作戦計画【上】
最近ゾンビもののネタに使えそうな本を何冊か読んだので、その内容を盛り込んでみたのですが、少しくどくなってしまったかもしれません。
大学に戻ると、康一は夏生と共に真っ先に会長の元に案内された。三人の子供達は夏生の話が何割か虚偽だと気付いていたようで、説明と違う状況にも特に驚いた様子は見せなかったが、さすがに不信感を隠せ無い様子だった。
三人を連れて部屋に入ると、会長は少し驚いたような顔をしていたが、すぐに気持ちを切り替えたような表情で話を切り出した。
「色々と有ったようですが、まずはお疲れ様でした。発電所奪還の見込みは立ちそうですか?」
会長の問いに、夏生は小さく頷いてから説明を始めた。一通りの経緯を話し終えると、それまで静かに話を聞いていた会長は、複雑な表情を浮かべて三人の少年少女の方を見た。
「何て言えばいいか…ともかく、本当にお疲れ様。君達の親御さん達の救出については、俺達が責任を持って取り組むから、安心して欲しい。」
そう言われても、三人の表情がすぐに変わるわけもない。不安と不信に満ちた表情のまま、三人の意見を代表するように、孝司がおずおずと言った。
「色々分からないことだらけなんですけど、あの、そもそもここって大学ですよね?俺達は、全国規模の自警団があるって聞いて…」
「どうせ嘘なんだろ、それも。自警団つっても、精々ここの学生だけ、違うかよ?」
敵意剥き出しで会話に割り込んだ翔太の言葉に、夏生は特に表情も変えないまま、あっさりと頷いて答える。
「まあ、ちょっとだけ話を盛ったのは事実だよ。でも安全な場所ではあるし…」
「どこがちょっとだよ!あんた、自分達は自衛隊や在日米軍と連携を取ってるとか言ってたじゃねえか、あれも全部ウソだろ!!単なる大学生が作った自警団だって分かってたら、誰もあんた達の提案に乗らなかったぞ!!」
「そう、騙したことになるんだろうね、ある意味では。でも僕たちは約束は必ず守るつもりだよ。ちゃんと君達のご両親や、協力してくれた人達を救助する。」
感情の赴くままに激昂して言い募る翔太に、夏生は穏やかだが毅然とした態度でそう答える。約束は必ず守るという言葉に怒りを和らげたのか、これ以上ここで何を言っても無駄と思ったのか、しばし睨み合ってから翔太は尚も不満げながら言う。
「その言葉、忘れんなよっ!!母さん達まで見捨てたりしたら、あんた達のこと、絶対許さないからな!」
「肝に銘じておくよ。」
夏生が誠実そうな顔で頷いたところで、話題を切り替えるように宗一郎が言った。
「ともかく、そういうことで、安心して俺達に任せて欲しい。三人とも疲れただろう。食事と部屋を用意するから、ゆっくり休んでくれ。」
そう言って、部屋にいたキメラ部隊のメンバーの一人に案内を任せて、体良く三人を追い出した。それから、康一と夏生の方に向き直って、さっきまでより率直で緊張感に満ちた声で言った。
「さて、改めて二人のお話を伺いましょう。」
宗一郎は、難しい仕事を頼んだ二人が無事に戻ってきたと聞いて安堵したのも束の間、見知らぬ少年少女を三人も引き連れてきたことに驚かされていた。しかも、話を聞いてみると、夏生達はかなり際どい約束をしてきたらしい。おまけに少年のうち一人は、騙されたと感じて激怒している。
面倒なことになったなと感じていたが、夏生の言葉にひとまず場が収まった瞬間を見計らって、三人を厄介払いした。それから、二人に向き直ってから、佳那が来るまで待った方がいいなと思って一旦待つことにする。
「ごめん、お待たせ。木崎さん、土屋さん、お帰りなさい!ご無事で良かった。」
少しして、ぱたぱたと軽やかな足音共に佳那が駆け込んできて、開口一番そう言った。二人と佳那との挨拶が済んでから、話を進めることにする。
「二度手間になってしまう部分もあるかもしれませんが、改めてはじめから説明をお願いします。あの三人のことも含めて。」
宗一郎がそう言って付け加えた言葉に、三人と顔を合わせていない佳那はきょとんとした表情をしている。その様子に苦笑しながら夏生が話し始めた。
一通りの説明を聞いて佳那は少し驚いていたようだが、ひとまずは大人しく話を聞いていた。話の内容を反芻しながら話を始める。
「ともかく、お二人の話を総合すると、発電所のジキは300体近くいると。予想外とは言いませんが、頭が痛くなる数ですね。」
心からの実感を込めて、宗一郎はそう言って呻いて頭を抱えた。
「なあ佳那、ここの警備が同時に相手にしたジキって、最大でどのくらいだっけか。」
「確か、七、八体だね。あの時は、自警団の子が何人か噛まれちゃって。私の血を打ったから、全員キメラになったけど。」
それを聞いて、再び頭を抱える。そんな少集団が相手でも噛まれる人間が出るなら、数十体が相手ならどれだけ噛まれるか。佳那の血液とて無限ではないのだ、打ち尽くしてしまったら後は…。
「その事で二つお話したいことがあります。良い話と悪い話ですが、どちらが先が良いですか?」
頭を抱える宗一郎に対して、夏生がそう言って話を切り出した。少し悩んでから、短く「良い方」と答えた。これ以上悪い話ばかり聞きたくない!
