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Record of the dead  作者: 水無月ケイ
第1章
13/21

ザ・トリックスター【下】

相変わらず更新間隔が長くて申し訳ないです。

今回はいつもの三倍くらい有ります。

状況を確認しようと周囲を見回すと、十人あまりの年齢も背格好もばらばらの男女が不安と期待の入り混じった目で夏生と康一を見ていた。いや、二人の服を、と言った方が良いかもしれないが…。異様な雰囲気に康一が気圧されていると、二人の目の前にいた中年の男性が叫んだ。

「あ、あんたら、自衛隊か?た、助けに来てくれたんだろ?そうだよな!?」

ほとんど縋り付くような雰囲気の声と言葉に康一は思わずたじろいでしまうが、時と場合に応じて徹底して感情を殺せる彼の幼馴染は違ったようだ。

「詳しい話は後です。まずはここの責任者にお会いしたい。説明もそこで。」

厳しい表情と口調の夏生にそう言われ、その男は慌てて頷いて、「こっちだ」と言って歩き出した。道すがら三階の様子を見ると、通路沿いの様々な業態の店の一軒一軒を避難した家族がテントがわりに使っているようだった。なるほど、と康一は頷く。それぞれの店舗は正面をカーテンか何かで覆えば最低限のプライバシーも保てるし、このフロアにはかなりの数の店舗があるので、全ての家族にあてがえているようだ。大規模な商業施設なら、こんな贅沢な住み方も出来るんだな、とぼんやり考える。

少し歩いて、モールの一画にあるフードコートに入った。フードコートはかなり広く、優に百人は入りそうで、椅子や机は往時のままだった。そして、室内に漂う匂いからして、ここは今でも食事の場所として使われているようだった。

「騒がしいね、何かあったの?」

康一が左右を見回していると、妙に迫力がある女性の声が響いた。声のした方を見ると、康一たちより十歳ほど年上に見える、落ち着きある雰囲気の女性が鋭い目でこちらを見ていた。

「ああ、藤原さん、自衛隊ですよ、自衛隊が助けに来てくれたんです。やっと来たんです!!」

興奮状態の男に藤原と呼ばれた女性は、二人の来客を上から下まで眺め回してから、立ち上がって言った。

「よくいらっしゃいました。こちらでお話を伺いましょう。」

にこやかな表情でそう言って立ち上がり、奥の従業員用スペースの一室に案内してから、ソファにどさっと腰を下ろした。対面のソファに腰掛けた康一達に対して、開口一番に言う。

「あなたたち、自衛隊じゃないわね。」

はじめからそう言い張るつもりは無かったとは言え、いきなり核心をつかれてドキリとする。最も、夏生は特に応えなかったようで、イタズラがバレた子供のような表情で「分かりますか」とだけ言った。

「私はつい最近まで警察官だったのよ、幾らなんでも自衛隊の制服とサバゲー用の迷彩服の区別くらいつくわ。でも、悪ふざけして楽しむという状況でもないし、一体何の目的があってここに来たのかしら。」

厳しい目で藤原さんが見据えてくる。たぶん、康一達が略奪者か何かではないか疑っているのだろう。

「僕達はこの事態を受けて結成された全国規模の自警団の一員です。自警団と言っても政府や自衛隊、在日米軍と連携を取っていて、情報や物資を提供されています。このモールに生存者がいることも、米軍の無人偵察機が発見して、この地区を担当する我々に連絡が来た次第です。」

政府、自衛隊、在日米軍。こういう事態が起こった時に日本人が真っ先に頼りそうな単語を並べて、夏生はいかにもそれらしい話を作っていく。だが、目の前の女性の方も、一筋縄では行かないようだった。

「そういう設定なのね。それで、本当のところはどうなのかしら。」

そう切り返されて、夏生は一瞬冷たい表情を浮かべてから、すぐに笑顔を取り繕って「いやあ、バレましたか」と言って笑った。

「話が出来すぎてるし、都合が良すぎるもの。自警団そのものは本当にあるかもしれないけど、どこもまだ自分達が生き残るのに必死で、他人の面倒なんて見てられないでしょう。それに、こんな混乱の中で、自衛隊や米軍との連絡調整や連携がそんなにスムーズに進むとは思えない。それに何より、あなた、理路整然と話し過ぎ。もし本物なら、どこから説明したら良いか迷って、むしろもっとたどたどしくなるんじゃないかしら。」

その指摘には思わず唸らされたが、それは康一だけでなく夏生も同様だったようだ。夏生は不敵な笑みを浮かべつつ「なるほど、参考になります」と呟いてから、本当の話を始めた。

「僕達はここから10キロあまりの場所の北新大学から来ました。まあ、厳密に言えば僕達はあそこの学生じゃないんですが、それはこの際あまり関係が無いので省きます。大学は市街地から離れていて、今のところジキの脅威はなく、自警団を作って大学周辺を警備してます。こっちの自警団は本物で、こっちのコウちゃんは自警団で活躍してます。」

