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Record of the dead  作者: 水無月ケイ
第1章
16/21

それぞれの戦い

最近某所でオキュラス・リフトを体験する機会が有ったのですが、凄い技術ですね。なろうではゲームの中で戦うお話も多いですが、VR技術を体験してみると、そういう作品のような未来が本当に来るかもと思います。

発電所までの移動の前半は、ゲートの向こうに停めてあったマイクロバス数台に分乗してあっという間に終わった。発電所と大学の間の、あのモールとマンションのある町の手前でバスを降りる。仄暗く肌寒い中、ひたすら一本道が続く茫漠とした平原の真ん中に降ろされて、学生達は改めて不安に駆られたようだった。そんな中で、佳那が一人で周りを励ましているのが見えた。

「大丈夫ですよ、この町のジキはほとんど誘導されて、私達が通るルートの安全は確保されてますから。そうですよね、土屋さん?」

佳那の問いに、夏生ははっきりと頷く。発電所の偵察の後、夏生と康一は一昨日再び偵察に出て、この町の中央通りの状態を確認していた。夏生の目論見通り、町の中央のジキは左右のモールとマンションに引き寄せられ、中央通りはほとんど動く影も無い状態になっていた。

夏生の自信たっぷりな首肯と、佳那の優しい笑顔に励まされて、不安げな顔をしていた学生達の表情にも少し余裕が戻る。それでも不安げな顔をしている学生に、佳那は一人一人声を掛けて回っている。大丈夫だよとか、一緒に頑張ろう、という言葉が聞こえる。

強い子だな、と夏生は改めて思う。元々の性格もあるだろうし、こういう事態の中で敢えて自分を奮い立たせている面もあるのだろう。自分より年上のキメラの男子ですら怯えている中で、年も若く小柄な彼女が必死に周りを励ましているのを見れば、誰でも奮起せざるを得ない。

「来栖がいなかったら、きっと今頃あの学校は内側から崩壊していただろうな。」

夏生と同じ感想を抱いたのか、康一が佳那を目で追いつつそんなことを呟いた。全く同感だったので頷きながら答える。

「本当にね。地の利、設備、それに何より勇敢で賢明な人材。あの学校は数々の幸運が重なった奇跡みたいな場所だよ。だからこそ、一度生まれた奇跡を繋いでいくために、僕らも頑張らないとね。」

夏生はそう言って、先頭に立ってゆっくりと歩きだした佳那に追いつくように早足で進んだ。20分ほどで町に着いた時には、空はかなり明るくなっていた。中央通りはがらんとしていたが、それでもジキの姿が全くないわけではなかった。

「僕らが先に行ってジキを排除します。来栖さん達は、万一の場合にみんなを守ってあげて下さい。」

振り返らずにそう言って、康一と共に一気に駆け出す。手馴れた動きで、手近にいるジキを片っ端から排除していく。内心の葛藤はともかく、一対一であれば、今やほとんど困難も無く倒せるようになっている。幸い、新たなジキもほとんど現れず、排除は順調に進んだ。学生達も、何とか落ち着いて行動しているようだ。

そうこうしているうちに既に大通りも終わりが見えてきた。自分達の作戦は上手くいっているようだなと思っていると、高校生三人組がマンションの方を見るともなしに見ているのが目に入った。

「やっぱり気になる?」

その問いかけに、三人とも夏生のことを睨みつけてくる。それでも何とか怒りを抑え込んだようで、そっぽを向きながら、感情を無理矢理押しとどめた低い声で翔太が言う。

「…当たり前だろ。」

康一が心配そうにこっちを見てくる。大丈夫だよという風に頷いてから、三人に声をかける。

「こんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないけど、君達の気持ちは分かるよ。…僕らにだって、親はいるからね。」

最後の一節を聞いて、三人の足が一瞬止まる。ひとまず聞いてくれる気になったらしいな、と判断して、話を続ける。

「僕らは二人とも、本土に家族がいるからね。この危機が起こって、それでも最初のうちはメッセージくらいは送れたけれど、サーバーがダウンしてそれも不可能になった。家族が無事かどうか気になるし、出来ればすぐにでも会いたいよ。だから、君達の気持ちは分かるし、本音を言うと少し羨ましくもあるんだよ。少なくとも君達は、近いうちに両親と再会できる望みがあるんだからね。」

