が歩き始めてどれくらい経った頃だっただろうか。

 

 『ピタッ』


 ふと首筋に冷たくてヌメリとした感触を覚えた。


 ――雨だろうか?


 一瞬曜はそう思ったが、すぐに違うと分かった。

 なぜなら首筋に感じたそれは生暖かく、間違いなく液体のようなもの。そして、腐臭。また、その腐臭に混じってかすかに香ってくる獣臭。また、荒く興奮しているような鼻息が後ろから聞こえた。

 曜はゆっくりと、だけど、おそらく後ろにいる何かを刺激させないように静かに振り向いた。

 

 「こんにちはー、いい天気ですねーっ?」


  一縷の望みをかけて、何気ない挨拶をしたが、しかしながらそれは、紛れもなく知性も持たぬ獣であったようだった。

 

 「ガアアアアアァァァァァアアッ‼」

 

 残念ながら異世界に来て初めて遭遇した生物は言葉の通じぬ獣だったようだ。



 ♢ 

 


 『ダッ‼』

 

 地面をえぐる勢いで、曜はその場を一目散に駆け出す。

 

 ――ムリムリムリムリムリムリッ、聞いてない聞いてない聞いてないよーっ! なんであんな凶悪そうな生物が普通に街道に現れるんだよっ!

 

 人の歩く道だから安全だろうとどこかで考えていたのだが、その考えは今後ろで自分を食い殺さんと臭いヨダレを垂らしながら追ってくる生物をもってして無に帰していた。

 一生懸命走るが、獣の足は決して遅くはなく曜の足以上に遥かに速い。

 このままじゃ追い付かれる、そう思った曜は一生懸命にこの危機から脱するための方策を考える。

 

 ――戦うか? いや、それじゃあ、食い殺される。そもそも戦うための武器がない。

 

 ――じゃあ、このまま走って逃げるか? まっすぐ街道を進んだとして逃げ切れる保証はない。助けを乞うと言ったって、これまで道に誰もいなかった。

 

 ――ちっ。こなったらしょうがない。

 

 曜は一つの覚悟を決めた。この方法は、獣からは逃げられるかもしれないが、その後に生きて戻ってこられる確証がないのだ。

 

 だが――

 

 「グルルルルルルルルルルッ」

 

 だんだんと距離を詰められている獣の気配を感じてそうも言ってられなくなり、

 

 ――ええいッ! いちかばちかだっ!

 

 覚悟を決めた曜は、全力疾走のまま街道から徐々に徐々に脇道へとそれ始める。

 そしてついには、森の中へと入り、鬱蒼と生い茂る林へと突っ込み、その先の数多の木々もくぐり抜けていく。

 足は決して緩めず、一歩一歩に力を込めて、後ろの獣から逃げる。

 そのためだけに全神経を集中させて走り続ける。

 息が上がり辛いがここで足を緩めれば獣に殺される。

 その強迫観念に苛まれながらも曜は諦めることなく走った。

 時に蔦に足を絡ませながらも、時に樹木の根っこに足を引っかけ危うく転びそうになりながらも獣から逃げ続けた。

 

 そして、曜はこの勝負に――


 

 「はあぁぁぁぁぁああっ! 生きてる!」

 


 ――勝った。


 なんとか獣を振り切ったようだった。

 いちかばちかの賭け。逃げ切れる可能性など本当はなかったのかもしれない。だけれど、曜は獣のエサになることなく、実際にこの場にいた。


 曜が今いるのは、木の上。

 獣の気配がなくなってきた当たりで、手近にあった登りやすそうな木に登ったのだ。木の上ならば、もしまた獣に見つかったとしてもそうやすやすとは危ない状況にはならないだろうと思って。


 ――ああ、本当に危なかった。


 異世界転移して、早々獣に食い散らかされました。

 なんともまあ、悲惨すぎる死だ。送り出した神様も流石に哀れむだろう。

 結果としてそうならなかったのは本当に運がよかっただけだ。あわや、本当に獣の糧として余生を過ごすところだった。

 まだ、やり残したことがあるんだからここで死ぬわけにはいかない。

 だけれど。


 「これからどうしよう……」


 一生懸命逃げてきたはいいけど、帰り道が分からない。

 そう。これが懸念していたことだ。

 仮に獣から生き延びられたとしても、この森から生き延びられる保障はなかったのだ。

 迷子だ。帰り道も分からぬ完全なる迷子であった。


 「はぁ……」


 ある程度前向きではある方の曜であるけれども流石にこの状況にはため息を吐いてしまう。

 獣から逃げて体感で三時間くらいは立ったと思う。

 そろそろ獣さんもあきらめている頃だろうが――あくまで予測だが――、確実だとは言えないので、慎重に移動する必要はある。


 「このままここにいてもどうにもならないしな……」


 曜はここから移動することに決めた。

 もし、獣がまだあきらめてなくて、また襲ってきたら木の上に逃げよう。

 そう考えながら、なんとなくこっちから来たような気がする方向へと徐に歩き出した。


お読み下さりありがとうございます。

ブックマーク登録ありがとうございます。


次回の更新は明日です。

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