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Record of the dead  作者: 水無月ケイ
第1章
15/21

作戦計画【下】

私の秘書艦は霧島、秘書刀は山姥切国広です。

夏生達が無事に戻ってから数日が経ち、いよいよ発電所奪還への出立は翌日に迫っていた。遠征部隊には通信班が加わることになって、少し陣容が増えたものの、既にメンバーも確定していた。それなりに詳細な作戦計画が立てられて、訓練も何度も行われている。万一の場合の集団戦闘や避難の訓練に、音や匂いを使った撹乱の実習、建物の着火訓練。タイムリミットが迫る中で、出来る限りの取り組みが行われていた。

翌日の早朝の出立に向けて、宗一郎が佳那と二人で最終確認をしていた時、どたどたと音がして部屋のドアが勢い良く開いた。まさかジキの襲撃か、と思って顔を上げると、予想だにしない顔が見えた。モールから避難してきた、あの三人の少年少女が顔を揃えていたのだ。

「突然どうした?悪いが、少し待って…」

言いかけた宗一郎の言葉を遮って、勢い込んで翔太が言う。

「おい、あんた達、明日から外に行って戦うんだろ!俺達も戦う、参加させてくれ!!」

「気持ちは分かるが、君達は…」

まだ子供だ、と言う前に佳那が宗一郎を遮り、黙ってという風に口に指を当てる。仕方なく黙り込むと、佳那は三人に向き直って言った。

「初めまして、今回の遠征の責任者を務める来栖佳那です。三人のことは、話には聞いてたよ。大変だったね。」

佳那がそう言って穏やかな声音で話し掛けると、翔太のテンションも幾分下がったようだった。佳那は彼らとは初対面だったから、翔太も自分や夏生に対するように敵意をむき出しにしにくいのだろうか。そんな翔太を見ながら佳那は話を続ける。

「みんなに聞きたいんだけど、これは三人みんなで決めたことなの?それとも君一人で決めたこと?」

佳那の問いに、一番奥にいた孝司がおずおずと言う。

「俺達三人で決めたことです。俺達は外の世界がどんなか知ってます。何もしないで、ただ待ってるだけなんて嫌なんです。」

そう言った孝司の顔を、佳那はじっと見つめる。孝司は一瞬たじろいだが、すぐにまっすぐに見つめ返した。その表情を見て、佳那は一瞬の躊躇いの後に言う。

「分かった。君達を歓迎するよ。」

「おい、佳那、何を…!!」

予想外の言葉に思わず叫ぶ宗一郎を押し止めて、佳那は三人に向かって問いかける。

「君達は何歳?」

佳那の問いかけに、孝司が戸惑いがちに答える。

「三人とも高校二年で、俺と里菜はこの前誕生日が来て17歳、ショウちゃんはまだで16歳です。えっと、それが何か…?」

「ううん、大したことじゃないんだけど。私は7月生まれで、いま19歳。遠征隊には18歳もいるよ。こんな世界で、18歳が良くて17歳がダメって道理は無いと思う。」

そう言われて言葉に詰まる宗一郎に対して、佳那は追い打ちをかけるように言う。

「それにこの子達、止めても聞かなそうだよ。無理に止めようとしたら却って無茶しそう。」

その言葉を聞いて三人を見ると、まだ幼さの残る顔に浮かんだ固い決意は佳那の言葉を裏付けているように見える。短くため息をついてから言った。

「分かった。三人も遠征隊に加えよう。」

その言葉に歓喜する少年達に釘をさすように、言葉を付け足す。

「ただし、これだけは約束してくれ。必ず佳那の言葉に従うこと。俺達はただでさえ劣勢だ。勝手な行動をする奴がいたら、それだけで作戦はおしまいだ。一人のミスが、百人の命を危険に晒す。それだけは分かって欲しい。」

その言葉に、三人は神妙な表情で頷くが、念を押すように言う。

「今回の作戦は君達の両親の救出が目的じゃないし、発電所奪還にしても俺達には作戦と目的があって、ジキを手当たり次第に倒せばいいわけじゃない。そのことをしっかり分かった上で、戦って欲しい。」

「分かってる。勝手なことをして、誰かに迷惑を掛けたいわけじゃない。ただ、少しでも出来ることをやりたいだけだ。」

反発するかとも思った翔太が真摯な表情でそう答えたのを見て、少し印象を改める。考えてみれば、この三人は外で地獄を見ている。自分が何でも分かっている、一番上手く出来るなどと自惚れてはいけないのだ。