「では、希望の持てる話から。モールで発見したことですが、奴らはある程度、生前の習性に影響を受けるようです。その事を利用できるかもしれません。」
「具体的には、どのように?」
少し明るい気分になってそう問うと、夏生は考えこみながら言った。
「そうですね。例えば、火災報知器を鳴らすのはどうでしょう?稼働前とはいえ何度か避難訓練はしているでしょうから、上手く誘導できるかもしれません。」
「なるほど。それで?」
「あらかじめ可燃物を集積した場所にでも導いて、一気に火をつけるとか。具体的な作戦はこれからですが。」
夏生の提案を聞いて、宗一郎は頷きながら「良いですね」と言った。検討する価値の有りそうなアイデアに思える。
「確かに、上手く行けば効率的にジキの数を減らせそうです。戦闘を回避すれば損害も減りますし…。」
「そう、まさにそこなんです、このやり方のメリットは。これは、悪い方の話につながることなんですが、モールの住民がジキと戦うのを嫌がったという話をしましたね。」
身を乗り出してきた話し始めた夏生に少し気圧されながらも、宗一郎はさっきの話を反芻しながら頷く。夏生は更に勢い込んで続けた。
「僕は、それと同じ事が、発電所の奪還でも起きる可能性を懸念しています。まさにそのことが、悪い方の話なんです。つまり、実際の戦いで、ジキと戦うのを躊躇うということです。」
「それは、恐怖ゆえにということですか?」
宗一郎の問いに、夏生は首を横に振りながら答える。
「いいえ、そうではありません。もちろん、ジキへの恐怖も多少はあるでしょう。ですが、彼らが本当に恐れたのは、同胞である人間を殺すということです。」
夏生の言葉に室内の空気が一気に重苦しくなる。それでも何とか、喘ぐようにして言った。
「しかし、ジキは極めて攻撃的で人を食らう怪物で、回復の見込みも無いのでしょう?彼らはもはや、人間とは…」
「もちろんそうです。僕自身は、奴らを人間とは思っていません。しかしこの際、重要なのは、僕ではなく他の人々がどう感じるかです。」
夏生はそう言って、僅かに躊躇う様子を見せてから、困ったような顔で続けた。
「いや、本当のことを言えば、僕にも躊躇いはあります。確かにジキは怪物ですが、新種の病気の患者とも言えます。それを殺すことに、全く戸惑いが無いと言えば嘘になります。」
その言葉に室内の空気は重く沈む。宗一郎は、隣に座る佳那が微かに俯いているのに気付いた。当然だ、彼女は遥かに年上の大人でも躊躇するような、ジキを殺すという行為を何度も手掛けているのだ。普段は意識しないようにしているのだろうが、今の夏生の話を聞いてはそうもいかない。自分より年下の、まだ成人もしていない彼女の心にかかる負担はどれほどだろうか。何か言葉を掛けたいと思うが、何を言って良いか分からぬうちに、夏生が話を再開する。
「研究でアメリカにいた時、少し畑違いでしたが、戦場における兵士の心理を研究した本を読んだことがあります。それによると、訓練した兵士であっても、敵兵を殺すことは極めて精神的な負担が重いそうです。第二次世界大戦当時頃までは、相手が自分を殺そうとしている時でさえ、大半の兵士は発砲を躊躇ったり敢えて狙いを外したりしていたそうです。さらに、精神的な抵抗は距離が近いほど大きく、白兵戦や格闘戦では極大になるそうです。これは本能的なものなので、特殊な訓練で条件付けをした場合はともかく、精神力や根性論で説き伏せることは不可能です。」
そう聞いて、宗一郎は思わず天を仰いでから、ふと気付いたことがあって口を開いた。
「しかし、お二人はそういう訓練を受けていたわけではないですよね。それでも、旅をする中で自然とジキと対峙出来るようになった。もちろん、偶然の可能性もあるでしょうが。」
「うーん、僕達二人だけが危険な旅を選択したかどうかは分かりません。一種の生存バイアスがかかっているのかも。」
夏生の言葉になるほどと言って頷くと、佳那が聞き慣れない言葉に戸惑ったような顔をしている。
