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Record of the dead  作者: 水無月ケイ
第1章
17/21

戦いのはじまり

更新間隔が開いてしまって申し訳ありません。次はもう少し早く更新出来ると思います。

管理棟に突入すると、入口付近には前回同様ジキは見当たらなかった。階段の途中で数体のジキに遭遇するが、難なく排除して、一気に最上階に駆け上がった。廊下の安全を確保してから、階段に簡単なバリケードを築いて見張りを立てる。それから、前回も立ち寄った警備室に向かう。五体のジキの骸が無言で夏生達を睨んでいるが、ひとまず無視して監視カメラの画像に向かう。管理棟の同じフロアにある中央制御室の様子を見てみると、案の定かなりの数のジキがいた。

「一、二、三…八体か。思ったより多いね。」

微かな懸念とともにそう呟く。以前康一と共にこの警備室を制圧した時は、二人で五人を倒した。いまここには高校生三人を含めて戦闘要員が十一人いる。数字だけ見れば遥かに楽だ。けれど学生達は精鋭と言えるメンバーでさえ実戦経験は乏しく、それも数人で囲んで安全に倒すような経験しかない。狭い部屋で入り乱れて一対一でジキを倒すような経験を積んでいるのは、自分達だけだ。

「おい、俺達に変な気は使うなよ。」

思い悩む夏生に、翔太がそんなことを言う。相変わらず負けん気が強いな、と思って苦笑していると、翔太は尚も言い募る。

「モールにいた時は、俺達だって戦ってた。最初の頃はあいつらがあちこちに隠れてたからな。一対一で戦って倒したことだってある。俺達だけじゃない、中学生でやってた奴もいる。昔の考え方で判断するなよ。」

翔太の言葉に、夏生は密かに衝撃を受ける。昔の考え方、と翔太は言った。彼ら高校生達にとっては、この狂った新しい世界こそが今の、現実の世界であり、かつての平和な日々は、今や過ぎ去った昔の世界、どこにも存在しない幻の世界なのだ。学生達はもちろん、本土から過酷な旅をして来た夏生にとっても、かつての平和な世界はまだリアルな存在だった。新しい世界に適応しつつあるとはいえ、かつての世界は昔のものと切り捨てられはしなかった。

この異変が起きてから、一カ月半ほど。それは、大人にとっては世界観を変えるには短すぎる時間だったけれど、高校生達にとってそうではなかったらしい。そして、彼らが身に付けつつある世界観や価値観は、恐らく生き延びるために正しいものだろう。なるほど、未来は彼らのものなのかもしれないな、と妙に感心する。そうは言っても、彼らの言葉を全て受け入れるわけにもいかなかったが。

「分かったよ。じゃあ、三人はそれぞれ、あいつらを足止めして欲しい。あくまで足止めだけだよ。本格的な攻撃は無し。分かった?」

彼らがジキを三体足止めしてくれれば、夏生と康一が一人一体、他のキメラ6人が二人一組で一体ずつ対峙することで、ちょうど8体のジキと戦える。数合わせから見ればぴったりだった。

もちろん、足止めだってリスクは高いし、高校生達は無茶する可能性もある。ただ、この世界で戦って生きていくつもりなら、避けられないリスクなのではないかとも思うのだ。それなら、実戦経験豊富な自分達の目の届く場所で場数を踏ませた方が良いという判断もあった。

「君が漫画の主人公だったら、幼馴染にツンデレ美少女、剣道の達人の凛々しい先輩にようじょまで、色とりどりの美人に囲まれたハーレム状態の中で、自動小銃をぶっ放しながら奴らをばったばったとなぎ倒せただろうに、残念だね。」

何年も前に読んだゾンビものの漫画の主人公のことをふと思い出して、唐突にそんなことを口にする。あの漫画はあの後どうなったのだろうか?

「最近は美少女四人が学校に立てこもったりするのが流行りだからな。男の俺じゃあ、学園生活部には入部出来ないだろうよ。」

翔太の絶妙な返しに、思わずくすりと笑ってから、気持ちを切り替えて言う。

「全くだね。だけどまあ、僕らもそう簡単にスコップでやられるわけにもいかない。さて、じゃあそろそろ行こうか。」

そう言って、警備室に残る五人の学生を残して部屋を出ようとする。この五人は警備室の機器に詳しい二人と中央制御室の機器に詳しい三人で、警備システムを利用してジキを誘導するためと、発電所の状態を確認するために連れてきたのだ。出しなに警備室のジキの死体が気味が悪いからと撤去を頼まれ、隣の倉庫にぶち込んでから、自分達が戻って来るまで警備室の鍵をかけておくよう言って中央制御室に向かう。