「活躍ってほどじゃないけどな…自警団そのものは本当にあります。規模は結構大きくて、500人以上はいます。」

康一が補足するようにそう言うと、藤原さんは頷いて「そこまでは信じるわ、続けて」と言ったので、夏生は話を続けた。

「そこの学生のまとめ役に頼まれたことが今回のきっかけです。と言っても、ご想像の通り、頼まれたのはあなた方の救出ではありません。むしろ、近くに来るまで生存者に気付きませんでした。僕達は、ここから少しのところにある発電所の調査と、将来の制圧に向けたルートの確保を頼まれました。ここには、その目的の一環として、協力を求めたくて立ち寄りました。」

夏生が口にした的確で簡潔な説明を聞いて、藤原さんはじっと夏生の顔を見てから、少し皮肉っぽい口調で言った。

「協力って言っても、私達に出来ることはほとんど無いわよ。精々、あいつらを引きつけるくらい。その顔はそういうことかしら。」

こちらが言い出す前に答えを導き出して彼女の洞察力に舌を巻きつつ隣を伺うと、夏生は感情の篭っていない丁重さを保ったまま言った。

「ご明察、と言うべきでしょうね。その通りです。我々はこの街の中央を貫く大通りの安全を確保したい。そのために、大通りの反対側のマンションに一部の方に移って頂き、ジキ共を引きつけて欲しいのです。既にマンションは制圧済みで、途中のルートの安全も確保しています。」

「準備万端ってわけね。それで、協力したら代わりに私達を救出してくれるってことかしら。」

その問いに、夏生は一瞬だけ躊躇ってから、少しだけ身を乗り出して答えた。

「この際、率直に言いましょう。あなたが僕達のことを信じられない気持ちは分かります。実際、この計画は僕が独断で進めているもので、会長や大学の自警団の正式な了承の下に進めているわけではありません。あなた方が約束を果たしたのに、こちらが裏切る、あるいは作戦が失敗して救出が不可能になる可能性は常にあります。それは否定できないし、僕がいくら口約束しても、あなたは信じないでしょう。」

あまりにも直裁な発言にハラハラする康一の横で、夏生は真剣な表情で続けた。

「ただ一つ確かなことは、もしあなた方の協力が得られないのであれば、我々もあなた方の救出は難しいということです。いえ、もっとはっきり言いましょう。協力して頂けないなら、我々はあなた方を見捨てます。これは脅しではありません。現に会長は、これまで多くの救援要請を握りつぶしてきました。もしあなた方を特別扱いするとすれば、それはあなた方がそれ相応の対価を払った場合のみです。」

ほとんど脅迫に近い、いや脅迫そのものに聞こえる夏生の発言に、康一はビクビクしながら対面の交渉相手の顔を伺う。だが、さすがは熟練の元警官と言うべきか、藤原さんはむしろ淡々とした様子で言った。

「つまり、協力しなければ救出の可能性はゼロで、協力すれば少なくともゼロでは無くなると。そう言いたいわけね、あなたは。」

「ご理解が早くて助かります。もちろん、警察や自衛隊による救出の可能性はあるでしょうが。」

夏生が補足した言葉を聞いて、藤原さんは一瞬だけ苦笑いのような表情を浮かべてから、ため息混じりに言った。

「それは一番、期待してないわ。冬になってあいつらが凍死してくれる方が、まだ期待出来そう。この騒動が起きた時、警察は真っ先にあちこちに駆り出された。奴らが単なる暴徒だと思われてた段階でね。どれだけの警官が噛まれたか…。私の警察時代の知人も、何人も犠牲になった。」

藤原さんは、少し遠い目をしてそう言った。特別に親しい人が含まれていたのかもしれない。それから、ため息混じりに続けた。

「自衛隊にしても、事情はそう変わらないでしょう。発砲が許可されたのは随分経ってからだったし…。そもそも陸自の定員は15万人かそこらのはず。仮に大半が無事だとしても、駐屯地や各地の避難所の防衛で手一杯でしょうね。そこまで分かってて、言ってるんでしょう?」

少し皮肉っぽい口調でそう問われて、夏生は微かに躊躇うような表情を見せてから、問いには答えずに言う。

「ともかく僕が言いたいのは、協力して頂けたら救出に向けて最大限努力するということです。これ以上のことは申し上げられません。」

「最大限努力、ね。ありがたくて涙が出そうなお話ね。そんな提案、こちらが受け入れられるとでも?」

皮肉っぽい調子から急転直下、辛辣な調子で指弾する。当然と言えば当然の指摘に、夏生はしばし苦しそうな表情で黙り込んでいたが、やがて呻くように言った。

「これ以上のことは申し上げられないのです、本当に。」

そう言った夏生の声は、確かに少し震えていた。演技か、それとも本心なのか。いずれにせよ、夏生のこんな声を聞いたのは、もう何年ぶりか記憶がないほどだった。

そんな夏生の様子を、藤原さんは厳しい目で見つめてから、視線を落として考え込み始めた。室内には、身じろぎも許されないような緊張感が漂っている。しばしの沈黙の後、疲れたような声が聞こえた。

「…受け入れましょう。」

本当ですか、と言って身を乗り出す夏生に対して、藤原さんはやや投げやりな口調で答えた。

「結局のところ、そちらの提案がどれだけ劣悪な条件でも、受け入れるしかないのよ。ここに閉じ込められてもう一ヶ月、みんな限界だし、なまじ希望が見えたところでまた元通りなんてなったら、今度こそ不満が爆発するでしょう。そのあたりのこと、みんな分かった上で提案してたんでしょう?」