「生存バイアスってのは、行動経済学の概念でな。例えば、起業家やアーティストは成功した奴しか注目されないから、みんな金持ちばかりに見えるだろ。もちろん実際は、途中で挫折した奴が死屍累々といるけど、そういうのは見えにくいから錯覚を起こしやすい。そういうのを生存バイアスって言うんだよ。今回の例で言えば、この大学を目指したのがこの二人だけとは限らない。もしかしたら、他の数十人はジキと上手く戦えずに失敗したかもしれない。でも彼らのことは見えないから、この二人の成功を見て錯覚しちまう。」
そういうことですよね、と確認するように夏生の方を見ると、夏生は頷きながら言った。
「そういうことです。僕は最近、確率論の本を読んで、おとぎ話は『二人はいつまでも幸せに暮らしました』のラストの一文が一番のキモなんだなって思いましたよ。あの一言で、幸運だけで幸せになったような人達が、平均回帰に抗う魔法を発動出来るんですからね。」
「なるほど、あの一言はエルゴード性を封殺する魔法の一言か。面白い考え方です。」
くっくっと笑いながらそう言うと、佳那が不満そうな顔をしているのが目に入って、慌ててフォローする。
「有り体に言えば、幸運はいつまでも続かないってことさ。物語の主人公なんて、客観的に見れば幸運の連続だろ。でも、イカサマでない限り、永遠にコイントスで勝ち続けるのは無理だ。長い目で見れば、勝率は必ず平均値に回帰する。でも、それじゃ物語にならないからな。」
「なるほどね。それなら、あんたはそれに巻き込まれないといいね。」
何気ない一言にハッとする。確かに、世界がこんなになってから、自分は随分運に恵まれていると思う。運命の女神は、いつか突然そっぽを向くのだ。
「全くだ、心しておくよ。しかしまあ、それはともかく。大半の生徒が戦えないとなると、頭の痛いことになるな。」
「心理的な負担を避けるためには、共同で作業をしたり、物理的・精神的に距離を取ることが重要だそうです。上手くどこかの建物に誘導して火をつけるとか、何か作戦を考えた方がいいでしょうね。もっと言えば、極端な話、別に倒さなくたって良いんです。要は発電所の安全さえ確保出来れば良いんですから、どこかに誘導して追い払うだけでもいいかもしれません。まあ、現時点では難しいでしょうが。」
夏生の言葉に頷いて、考えながら言葉を返す。
「確かに、そうですね。どこかに集めて一気に、というのは確かに良さそうです。ちょっと待って下さい。」
そう言って、関係者から入手した発電所の地図を広げて目を通す。
「発電所の一角に資材倉庫が有るようですね。それに、管理スタッフ用の居住棟もある。資材を失うのは惜しいですが、この際仕方ないでしょう。」
「時間があれば、少しでも運び出せるかもしれません。今となっては手に入らない資材は出来るだけ手に入れておきたいですし。いずれにせよ、資材倉庫にジキをおびき寄せて火を付けるという線でいきましょう。」
夏生の提案に頷き、更に幾つか細かい点を詰めていく。まず資材倉庫と周辺を制圧して貴重な資材を可能な限り搬出、同時に少数の精鋭で管理棟に突入し警備室と中央制御室を制圧、資材の搬出後に火災報知器を発動させジキを建物から出し、屋外のジキも資材倉庫に誘導する。ジキを大方誘い込んでから火を付け、残敵はキメラ部隊が中心となって掃討するというのが概要だった。
「細かい段取りは現地で決める必要があるでしょうが、大枠ではこんな流れでいいでしょう。」
「そうですね。今日はこれくらいにしましょう。今回は本当にお疲れ様でした。」
そう言って宗一郎が深々と頭を下げると、夏生が苦笑混じりに答えた。
「今回は僕も本当に疲れました。肉体的にも、精神的にも…。」
そう言われて、どんな言葉を返そうか迷っていると、ところでと言って夏生が話題を切り替えた。
「会長は、今回の作戦にご同行されるおつもりですか?」
唐突な質問に戸惑いながらも、率直な本音を口にする。