「あとはまあ、無理はしないでくれ。君達に何かあったら、ご両親に申し訳が立たない。」

そう言うと、三人とも思うところがあるのか、少し俯いた。頑張れよと言うと、静かに頷いてから三人は立ち去った。

「マンションの避難民の救助、作戦に加える?」

佳那の提案に、少し思案してから首を横に振る。

「いや、止めておこう。発電所の奪還、当面はそれが全てだ。作戦目的が二つあると失敗の原因になりやすい。」

「ふーん、まあそうかもね。」

いまいち納得していない様子の佳那に、ふと思いついた話を口にする。

「太平洋戦争のターニングポイントになったミッドウェー海戦では、戦力的には日本海軍の方が優位だった。にも関わらず敗北した理由の一つは、作戦目的がミッドウェー島攻略と米海軍の機動艦隊撃滅と重複していて、それが判断ミスに繋がったからだそうだ。もちろん、日本軍の暗号が米軍に読まれてたことも有るが、ジキは暗号は読まないだろ。歴史を教訓に出来るなら、目標はシンプルにすべきだ。だからあんたは、発電所奪還に全力を尽くしてくれ。分かったか?」

宗一郎の話に、佳那はしばし考え込んでから、にっこり笑って言った。

「そうだね、確かに目標はシンプルにすべきかも。あと、会長が戦艦や空母が美少女になって戦うゲームの提督なことも分かったよ。」

予想の斜め上を行く返答に思わず吹き出しそうになりながら、咄嗟に言い返す。

「お、お前こそ、刀や槍がイケメンになって戦うゲームの審神者なんじゃないだろうな。」

「ふっふーん、どうかなー。ひとまずあんたが提督なことは分かったわけだね。これからは会長じゃなくて、提督って呼ぼうか?」

「恥ずかしすぎるからやめてくれ…。」

ぐったりしながら宗一郎がそう呻くと、佳那は楽しそうに笑って「会長より提督の方が威厳があるよ」などと言ってから、ゆっくりと立ち上がって言った。

「じゃあ、明日は早いから、そろそろ戻って寝るね。おやすみ、てーとく。」

明るい表情でそう言った佳那の表情を見て、ふと気付く。二人でゆっくり話せるのは、出撃前は今夜が最後なのだ。こんなふざけた話題だって、何も考えずに口にしたわけではないだろうことは、すぐに分かった。

「…なあ、佳那。明日はきっと忙しくて言う暇が無いだろうから、今のうちに言っとく。無事に帰ってこいよ。俺が言えた義理じゃ無いが、無理はするな。あんたに頼んでることは元々、大人だって尻込みするようなことなんだ。あんたが一人で背負って犠牲になることはない。いや、それこそ俺に言えた義理じゃないな…。」

力ない笑顔を浮かべてそう言うと、振り返った佳那は右手を掲げて見事な敬礼をしてみせてから言った。

「ご命令通り、必ず生きて戻ります、なんてね。ありがと、会長。…おやすみ。」

「おやすみ。良い夢を。」

そう言って、彼女が閉めたドアをしばらくぼーっと見つめる。それから、ふと思いついたことがあって、内線で水島先生に電話をかけた。


遠征隊の出立は、まだ空が白み始めたばかりの時刻だった。作戦では三時間ほどで発電所まで移動し、二時間ほどで主な戦闘を終わらせ、それから残敵を掃討しつつ防御態勢を固めて今晩は発電所で過ごす予定だった。だが、実戦では何が起こるか分からないし、遅れも出るだろう。日が暮れてからの戦闘や移動はリスクが大きすぎるため、ともかく明るいうちに戦闘を終えて発電所の防備を固めること。それが絶対的なタイムリミットであり、だからこそ少しでも早く出る必要があるのだ。

「おはよう、会長。」

出立予定時刻の20分前にゲートの前に着くと、既に佳那の姿があった。他にも遠征隊の半分ほどは既に集まっているようだ。

「おはよう、佳那。今朝は冷えるな。」

カレンダーが十月に移って数日、季節は次第に秋から冬へ少しずつ移り変わりつつある。特に今朝は冷え込みが酷く、気温は5度台だった。関東あたりの人間なら、真冬のようだと悲鳴を上げそうだと思っていたら案の定、夏生達は寒さに震え上がっていた。

全員の集合を待つ間に水島先生が姿を見せて、夏生に小さなリュックを渡す。先生の話した内容と渡した物に、さしもの夏生も抵抗感を示したようだが、最終的に渋々受け取ったのが見えて内心安堵する。あれは万が一の時のための保険であり、それが使われないことを宗一郎は心の底から願った。

出立時刻の15分ほど前になって、全員が集まったという報告があった。昨日顔を見せた三人の少年少女の姿もある。

「みんなの前で何か言ってよ。」

「俺が!?」

佳那の言葉にびっくりしていると、ジト目で睨まれてしまう。

「他にいないでしょ。たまには会長らしいことしてよ。」

そう言われては、何もしないわけにもいかない。全員の視線が集まる状況に緊張し、足が少し震えているのを自覚しつつ、一人一人の顔を見やりながらゆっくりと口を開く。

「今日ここに集まってくれたみんなに、心からお礼を言いたい。俺達はほんのちょっと前まで、平和な国の、ごく普通の学生だった。この中の誰も、本当の意味で戦うための練習や訓練をしたことがある奴はいないだろうし、そんな覚悟もしたことは無かっただろう。俺だってそうだ。なのに俺は、そんな無茶なことを頼み、そしてここにいるみんなはそれを引き受けてくれた。本当にありがとう。」