冷やかさと自嘲の混じった問いに対して、夏生は落ち着いた表情と口調で、微かな余裕を感じさせながら答えた。

「理屈で考えればそうなるでしょう。でも、僕達のような若造から一方的にこんな提案をされて、怒りや屈辱感から感情的な反応を示す可能性も十分あり得ると思っていました。人間がいつも合理的だと信じられるほど、僕は楽観的ではないですから。」

夏生の淡々とした説明を聞いて、藤原さんは呆れたような口調で「本当にイイ性格してるわね」と呟く。その口調はどこか賞賛するような色合いもあって、緊迫のピークが過ぎたことを察して、康一は思わず安堵した。

「さて、これからどうしましょうか。まずはここにいる人達に話をして、協力してくれる人を探そうと思うんですが、当てはありますか?」

夏生の問いに、藤原さんは少し考え込んでから答える。

「そうね、当てはなくも無いけど。どっちにしても、あなた達にはみんなの前で話をしてもらう必要があるわね。みんな期待してるから、そんな話だって分かったら怒り出すかもしれないけど。」

「こればかりはどうしようも無いですね。僕が何とか説明しますよ。ああそうだ、僕達の正体、全部話した方がいいでしょうか?」

夏生の問いに、藤原さんはしばし考え込んでから、首を横に振って言った。

「いえ、やめた方がいいでしょうね。最初の作り話、全国規模の自警団って説明の方がいいと思うわ。ここの人達は追い詰められて混乱してる。何か確固としたものに縋りたい気持ちもあるでしょう。政府や自衛隊や米軍、そういう名前にはそれなりの効果があるわ。」

それは筋の通らない話では無いとは言え、協力を求める相手に嘘をつくことになるし、藤原さんにとっては保護下の市民に対する嘘を黙認することになる。倫理的な問題はともかく、後々問題になりかねないんじゃないかなと考えていると、そんな考えを見透かしたように藤原さんが言葉を継いだ。

「当たり前だけど、私はこの部屋を出た瞬間からあなた達の作った設定を心から信じるわよ。それに、もしあなた達の言うことが全部本当になって、安全で快適な場所に行けたなら、小さな嘘は笑い話で済ませられるでしょう。逆に救出が失敗すれば、それこそあなた達の正体なんてどうでもいいことになるのだし。」

最後の一言は言葉だけでなく口調にもシニカルな調子がたっぷりと含まれていて、思わず夏生と顔を見合わせて苦笑する。それから、夏樹が仕切りなおすように言った。

「まあ、そう言わずに。でもまあ、いずれにせよ、よろしくお願いします。じゃあ、行きましょう。」

その言葉と共に三人揃って立ち上がり、藤原さんを先頭にフードコートに戻った。ここは集会場のような形でも使われているようで、既に大勢が集まっていた。改めて見回すと、避難民は100人近くいるようだった。避難民は、不安と期待の混じった雰囲気で囁き声を交わしていたが、やがてその中の一人が言った。

「なあ、あんた達、俺達を助けに来てくれた自衛隊の人なんだろ?すぐに救出されて、安全な場所に行けるんだよな?」

縋るようなその声に対して、あくまでも冷静に夏樹が説明を始める。話の内容は、打ち合わせ通り全国規模の自警団云々というもので、自衛隊でないと知って落胆した様子だったが、政府や在日米軍という単語を聞いて、少し勇気付けられたようだった。そして、夏生はさらに話を続ける。

「…というわけで、僕らが派遣されてきました。我々は、皆さんを救出して安全地帯にお連れしたいと考えていますが、そのために皆さんのご協力を仰ぎたいと考えています。」

そこまで言ってから、夏生は微かに深呼吸して、ほんの僅かな躊躇いの後に言った。

「作戦上の理由により、皆さんの一部に街の中の別の建物に移っていただきたいのです。」

その言葉に、室内は一瞬静まり返ってから、すぐに猛烈な反発が巻き起こった。

「ふざけるな、あの化物で溢れかえる外に出ろってのか!?」

「そうよ、私達にあいつらの餌食になれって言うの!!」

「お前ら、本当に救助に来たのか?ここを乗っ取るつもりなんじゃないだろうな?」

予想されたものとは言え、露骨な反発と悪意を一身に受けるのはキツい。だが、夏生は微かに手を震わせながらも、反発がひと段落するまで静かに耐えている。夏生のそういうところを、康一は本当に凄いと思う。

「皆さん、どうか落ち着いて下さい。僕達は、皆さんを騙したり苦しめたりしたいわけではありません。ですが、このような状況下で、戦力も人手も何もかも不足しているのです。ジキどもに囲まれている、救出すべき人々はあなた方だけではありません。我々の作戦に協力出来ないのであれば、残念ながら、あなた方の救出は後回しになります。」

夏生がそう告げると、たちまち黙り込んでしまった。結局のところ、自分達だけではどうにもならない中で現れた救いの手を離したくはないのだ。例え全面的には信じられないとしても。