「いよいよだけど、みんな準備はいい?くれぐれも無茶はしないようにね。特にそこの三人、分かってるよね?」

高校生三人に改めて念を押してから、一気にドアを開けて室内になだれ込む。八体のジキが一斉にこちらを向くが、落ち着いて状況を把握し、比較的小柄な三体を高校生達に割り当てる。それから、一番近くにいたジキを難なく打ち倒した。康一の方をちらと見ると、こちらも仕事を終えている。

改めて部屋の中を見回すと、三組になったキメラ六人は順調にジキを倒しつつあり、高校生三人も何とかジキを足止めしていた。悠然と残ったジキに歩み寄り、あっさりと屠っていく。高校生達に注意を集中していたジキ達は、夏生の後ろからの攻撃にあっさりと倒されていく。これは新たな戦術として使えるかもな、などと考えつつ、最後のジキの相手をしていた翔太に労いの言葉をかける。

「お疲れ様。怪我は無いよね?」

「ったりめーだろ。楽勝だよ。」

ニッと笑ってそう言う翔太に笑い返してから、他の二人の無事も確認する。八体のジキをさっきの倉庫にぶち込んでから、警備室に戻って制御室担当の三人を連れて戻った。

「発電所の状態はどう?すぐに使えるかな。」

管理棟のシステムが生きていることからも、発電所が稼働を続けていることは明らかだったが、それでもジキによる被害の有無は懸念材料だった。もしも大学向けの大容量の電力供給が困難、あるいは実施に時間がかかるとなれば、作戦自体がご破算になりかねない。

「悪くないですね。これなら、すぐにでも本格稼働出来そうです。」

その返答に安堵して、思わず息を吐く。兎にも角にも、作戦の前提条件は整ったわけだ。キメラを何人か部屋に残して、警備室に戻る。

「発電所の状態は悪くないらしいよ。こっちの調子はどう?何とかジキを誘導出来そうかな。」

「やってみないことには分かりませんが、たぶん、何とか…。」

いまいち自信なさげな返答だったが、信じるより他にない。ひとまずこちらの状況を報告しようと、持参していたトランシーバーで佳那に連絡を取った。向こうは物資の搬出とジキの封じ込めのためのバリケードの構築中だが、かなり時間がかかりそうらしい。

「分かりました。こちらもジキが倉庫に近付かないよう、支援します。あまり時間はありません、出来るだけ急いで下さい。」

そう言って通話を終えてから、ふと気付いて康一に声を掛ける。

「倉庫の作業、少し手間取ってるみたいなんだ。コウちゃん、悪いけど向こうを手伝ってあげてくれない?」

「分かった。タイムリミットは何時だ?」

頷きながらそう言った康一に、頭の中で時間を逆算しながら答える。

「どんなに遅くても、2時には倉庫の準備を終えて作戦を始めたいね。」

この辺りではこの時期、午後5時頃には日が沈んでしまう。作戦にかかる時間や終了後のジキの掃討と防備の構築を考えると、その時間でもかなりタイトだった。

「分かった、出来るだけ早く終えられるようにする。」

時計を見ながら康一はそう言って、すぐに踵を返した。俺達も手伝う、と言って高校生達が付いていく。康一は元々、建設関係の仕事に就いていたから、こういう仕事は得意のはずだった。

「倉庫に近いエリアにジキはいる?」

モニターを眺めている学生にそう尋ね、状況を把握する。それから、排除した方が良いジキの位置を把握して、トランシーバーで指示を出した。



「あ、木崎さん、お疲れ様です。」

管理棟から出てきた康一の姿を見て、佳那はそう言いながら頭を下げた。

「そっちもお疲れ。手間取ってるみたいだから、手伝いに来た。夏生がな、2時までには終わらせて欲しいってさ。」

「2時ですか…。」

時計を見ながら、思わず唸る。既に時刻は正午近い。あと2時間ほどで全てを終えるのは、現状からするとかなり厳しかった。

「まあ、何とかやってみるよ。こっちは俺に任せてくれないか?」

分かりました、と言って頷いてから、どうするつもりなのか気になった康一に付いていく。倉庫で監督を始めると、なるほど康一の手際は見事なものだった。重要度が低く持ち運びが大変な物品を次々と選り分け、重要度が高いものに人出を集中させる。誰がどこで何の作業をするかもはっきりと決めて、段取りは格段に良くなった。次々と重要な物品が運び出され、倉庫内では残った物品でバリケードが築かれ、順調に作業が進んでいく。

「食料品や飲料水はこれくらいで十分ですか?」

集積した保存食と飲料水を見ながら、康一に言う。この作戦が成功すれば、発電所の維持管理や警備のために30人近い学生が残ることになる。彼らの生活を支える食料や飲料水は、大学から運んできた物資と、ここの倉庫にある分で賄うことになっていた。