夏生の言葉を、高校生達は黙って聞いている。静かな口調のまま話を続けた。

「君達の幸せを願っているし、この作戦の後、少しでも早く君達のご両親を救出するつもりだよ。他のことはともかく、これだけは本当だ。だからこそ、君達は無茶をしないで欲しい。ご両親を救出しても、君達が無事でなければ無意味なんだからね。君達は僕らのことが憎いかもしれないけれど、この作戦の間はどうかそのことは忘れて、僕らを頼って欲しい。」

その言葉を噛み締めるように三人とも少し黙り込んだ後、三人を代表するように翔太が口を開いた。

「俺は今でも、あんたがやったことは許せない。…でも、あんただって血の通った人間で、悩んだ末にあんなことをしたんだろうってことも分かる。だからその、何ていうか…」

翔太はしばらく上手い言葉が見つからずに悩むような素振りを見せてから、まだ少し不貞腐れたような表情のまま言った。

「この戦いが終わって、ちゃんと約束を守ってくれたら、あんたたちのことを心から信頼したいと思う。今はまだ、その時じゃない。だけど、何かあったら頼るくらいは、信じてもいいのかもな。」

そう言って、二人の仲間を振り返る。孝司と里菜が頷くのが見えた。

「そういうわけだから、何かあったら頼ることにするよ。あんたたちに借りを作るのはシャクだけどな。」

「僕らは君達に大きな借りがあるからね。君達が何度頼ってくれても、そう簡単にはゼロにはならないよ。」

そう言ってニッと笑ってから、康一の方を向くと、彼が頷くのが見えた。利子は付けないでね、と軽口を叩いて、翔太の肩をぽんと軽く叩いてから、康一の元に戻る。

「いい子達だよね。」

何気なくそう言うと、康一は頷きながら答える。

「あいつらを見てると、俺達は大人として守ってやるのが責務なんだって思い知らされるよ。」

「そうだね。僕は彼らを騙すようなこともしてしまったけれど…。でも、だからこそ、この戦いが終わったら全力で約束を果たしたいと思うよ。」

それは夏生の本心だった。彼らへの贖罪ということもあるし、こんな世界でも彼らに年頃の少年少女らしい幸せを掴んで欲しいという気持ちもあった。もしかしたら、まだ自分が人間らしい感情を失っていないと自分自身に言い聞かせたいだけなのかもしれないけれど…。

「さて、じゃあ、僕達も自分の仕事に戻ろうか。」

気分を切り替えてそう言って、通りの向こうに姿を現したジキ目掛けて、再び駆け出した。大通りの終わりは、もうすぐだった。



「何とか無事に発電所に着けましたね。」

発電所の正門を見やりながら、佳那が少しホッとしたような声で言った。街を抜けてから数時間歩き、ほぼ予定通りの時刻に発電所に辿り着いていた。今のところ犠牲はゼロだから、佳那が安堵したのも無理からぬことかもしれない。

「そうですね。見たところ、前回来た時と大きな変化も無いようです。ひとまずは作戦通り、と言って良さそうです。」

夏生のその返答に、佳那は自分自身を納得させるかのように小さく何度か頷いた。無理もない、まだ二十歳にもならない少女の肩に載せるには、あまりに重い責務が課せられているのだから。それでも彼女は深呼吸をしてから、微かに震えが残る声で、はっきりと言った。

「これから発電所に入ります。施設内ではジキとの遭遇が予想されますが、極力戦闘は避けて下さい。大丈夫、作戦通りに行けば必ず上手く行きます。ここまでも全て順調に来ています。作戦を成功させて、みんなで無事に帰りましょう。」

その言葉に学生達が頷いて、合図と共に施設内に入っていく。施設外に残るのは通信班だけで、残りは全員発電所に突入する。入ってすぐ、大勢の生きた人間の発する音や匂いに引き寄せられたのか、数体のジキが目の前に現れる。血まみれで傷だらけの状態で、獣の様な呻き声を上げながら歩み寄ってくるジキを見て、大半の学生達は思わずひるんでいる。この程度の数なら夏生と康一だけでも対応できるが、いずれは学生達にも戦って貰わなければならないと思っていると、僅かな躊躇いの後に佳那が走り出したのか見えた。

「何人か、付いて来て!」

その声に応えて、何人かの学生達が弾かれたように走り出す。

「彼女は本物の勝利の女神だね。」

皮肉ではなく本心からそう言うと、康一も頷いて言った。

「全くだな。さあ、俺達も行くぞ。」

その言葉に頷いて、それぞれ手近なジキに駆け寄り打ち倒す。一仕事終えてから佳那達の方を見ると、何とか倒せたようだった。元々、佳那は多少の実戦経験があるから、まだ体が動いたのだろう。