「避難所の定員にも、限りがあります。この機会を逃せば、次の救援がいつになるか分かりません。その点も、どうかご考慮下さい。」

「我々を脅すつもりか!」

全く口調を変えず、あくまで静かに丁重に相手を追い詰めていく夏生の言葉に対して、避難民の一人が気色ばんで怒鳴るが、夏樹の鉄面皮がそんなことで崩れるわけもない。微かな微笑みさえ浮かべながら、夏生は優しげな声音で答える。

「とんでもありません。ただ、皆さんに正確な情報を提供した上で、正しい判断を下して欲しいと願っているだけです。これは、皆さんにとってのラストチャンスですから。」

駄目押しするように最後の一言を少し強調してみせると、さっき怒鳴った男はがくりと項垂れてしまう。結局のところ、他に救援のアテが無い以上、どんなに劣悪な条件でも呑まざるを得ないのだ。議論の方向性が見えつつある、けれどなかなか決着が切り出せない中で、藤原さんが話を切り出した。

「そういうわけなので、私も悩みましたが、この二人の提案に乗りたいと考えています。協力したいという方は、手を挙げて下さい。」

その提案に避難民達は顔を見合わせたまま不安そうに囁きあっているばかりだ。予想外とは言えないけれど、夏生の表情に微かに焦りが見えた。

「道中及び移動先の安全は保証します。それに、異動先での生活はそれほど長いものではありません。長くても一ヶ月程度の予定、実際はもっと短いでしょう。」

少し下手に出た夏生のその言葉にも、避難民達は狼狽えたように視線を交わすばかりだ。この提案を受け入れるのはまだいい、しかし自分が危険な外に出るのは絶対に嫌だというのが、彼らの素直な感情のようだった。室内の空気に停滞感が漂うのを見て、夏生が苦渋を隠せない表情で口を開きかけた時、奥の方向からおずおずと手が挙がり躊躇いがちな声が聞こえてきた。

「あの…。私達で構わなければ、協力します。」

声がした方を見やると、手を挙げたのは、少し頼りなさげな中年の男性だった。すぐ近くに、身を寄せるように同年代の女性と、高校生くらいの少年がいる。恐らく、家族連れの避難者なのだろう。

「もちろんです、ご協力に感謝します。」

夏生が頭を下げると、相手の男性は震える声で切り出した。

「た、ただし、一つだけ条件があります。子供を、あなた方と一緒に連れて行って下さい。」

その言葉に、夏生の表情が固まった。子供を先に避難させることが条件…それは、まだ独身で子供もいない夏生にも康一にも想定外の言葉だった。しばしの沈黙の後、夏生は渋々といった様子で言う。

「分かりました、お連れしましょう。お子さんは一人だけですか?」

「私達の子供は一人だけですが、他に二人います。」

そう言って、すぐ近くにいた別の家族を紹介する。こっちには高校生くらいの男女…おそらく兄妹だろう…が両親に寄り添っている。その二人と最初の家族の子供は知り合いなのか、不安げに言葉を交わしながら寄り添っていた。

「分かりました、三人ともお連れしましょう。」

僅かな逡巡の後、夏生はそう言った。スクーターは二台だが、荷物を捨てれば何とかなるだろう。だが次の瞬間、あちこちから湧き上がるように声が上がった。

「う、うちの子供も!安全な場所に連れて行ってくれるなら協力する!!」

「わ、私達も!!」

同様の声が次々と上がって、人数はすぐに二十人近くなる。だが、夏生の表情はますます険しくなる。無理もない、スクーターに乗れる人数を遥かに超過しているのだから。

「分かりました、全員お連れしましょう。希望者はこれで全員ですか?」

しばしの逡巡の後にそう言った夏生の言葉に、出席者一同が頷く。

「では、一時間後に出発です。準備が出来次第、階段の前に集まって下さい。ご協力ありがとうございました。」

夏生の言葉と共に会合は解散となり、避難民達は不満げな表情のまま立ち去っていった。



「おい、あんなこと言って良かったのか?スクーター2台でどうするんだ、あんな大人数。」

会合が終わるとその足で階段に向かった夏生に対して、周囲に誰もいないことを確認してから尋ねる。夏生はその問いを予期していたような表情で答えた。

「もちろん、分かってるよ。心配しないで、コウちゃん。さっきのマンションの駐車場には、車が何台か停まってたから。」

「それはそうだが、ジキだらけの道を突破出来るか?あのマンションは大通りからも遠いし…。」

そう懸念を示すと、夏生は全て理解している、というような表情で答えた。

「それも分かってる。無理なら無理で、僕が何とかするよ。ともかく、心配しないで、コウちゃん。」

固い決意を秘めた夏生の様子に、何も言い返せない。また何か、自分一人で背負いこもうとしているのだろう。男子としては華奢な両肩に、あまりにも多くの荷物を乗せようとする幼馴染に掛ける言葉を探していると、後ろから声がした。