「実を言うと、迷っています。こんな危険に大勢の仲間を送り出す以上、俺も付いていくべきだろうという思いはあります。ただ、俺がいても足手まといになるだけだし、こっちでの仕事を誰に任せるかも頭の痛い問題なので。」
そう答えながらも、夏生はきっと自分にも行けと言うのだろうなと思っていると、返ってきたのは意外な言葉だった。
「出来れば、会長には大学に留まって頂きたいですね。」
意外な言葉に続きを促すと、夏生は佳那の方を見ながら言った。
「この作戦の指揮は来栖さんしか出来ません。あなたが前線に来ても、失礼ですが、指揮系統が混乱するだけです。それに、ここに残った学生をまとめられるのは、あなたしかいません。」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。私が指揮だなんて…。年齢から言っても経験から言っても、お二人の方が良いのでは?」
困ったような顔でそう言った佳那に、夏生がちょっとだけ寂しそうな顔で言う。
「僕らはよそ者なんですよ、来栖さん。どんな真っ当な理由が有ろうと、なんであいつが、という感情的な反発を招くだけです。」
「ですが…。」
「好きか嫌いか、という感情を無視は出来ません。人間は驚くほど多くの判断を好みで決めてしまうものです。僕らの脳は合理的に生きられるようには出来ていないんです、機械とも、或いはジキとも違ってね。」
そこまで言われて、佳那も何も言えなくなってしまったようだった。暫しの沈黙の後、分かりました、と言って頷く。それを見届けてから、夏生は宗一郎に向き直って言った。
「そういうわけなので、会長にはこちらに残って頂きたいのです。」
話の流れから言っても頷かざるを得ず、苦笑混じりに分かりましたと言って首肯する。夏生はニコリと笑うと、立ち上がりながら言った。
「では、そういうことで。そろそろ失礼します。さすがに、少し疲れましたから。」
そう言って、夏生達は軽く会釈してさっさと立ち去ってしまった。現金だなと思いながらも、それがどこか頼もしくも感じる。
「じゃあ、私もそろそろ行くね。」
二人を見送った後、部屋に残った佳那も立ち去ろうとするが、さっきのこともあって、その背中に戸惑いがちに声を掛ける。
「あんたには本当に、色々なことを押し付けて悪いと思ってる。思うだけで何もしてやれてないが…。」
宗一郎の言葉に、佳那は立ち止まって踵を返してから、困ったような笑顔と共に言う。
「本当にね、何で私がって思うよ。今でも信じられないし、怖いよ。でも、誰かがやらなきゃならなくて、私しか出来ないって言われたら仕方ないよね。」
サバサバした口調の裏から微かに漏れる不安や躊躇いを感じて、宗一郎は二の句を継げなくなってしまう。専門的な訓練を積んだ大の大人でさえ、容易くは感じないだろう仕事。いくら頼り甲斐のある前向きな性格とはいえ、佳那はまだ成人もしていない少女なのだ。
「どこかの本で読んだが、辛いことが有った時に、誰かに話すだけで随分違うそうだ。この作戦が終わったら、何でも話してくれ。」
何とか絞り出した言葉をそれらしく語ってから、何だか出過ぎたことを言った気がして、慌てて付け加える。
「あっ、いや、別に俺じゃなくてもいいが。キメラの仲間でもあの二人でも良いし、誰でもいいぞ。ただ、もし俺に力になれることがあれば…」
焦ってそんなことを付け加える宗一郎を見て、佳那はくすくす笑いながら言った。
「折角ちょっとカッコ良かったのに、後半は余計だよ。でも、そうだね、そうかもしれない。無事に帰って来たら、色々と聞いてもらうことにするよ。」
佳那の返答に少し安堵する。出来ることは少ないけれど、彼女の負担を減らしたいという願いは事実だった。
「あ、ああ、そうしてくれ。いつでも、何でも、話を聞くよ。」
「ありがとう。じゃあね、おやすみ。」
まだちょっと焦っている宗一郎の様子に可笑しそうに笑いながらも、佳那は手を振って部屋を出て行く。おやすみ、と言って見送ってから、宗一郎自身も部屋を後にした。
ご意見・ご感想お待ちしています。