そう言って、深々と頭を下げてから、ゆっくりと全員を見回す。朝の静けさと冷たい空気の中、誰もが次の言葉を待っている。

「…そして、この作戦が終わった後、ありがとうございましたと言わせて欲しい。だからどうか、みんな生きて帰って来てくれ。今と同じだけの人数に、ありがとうございましたと言わせて欲しい。」

それだけ言い終えてから、まだ時間に余裕があるのを見て、一人一人に短く言葉を掛けていくことにする。ありがとうとか、無理するなよとか、そんな他愛のない言葉。それでも、一人一人の顔を胸に刻み付けるようにしながら、少しずつ歩を進める。やがて、夏生と康一の番が来て、手を差し出しながら言う。

「お二人には本当に、何から何までお世話になってしまって…。みんなのことをお願いします。」

そう言って頭を下げると、夏生は困ったような笑顔を浮かべながら答える。

「僕はスーパーマンじゃないですよ。でもまあ、出来る限りで頑張ります。」

その言葉に改めて頭を下げてから次に移る。少しして、例の三人組の前に立った。

「君達はたぶん、俺のことが嫌いだろうね。でも俺は、君達三人にも無事に帰って来て欲しいよ。健闘を祈る。」

苦笑混じりに言ったその言葉に、三人は顔を見合わせてから、翔太がちょっと不貞腐れたような表情で言う。

「そういう言い方はずりぃぞ。あんた達のやり方は、今でも許せないし、あんたのことだって好きになれない。でも、あんたが頑張ってることは分かるし、他にやり方が無かったことだって分かる。ただ文句だけ言えばいいなんて思うほど、俺達は子供じゃない。…どっちにしても、俺達は俺達自身のために無事に帰って来るけどな。」

そう言ってニッと笑った翔太の笑顔が眩しくて、思わず目を細めて言う。

「俺は君達のそういうところが凄く好きだよ。未来は君達のものだ、頑張れ。」

そんな適当なことを言って立ち去り、次に移る。数名に声をかけたところで、最後の一人、佳那の番になる。

「なかなかの名演説だったよ。役者の才能が有るんじゃない?」

ニヤニヤしながら機先を制するようにそう言った佳那の言葉に肩を竦めてから、出来るだけいつもと変わらない口調で言う。

「世界がこんなになって、あんたなしじゃ生きられなかっただろう。一生礼を言い続けても足りないぐらいだ。だから、無事に戻って来てくれ。」

「…必ず、戻ってくるよ。」

短く、それでいて十分な返事。次の瞬間、佳那が小声で「時間だね」と呟くのが聞こえた。

「みんな、出発するよ!」

佳那が手を上げ、百人余りの男女がゆっくりと動き出す。遠征隊がゲートを越えて見えなくなるまで、そう遠い時間はかからなかった。ゲート近くに残っているのは、ゲート警備の少数の自警団員と、万一に備えて残った数名のキメラ部隊員、それに水島先生だけだった。

「行ってしまったな。後は我々に出来るのは、祈ることだけか。」

「先生でも何かに祈るんですか?」

ある意味で失礼な質問に、先生は特に気を悪くした様子もなく笑って答える。

「欧米の物理学者の大半は神の存在を信じているし、宝くじを買う確率論の権威もいる。人間はそれほど合理的じゃない。私だって、時には何かに祈りたくなるよ。」

「では、彼ら全員のために祈って下さい。それから…」

先生にしか聞こえないよう小声で伝えた内容に、先生は驚きはしなかったけれど、すぐにうんとも言わなかった。

「君の気持ちは分かるがね、そんなことをしても来栖君は喜ばないと思うよ。むしろ怒られるだろうね。まあ、あの世とやらが有ればの話だが。」

「全部、分かってます。分かった上で頼んでいます。俺は、もしそんなことになったら、あの世とやらであいつに怒られたいんですよ。」

そう言った宗一郎の言葉に決意の強さに感じ取ったのか、先生は諦めてような顔で頷きながらも、小声で言った。

「結城君、それは逃げだよ。だがまあ、逃げ道を用意しておくことも時には必要かな。特に、こんな世の中ではね…。」

複雑な表情で天を仰いでいる先生に、頼みますと言って念を押してから、宗一郎は踵を返した。その足で、通信室に向かう。これから始まる戦いを、耳に焼き付けるために。

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