「こんなところで、陰謀の議論かしら?」

「藤原さん!さっきはありがとうございました。」

そう言って夏生が礼を述べると、藤原さんはどこか皮肉っぽい口調で言った。

「どういたしまして。残留組の連中が、自分達はちゃんと救出されるんだろうなって騒いでいるわ。協力するのは嫌なのに、美味しいところは欲しいのね。」

「ああ、まあ、余力が有ればいつかは救出出来るでしょう。発電所制圧とマンションに移った協力者の救出の後に余力があるかは、神のみぞ知る、ですが。」

どこか投げやりな口調で夏生がぶっちゃける。藤原さんは特に気を悪くした様子もなく、肩をすくめながら言った。

「まあ、あまり期待しないで待ってるわ。他の人達が来たから、私はもう行くわ。最後に一言だけ。」

「なんですか?」

「成功を祈るわ。子供達の未来と、若いあなた達のために。」

さっきまでのシニカルな様子が嘘のような凛々しい雰囲気でそう言った藤原さんを見て、ああ、この人は確かに市民の平和と安全を守っていた人なのだと実感する。夏生もまた、投げやりなところなど全くない、はきはきした口調で答えた。

「藤原さんもご無事で。一日でも早く再会出来るよう、微力を尽くします。」

夏生のその言葉に微笑むと、藤原さんは踵を返して立ち去った。



「では皆さん、これから外に出ます。準備はいいですね?」

階段を降りて、この建物への侵入口となった駐車場に続くドアの前で、夏生は集まった面々にそう問いかけた。結局、集まったのは合わせて計24人、そのうち10人が子供だった。大人や年配の子供達は、皆それぞれにバットなどを握りしめて、緊張を隠せない表情で頷く。

「どうかご心配なく。駐車場のジキは排除していますし、マンションまでのルートも基本的にはジキと遭遇しないように準備しています。では、行きましょう。」

夏生はそう言うと同時にドアを開けて、駐車場に飛び込んだ。夏生に続いて、真っ暗な暗闇に飛び込み、モールで見つけた大型の懐中電灯で周囲を照らす。幸い、新たなジキはおらず、無事に出口付近にたどり着いた。

「ここからが本番です。ジキは出来るだけ僕達が引き受けますが、万が一の場合は躊躇せずにやって下さい。」

その言葉に、誰かがごくりと唾を飲む音が聞こえた気がした。次の瞬間、夏生が合図と共に静かに駆け出した。肩を並べて走り出す。

「左の二つをお願い。僕は右のほうをやる。」

夏生の言葉に、了解、と短く答えて二手に分かれる。モールの近くは徘徊しているジキが多く、いくら片付けてもキリが無いようだった。手早く目標を片付けてから、怯えて固まっている避難民を先に行かせる。その後も何度かジキと遭遇したが、いずれも少数だったので、難なく切り抜ける。

アクシデントが発生したのは、大通りを越えてマンションまで残り僅かとなった時だった。住宅街の狭い道路の一画で、かなりの数のジキに囲まれたのだ。パッと見でも十を超えており、二人だけで対処するのは困難だった。

「僕達二人が、出来るだけ引きつけます。その隙に一気に駆け抜けて下さい!」

そう言って突っ込んで行く夏生をフォローしようと後に続く。数の差があるとはいえ、バットのおかげでリーチは長いし、二人一緒なので何とかさばいていく。粗方片付いたかな、と思って視線を避難民達の方に向けた時、信じられない光景が目に飛び込んできた。バットを持った大柄な男性の避難民が、小柄な女性のジキ相手にじりじりと押されているのだ。男性は見当はずれの方向にバットを振り回すばかりで、その隙にジキは着実に歩み寄り、男性は更に追い詰められていく。

「夏生、ここは頼む!」

目の前の一体を倒し、残り一体を任せて、避難民の元に駆け寄ってジキを薙ぎ払う。周囲を見回して、他にジキがいないことを確認する。最後の一体を始末して駆け寄ってきた夏生が、さっきの男に詰め寄った。

「なんでちゃんと倒さなかったんです!?相手は小柄なジキでしょう、それをあんなに逃げ回って。」

難詰するような口調でそう言った夏生に対して、男は猛然と食ってかかる。

「逃げ回ったんじゃない!相手はまだ若い女の子なんだぞ、それにバッドを振るって頭を殴るなんて…。」

「奴らはジキです。人間を襲って喰う、おぞましい怪物です。気持ちを切り替えて、ちゃんと戦って下さい。」

「だが、彼らは病気なんだろう?なら、治療法が確立されれば、治る可能性もあるじゃないか。それを殺すなんて、それもあんな子供を…。」

男が言った言葉に、夏生は僅かだが言葉に窮したようだった。ジキがウイルス性の感染症を原因とすることはほとんど間違いなかったから、病気というのは間違いとは言い切れなかったし、治療の可能性も完全には否定出来ないのかもしれない。

「ジキはウイルスによって脳の重要な部分が破壊されています。例えウイルスに対する治療薬が出来ても、元に戻る可能性は極めて低い。」

「だが、ゼロではないだろう?それに、完全には元に戻らなくても、ある程度は戻るかもしれない。」

「どちらにしても、その理屈からすれば、僕達は殺人鬼ということになりますね。」

夏生の冷ややかな一言に、男はさすがに黙り込む。そんな男に夏生は決定的な一言を放つ。

「それに、あなたが躊躇っても、相手は躊躇いませんよ。そうなければ、噛まれるのは、あなたやあなたの家族です。」

さすがにそう言われては、返す言葉が無いようだった。だが、男は尚も不満そうだった。険悪な雰囲気が立ち込める中、慌てて間に入る。

「夏生、もういいだろ。あなたも、気持ちは分かりますが、これからは戦って下さい。」

康一の言葉に、ひとまず場が収まる。切り替えるように夏生が言った。

「目的のマンションはもうすぐそこです。急ぎましょう。」

その言葉に促されるように、避難民達ものろのろと歩き出す。マンションは目と鼻の先だったが、いざ着いてみると、マンションの前には何体かのジキがたむろしていた。昨日、二人で一晩過ごしたので、呼び寄せてしまったのかもしれない。