「最初の目標はあの倉庫です。ほら、みんな行くよ!」

呆けたような顔で戦いを見守っていた学生達は、その声に我に返ったような表情になって動き出す。正直言って、大丈夫かなとも思ってしまうが、いまさらどうしようもない。何体かのジキを倒しながら倉庫に近付き、中の様子を伺うと、幸いにもジキはいないようだった。

「ジキはいなそうですが、まず僕達が先に入って中の様子を確かめます。佳那さんはここでみんなを守って下さい。」

その言葉に彼女が頷いてたのを見てから、倉庫に突入する。懐中電灯で照らしながら倉庫の中を歩き回ってみるが、幸いにもジキの姿は無かった。倉庫の中には、発電所の修繕用の部品から備蓄食料まで、実に様々な物資が蓄積されていることも分かった。食料はともかく、部品や機器の多くは、この状況で失うには惜しいものばかりだ。大まかな構造を把握してから、反対側のドアから外に出る。

「中にはジキはいませんでした。それから、中の備蓄物資はかなりのものです。今後のことを考えれば、特に部品や機器類は全て搬出した方が良いでしょう。倉庫の中は多数の棚で区切られています。上手く使えば、作戦に活かせるでしょう。」

そう言いながら、自分の考えを説明する。この作戦のキモは、施設内のジキの大半をこの倉庫に誘導してから火を放つこと。だがジキはバラバラに集まってくるだろうから、倉庫内を数ブロックに分けて、一定数のジキが集まったら別のブロックに誘導した方が良い。その際、最初のブロックのジキは、棚や必要性の低い資材で作ったバリケードで足止めしておく…。いま立てた作戦だが、佳那は頷いて周りに指示を始める。

「僕達は、これから管理棟に突入して、警備室と中央制御室を制圧します。警備室制圧後、また連絡します。ひとまず佳那さん達は、物質の搬出に専念して下さい!」

佳那の「分かりました」という声を受けながら、あらかじめ選んでおいたキメラ部隊の精鋭メンバー数名と、警備室の機器に詳しい学生に合図を送る。キメラ部隊の数名は、いずれも学生達の中では実戦経験豊富で戦闘能力も高いメンバーだ。彼らと共に駆け出そうとした時、よく知った声に呼び止められた。

「待てよ、俺達も行く!」

翔太の声だった。彼の後ろには孝司と里菜が黙って、しかし強い決意を秘めた表情を浮かべて立っていた。そういえばさっきの戦闘の時、彼らは大半の学生達より素早くジキに向かっていった。考えていれば、彼らはモールで地獄を見ているのだ。経験値で言えば学生達より遥かに上だろう。クスリと笑ってから言う。

「戦闘中は僕達の側を離れないこと。約束出来る?」

その言葉に黙って頷く翔太を見て、なぜか突然、彼に同志めいた感覚を覚える。もしかして、彼と自分はどこか似ているのかもしれない。そんなことをちらとだけ思ってから、軽く頷いて言った。

「じゃあ行くよ、付いてきて!」

そう叫んで、管理棟に向けて一気に地面を蹴った。



宗一郎は会長室の中を落ち着きなく歩き回りながら、胃を押さえたりため息を吐いたりしていた。例えこの学園の未来を決する戦いが行われていようと、だからと言って他の仕事が無くなるわけでもない。そういう仕事を処理するために彼は残ったのだけれど、戦闘開始の予定時刻が迫るにつれて、いよいよ落ち着きがなくなっていた。そして、先ほどからは、完全に仕事を放置して歩き回っているというわけだった。宗一郎が三十八回目の反時計回りの行進を始めようとした時、ノックと共に部屋のドアが開き、自警団員の一人が入って来た。

「5分前に遠征部隊から連絡が入りました。発電所に到着、これより突入するそうです。なお、現時点での犠牲はゼロ。」

報告の内容、特に最後の犠牲がゼロという点に安堵する。このまま何事もなく、誰も犠牲にならずに作戦が終わってくれ。そう内心で祈ってから、ドアに向かう。

「会長、どちらへ?」

「俺も通信室に向かおうと思って。リアルタイムで状況が分かりそうだ。」

やはり最初からそうすべきだったのだ。どうせ今日は、仕事など手につかないのだから。そんなことを考えながら通信室に向かおうとする宗一郎に、自警団員が慌てて言った。

「それは構いませんが、その前にやって頂きたいことがありまして。」

早く通信室に行きたい気持ちを抑えて続きを聞くと、彼の話はこういうことだった。発電所での戦いの状況について、一般の生徒からの問い合わせが殺到している。自警団の仕事にも支障が出ているので、全校放送でアナウンスして収拾して欲しい…