「そうだな、これくらいあれば十分だろう。」

康一のその返答を聞いてから、中の様子を確認に行く。バリケードの構築も終わり、いつでも作戦を開始できそうだった。トランシーバーで警備室の夏生に連絡を取る。

「こっちの準備、完了しました。いつでも始められます。」

「お疲れ様、何とか間に合ったね。じゃあ、2時ちょうどから作戦を始めよう。みんなにもそう伝えて。」

無線機越しにそう言われて、自分が時間を忘れて作業に没頭していたことに気付いた。時計を見ると2時まであと10分弱だった。了解です、と答えてから、大急ぎでみんなに2時からの作戦開始を伝えて配置につかせる。時刻がちょうど2時を回った瞬間、耳をつんざくようなアラーム音が鳴りわたり、分かっていたこととはいえ思わず身構えてしまう。

「上手くいきますかね…。」

思わず康一に不安を吐露すると、僅かに肩をすくめるような素振りを見せてから、信じるしかないな、という言葉が返ってきた。それに頷いてから、黙って事態の推移を見守っていると、トランシーバーから興奮した声が聞こえて来る。

「こちら警備室!監視カメラに動きがある。ジキども、出口に向かい始めたぞ!」

その報告に、おおっと歓声が上がる。幾つかの班に指示を出しながら、その時を待っていると、果たしてジキがわらわらと発電所や管理棟から姿を現した。

「第1班は発電所、第2班は管理棟からのジキを倉庫に誘導。第3班は両班をサポート。第4班は屋外のジキに警戒しつつ、可能な限り倉庫に誘導。第5班は待機せよ。」

誘導作戦では、キメラや運動部員を中心に参加者を募り、要員を計5班に分けていた。各班はそれぞれ10名余りで、必ず1人は実戦経験豊富なキメラを入れることにしていた。特に第5班は実力・経験ともに豊富なキメラ揃いで、それが待機しているのは、当然起ころだろう不測の事態に対処するための切り札だからだ。

案の定、誘導の途中では怖気づいた若い男子が転倒してジキに囲まれそうになったり、次々と現れるジキを上手く捌けずに混乱が起こったりしたが、その度に第5班や、時には佳那や康一自身がサポートに回って、何とか帳尻を合わせていく。無我夢中で動いて、気が付けばジキの姿は見えなくなっていた。

「お疲れ様、来栖さん。ほとんどのジキが倉庫内に入ったよ。」

トランシーバー越しの夏生のその言葉に、思わず息を吐く。時刻は3時を回っていた。既に作戦の次の段階の準備も進んでいて、倉庫周辺にはガソリンが撒かれ、あの独特の体に悪そうな匂いが充満していた。

「準備完了しました。いつでも始められます。」

「ありがとう。全員退避したよね?」

報告に来たキメラの1人にそう問うと、もちろんです、と元気良く答えた。

「よし、着火!」

その言葉とほぼ同時に倉庫に火が放たれ、ガソリンに燃え移って瞬く間に建物全体が炎に包まれる。各班の班長からの報告を受けていると、いつの間にかこちらに来ていたらしい夏生が顔を見せた。

「お疲れ様、来栖さん。大活躍だったね。」

「いや、もう、無我夢中で…。土屋さんも、管理棟からのサポート、ありがとうございました。」

夏生は搬出作業中に加え、誘導作業中も警備システムを巧みに利用してジキを分散させたり誘導したりしていた。特に屋外にいたジキに対しては、夏生の巧みなサポートが無ければこれほど上手く対応出来なかっただろう。現場で走り回っていた佳那にも分かるほど、夏生のサポートは的確だった。

「何はともあれ、ここまで順調でほっとしてるよ。こっちの被害状況は?」

「噛まれた生徒は5名いますが、全員私の血を打ってキメラ化しています。あとは転倒による軽傷者が数名ですね。」

本当は誰も噛まれないのが理想だが、現実的にはそれはほとんど不可能だ。ジキ化した者がゼロであること、それだけでも御の字と言わなければならなかった。

「凄いね。本当のことを言うと、もっと大きな犠牲を覚悟してたよ。ああそうだ、あの三人組は無事?」

それが高校生三人組を指していることは明らかだったので、頷いて答える。

「大丈夫ですよ。三人とも頑張ってくれました。あの子達を見てると、私も元気が出てくるなって…」

穏やかな気持ちでそんなことを口にした瞬間、その場の雰囲気をぶち壊すような切迫した声が飛び込んでくる。

「来栖さん、大変です!ジキが…外からジキが…!!」

そう叫んだ男子は、肩から大量の血を流していた。その言葉と状況に、即座に場の雰囲気が張り詰める。

「衛生班、彼の手当てを!土屋さん、ここは任せます。何人か付いてきて!!」

一瞬で気持ちを切り替えて駆け出しながらも、心はどこか釈然としないままだ。なぜこのまま、無事に全てを終わらせてくれないのか。運命の女神を恨み、全員の無事を祈りながら、佳那はまっすぐ前を見据えて走り続けた。

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