「どうする?二人で何とか出来ないこともない数だが。」

康一のその言葉に、夏生は一瞬だけ考え込んでから首を振る。

「そうだね、入り口のパリケードも開ける必要があるし。他のジキを呼び寄せないよう、出来るだけ手早くやろう。」

そう言って、躊躇なく駆け出していく。慌てて後を追いながら、バットを振るってジキを始末していく。全てのジキを片付け、バリケードを開けようと夏生と二人でうんうん唸っていた時、悲鳴が聞こえた。

「悪い、ここは頼む!」

今日二回目のセリフを口にしてから、悲鳴のした方に駆け寄る。見ると、死角にいたらしいジキが避難民達に襲い掛かっていた。相手は小柄な中年男性のジキだが、案の定、攻撃は出来ないようだった。

「ここは俺に任せて、さあ、早く!」

康一が怒鳴ると、避難民達はわっと駆け出して行く。さして強敵とも言えない小柄なジキを片付けてからマンションの前に戻ると、既にバリケードは開いていて、避難民達は全員中に入っていた。康一がマンションに入ると、夏生が駆け寄ってきて言う。

「お疲れ様、コウちゃん。僕はこれからまたちょっと外に出て、道路の状況を確認してみるよ。ジキがあまり多くないと良いんだけど。」

「一人じゃ厳しいだろ。俺も行こうか?」

「ううん、コウちゃんはここに残って、あの人達を守ってあげて。初めてナマでジキを見て、不安もあるだろうし。」

そう言って、夏生は一人でさっさと出て行ってしまう。一人でどれだけ背負うつもりなんだと不安になりながらも、退路を確保するためにマンションに近付くジキを始末しているうちに、20分ほどで夏生は戻って来る。怪我は無かったが、表情は冴えなかった。

「その様子だと、状況は良くなさそうだな。」

夏生が戻ってきて、バリケードを完全に閉じてから、そう言って声を掛ける。夏生は力なく首を振りながら、さすがに疲れを隠せない声で言った。

「全然ダメ。ジキだらけで、とても車でなんか移動出来そうもない。」

「参ったな、どうするかね。」

思わずそう唸った康一に対して、夏生はどこか寂しげな口調で言う。

「僕が恨まれれば済むことだよ。まあ、何とか説得してみせるから。」

「…あんまり、無理するなよ。」

それしか言えないことに、もどかしさを感じながら言った言葉に、夏生は嬉しそうに微笑んだ。それから、避難民達をロビーに呼んで言いにくいことを告げる。

「もうじき僕達は出発しますが、皆さんにお詫びしなければいけないことが一つあります。全員のお子さんを連れて行くことは出来ません。」

その宣告に、さして広くないロビーは一気にざわついた。女性の一人が金切り声を上げる。

「話が違うじゃない、私達を騙したわけ!?」

「決してそういうわけではありません!元々我々は、大勢の避難民を連れ帰る任務も設備も無いのです。それでも皆さんの要望を受けて、ここの車を使って、何とかお子さんだけでも連れ帰れないか検討しました。しかし、僕は今さっき偵察に行きましたが、道路はどこもジキだらけです。ここの車が使うのが難しい以上、どうしても…」

懸命に説明する夏生の声を遮って、別のところからも金切り声が飛んだ。

「言い訳しないでよ!子供を安全なところに連れて行ってくれるって言うから、わざわざ危険を冒してここまで来たのよ!?それが無理なら、何の意味も無いじゃない!!」

「そんなことはありません!救出作戦の決行にあたっては、皆さんは最優先の対象となります。我々に協力して頂いた以上、モールの避難者より優先して救出します。」

尚も必死に言い募る夏生に対して、傲然とした声が飛んでくる。

「どうだか、本当に救出なんて来るのかしら?そもそも、あなた方の言う自警団の存在だって怪しいものだわ。そんな立派なものが有って救出が来るなら、何か証拠を見せてよ、この嘘つき!」

「そうだ、何とか言え!あんたは調子いい言葉で俺達を騙したんだぞ、恥を知れ、この詐欺師め。」

その言葉に、さらに同調の声が広がる。一人では言いにくい言葉も、集団になると気楽に言えるようになるようだ。次第に口汚くなる罵倒にじっと耐えている夏生の横顔を伺ってから、康一は声を張り上げた。

「いい加減にしろ!あんた達、あのままモールにいて、何か展望があったのか?この中に一人でも、こいつと同じように一人で偵察に出れる奴がいるか?俺達はあんた達に黙って出て行くことだって出来た。それを、こうしてわざわざ頭を下げてる意味を考えろ。あんた達は未だに、昔みたいに文句ばかり言ってれば、行政が何とかしてくれると考えてるのか?現実が認識出来ない奴は必要ない、今すぐ出て行ってくれ。」