「なるほど、戦うことは嫌でも、他人の戦いには興味があるわけか。」

どうしてもシニカルな調子を抑えきれずにそう呟いてから、自分にそんなことを言う資格は無いな、と思い直す。結局のところ、自分はいま安全な場所にいて、命を懸けて戦っているのは佳那や夏生達なのだから。

「分かった、俺から説明しよう。」

そう言ってから放送室に向かう。室内では既にマイクがスタンバイしていた。全校放送という人生で初めての機会に微かに緊張し、そういえばこういった形で大勢に話し掛けるのは初めてだったなと思いながら、ゆっくりと口を開く。

「みなさん、初めまして。結城宗一郎です。」

我ながら何とも格好のつかない挨拶だと思うが仕方ない。「会長」というのは仲間内での一種の愛称で、正式な役職でも何でもないのだから。だが、やはりこれだけでは足りないと思って、説明を付け足す。

「自警団のみんなからは『会長』と呼ばれています、どうかよろしく。…自警団に入ってくれた方、あるいはどこかでお世話になった方、そして俺と一度も顔を合わせたことがない方も。この学園の全ての人に、お話をしたいと思います。」

そう言って一旦言葉を切り、一瞬で続きを考えてからすぐに再開する。

「みんなも知っていると思いますが、いま、この学園から数十キロ離れた発電所で、俺達の仲間が戦っています。冬の到来に備えて、必要なエネルギーを確保するためです。つい今しがた、遠征隊の通信班から、施設に突入し戦闘を開始すると連絡がありました。」

そこまで言って、言葉の意味が浸透するのを待つかのように一旦言葉を切ってから、再び話を始める。

「俺達はこれまで、今日の戦いに向けて準備を進めてきました。作戦の成功を確信しています。しかし、戦いが始まった以上、今の俺には、全てが上手く行くよう、祈ることしか出来ません。この戦いで、遠征隊に責務はあまり重い。…どうか、この放送を聞いている方も、彼らのために祈って頂けたらと思います。」

そう言いながら、宗一郎自身も彼ら全員の無事を願って頭を垂れる。

「新たな情報が入り次第、また放送でお伝えします。皆さんのご協力に感謝します。」

そう言って、マイクを切った。自分でもあまり出来のよくない呼びかけだと思うが、他にどういう言い方をしたら良かったか分からないのだ。言い訳するように苦笑しながら放送室の学生を振り返ると、「なかなか良かったですよ」と慰められてしまった。

「また来るよ。悪いが、しばらく待機していてくれないか?」

放送室の学生にそう言ってから、自警団員の学生と共に通信室に向かう。放送室から通信室に向う途中、渡り廊下から中庭の様子が見えた。綺麗に刈り込まれた緑に、ベンチで談笑する学生達。この危機が始まる前と何ら変わらないように思える光景が、目の前に広がっている。売り切れた自販機の飲み物は、二度と補充されることは無いとしても。

そう、ここにはまだ、仮初めであっても平和の残り香が漂っている。この平和な光景と、発電所で戦っている彼らの状況の両方を思い浮かべると、どちらかが現実でないような感覚に襲われる。あそこにいる彼らには、学園の外の状況を知らない学生達には、自分の言葉は届いたのだろうか。何より、外で戦っている学生の気持ちを理解出来るのだろうか?そんなことを考えながら、通信室にドアを開けた。

通信室には既に、学園に残っている自警団員のうち、リーダーと言えるメンバーのほとんどが集まっていた。

「お疲れ様。状況はどうだ?」

「たった今、倉庫の安全を確認したと連絡が。これから倉庫の物資を搬出しつつ、一部が管理棟に突入し、警備室と中央制御室を制圧するそうです。」

手近な一人に話しかけると、そう答えが返ってきた。姿は見えず声も聞こえないけれど、いまこの瞬間、確かに戦いが始まっているのだ。何も出来ない自分に、これほどのもどかしさを感じたのは初めてだった。

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