室内を圧する康一の声に、避難民達は途端に大人しくなる。結局、口先だけなのだ、こいつらは。場の雰囲気が変わったことを察知して、夏生が抜け目なく言う。

「我々が連れて行けるのは精々三人までです。最初に手を上げて下さった二つのご家族のお子さん三人をお連れしましょう。」

その言葉に、当該家族では一悶着があったようだが、やがて話が纏まって三人が前に出てくる。残った避難民に対して、夏生は誠実そうな雰囲気で言った。

「さっき証拠がどうこうという話がありましたね。証拠と言えるか分かりませんが、これを差し上げましょう。」

そう言って夏生がリュックから取り出したのは、大きなトランシーバーだった。何をするつもりなのかと困惑する康一の前で夏生が滔々と語る。

「これは、万一の場合に備えたトランシーバーです。もしどうにもならない事態に陥ったら、このトランシーバーで連絡を取って下さい。ただし、それは本当に最後の手段です。奴らは電波に反応するので、かえって呼び寄せる可能性も有りますし、我々の拠点にも危険が及ぶ可能性があります。それでも、本当にどうにもならない事態になったら、これで連絡して下さい。必ず助けに行きます。いいですね。」

ジキが電波に反応するなんて話は聞いたことも無かったし、そもそも元は人間である彼らがそんな超人的なことが出来るわけが無い。そもそも、こんなトランシーバーは一度も見たことが無かったし、使っているところなどもちろん見たことは無い。その上でこういう話をするのだから、そういうことなのだろう。

だが、避難民達はトランシーバーという形ある保証に、一応満足したようだった。ぶつぶつ言いながらも、まんざらでもない様子で受け取っている。もし真相がバレたらと思うと、康一は胃が痛くなるが、夏生はそれも覚悟の上なのだろう。さっきの「僕が恨まれれば済むこと」という言葉の意味を噛みしめる。誰も分かってやしないのだ、こいつが明るい笑顔の裏で困難極まりない選択をして、一万人の命とそれ以上のものに責任を持とうとしていることを。

「今から出ればまだ明るいうちに向こうに着けます。ジキが集まらないうちに、出来るだけ早く出発します。そうですね、15分後に出発するので、それまでに準備を済ませて下さい。」

有無を言わさぬ口調で夏生が告げると、大半の避難民は渋々部屋に戻っていき、ふた家族と夏生と康一だけが残される。出立に向けてマンションに近づくジキを何体か片付けていると、三人が家族に別れを告げる言葉が聞こえた。

「どうかご心配なく。二週間もすれば再会出来ます。」

夏生がそう声を掛けると、みな不安げな表情で頷いていたが、子供達のうちの一人がキッと夏生を睨みつけている。やや小柄だが、やんちゃで気の強そうな少年だった。

「三人とも、名前を教えてくれるか?」

康一がそう声をかけると、三人は顔を見合わせていたが、やがて一番の長身の少年がおずおずと言った。

「俺は三浦孝司です。こっちは双子の妹の里菜。それから…」

穏和な雰囲気のその少年が躊躇いがちに促すと、さっきのやんちゃな少年が渋々といった様子で口を開く。

「神崎翔太だ、よろしく。」

「よろしく、三人とも。三人は学校の友達とかなのか?」

康一がそう訊くと、そっぽを向いている翔太の代わりに孝司が答える。

「俺達三人、ずっとこの街で生まれ育って、ガキの頃からの幼馴染なんです。もう十五年ぐらいかな。ねえ、ショウちゃん。」

その言葉に、翔太は不機嫌そうな口調で、「そうだな」とだけ答える。その様子が何となく微笑ましくて、思わず笑いながら言う。

「仲が良いんだな。俺もあいつ…夏生とは幼馴染なんだ。高校まではずっと一緒だったし、その後もちょくちょく会ってた。まあ、こんなことになった時に一緒だったのは、幸運な偶然だけどな。何はともあれ、これからよろしく。」

康一の言葉に親近感を覚えたのか、孝司は顔を綻ばせた。

「そうなんですか!そう聞くと何だか嬉しいなあ。こちらこそ、これからよろしく、えっと…」

そう言われて、自己紹介がまだだったなと思い至って、改めて口にする。

「ごめんごめん、まだ名乗ってなかったな。俺は木崎康一、あっちは土屋夏生だ。改めてよろしく。」

そう言って手を差し出して、握手する。孝司に里菜、それに翔太も、まだ不機嫌そうな様子ではあったが握り返してくれた。一応の挨拶が済んだところで、夏生が告げた。

「そろそろ行こうか、コウちゃん。皆さん、どうかくれぐれもお気をつけて。出来る限り早くに、必ず助けに伺います。」

夏生がそう言って頭を下げると、残った四人はまだ不安げながらも「よろしくお願いします」と言って頭を下げてから、そのうちの一人が言った。

「あんた達も、気を付けなさい。特に翔太、あんたは無茶やって、みんなに迷惑かけないようにしなさいよ!」

母親からの小言に、翔太は困ったような顔で「分かってるよ」と言って、小さく頷いている。こうして見ると、どこにでも普通の少年だ。

「あの子達のこと、どうかよろしくお願いします。」

改めてそう言って頭を下げられて、慌てて頷きながら答える。

「もちろんです、必ず無事に送り届けます。それに、必ず無事に再会出来るようにします、どうかご安心を。」

本心からの康一の言葉に、相手は少しだけ表情を和らげた。僅かな間の後で夏生の断固とした声が響いた。

「では、出発します。皆さんは、僕達が出発したらすぐにマンション入り口と階段のバリケードを封鎖して下さい。どうかご無事で。」

言うが早いか、夏生は踵を返して外へと向かう。残った家族の見送りの言葉を背に、康一と子供達も後に続いた。幸運にも、近くにジキの姿は見えなかった。

「さっき、ちょっとジキが少ないルートを見つけたんだ。そっちを通ってスクーターの所に戻ろう。」

小声でそう言った夏生の言葉に頷き、任せた、と言って先導を任せる。夏生の案内したルートは確かにジキが少なくて、たまに見かけても二、三体だった。それに、こちらも少人数なので、さっきより遥かに動きやすい。

「さすがに大通りはジキが多いな。どうする?」

街の入り口付近まで無事に辿り着くが、さすがに大通りに見えるジキの数は多い。だが、ここを通り抜ければ、スクーターまでは目と鼻の先だった。

「みんな、体力には自信ある?」

夏生が尋ねると、翔太はすぐに、孝司と里菜は少し躊躇ってから頷いた。まあ、若い盛りの高校生だから、何とかなるだろう。

「よし、僕がジキを引きつけるから、その間にコウちゃんは三人を連れてスクーターのところに走って。」

「了解。気を付けろよ、夏生。」

「そっちもね。準備はいい?」

康一が頷くと、夏生はすぐに走り出した。大通りまで出て、大声を上げて走りだす。ジキが引きつけられるのを見ながら、康一は三人に合図して走り出した。

「一気に駆け抜けるぞ。遅れるなよ!」

そう言って、一気に大通りに出て、残った僅かなジキを避けるように走りだす。幅の広い通りに残ったジキは僅かだったので、簡単に通り抜けられた。街を出て、少し走って、スクーターのところに辿り着く。

「あ、あの。さっきの夏生さん、大丈夫でしょうか、一人で…。」

孝司が不安そうに言った言葉に、出来るだけ落ち着いた口調で答える。

「大丈夫だよ、あいつはああ見えて強いからな。おっ、噂をみれば、ほら。」

街の入り口から、夏生が走ってくるのが見えた。だが、後ろにはかなりの数がジキが追いかけてくる。思わず舌打ちして言う。

「ちょっとヤバいな。おい、孝司はこっちに乗れ。翔太と里菜はそっちだ、狭いと思うが、夏生と三人がけしてくれ。」

そう言いながら、スクーターに載せてあった荷物を全て捨て去り、スペースを確保する。そうこうするうちに夏生が駆け戻って来て、肩で息をしながら言う。

「みんな無事?良かった、すぐに行こう!」

言いながらキーを回し、スクーターに飛び乗る。すでに腰掛けていた康一とほぼ同時にアクセルを踏み込み、定員超過でやや身重ながらスクーターが走りだし、一気にジキを引き離した。

「ふーっ、みんなお疲れ様!もう大丈夫だよ。」

走り出して数分経ち、街の姿が完全に見えなくなってから、心から安堵した声で夏生がそう言った。思わずホッとして、穏やかで明るい空気が流れた時、ずっと黙っていた里菜が静かに言った。

「夏生さん、一つ訊いていいですか?」

「もちろんだよ、何でもどうぞ。」

明るい笑顔で言った夏生に対して、里菜は感情を押し殺した声のまま続ける。

「あのトランシーバー、空約束ですよね。」

その言葉に、場の空気が一気に凍る。夏生はまだ辛うじて笑顔を保ったまま、しかし声はほとんど沈ませて、呻くように言う。

「どうしてそう思うの。」

「ジキが電波に引き寄せられるなんて話、聞いた事ないですし。それに何より、あのトランシーバー、モールの中で同じものを見かけましたから。」

その言葉に、夏生はしばし押し黙って俯く。だが、顔を上げた時には表情は戻っていた、感情を隠した明るい声で言った。

「そこまで見抜かれてるなら、何も言う事は無いね。そういうことだよ。」

「そうですか、ありがとうございます。」

夏生の言葉に、里菜は特に怒った様子も無く、淡々とそう言った。だが、それで収まらない者もいる。

「なんだよそれ!あんた達、結局俺達をだましてたのかよ。ふざけんなよ、どういうつもりだよ!!」

予想通り翔太は激昂し、夏生に掴みかかろうとする。だが、間に座った里菜がそれを制止して、辛うじて取っ組み合いは避けられた。里菜はもしや、ここまで予想して、あそこに座ったのだろうか?

「ごめんね、三人とも。でも、僕にはこれ以上のアイデアが思い浮かばなかったんだ。好きなだけ恨んでくれていいよ。」

淡々とそう言った夏生の言葉に、翔太の悔しげな嗚咽のような声が重なる。康一の背中に腕を回す孝司の手も震えていた。空はそろそろ赤らみ始めていて、学園はもう目と鼻の先だった。

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