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鴇さん!  作者: NNED
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15 過去話

 豊子は忙しそうに電話を掛けており、子供たちはそれを不安そうに座って様子を伺っている。そこに鉄の姿はない。





 昨夜、鉄は中島俊一の父、弘志と飲みに出かけた。

 それはいつものことで、酒も騒ぐ事も好きな鉄はしょっちゅう弘志と飲みに出かけている。

 同年代の男というものが鉄たちの住んでいる地域は少ない。その上二人とも隊は違えど、戦争で出兵した場所が同じだということが最近わかった。そんなこともあり、二人は今では親友とも呼べる仲となっている。


 弘志と鉄は仲良く近所の居酒屋に飲みに出かけたのだ。それはもう意気揚々と。二人とも飲ん兵衛で、誰かが止めないと飲み続ける。

 いつもなら空が白んできて、さすがの二人も「このままでは寝る時間が無い」と千鳥足になりながら家に帰り、始業時間までグースカ寝て、起きてからすぐに仕事場に移動する。2人とも腕はいい職人だったがだらしがない。



 だが今回、明け方に弘志はボコボコにタコ殴りにされ帰ってきて、すぐに意識を失ってしまったのだ。

 本当はこれも日常茶飯事だったりする。

 鉄も弘志も腕っ節が強い。特に弘志は短気で頭に血が上りやすい質。鉄が飄々と弘志の痛い所を突き、それにカッとなった弘志が鉄に殴り掛かる。それに対し喧嘩好きの鉄は楽しげに応戦する。おおよそ力は五分なので、いつもお互い青痰をつくり、お互い妻に怒られ終わる。


 しかし、いつもなら弘志と同じように満身創痍で帰ってきているはずの鉄が、帰ってきていない。


 山岡家の面々はさすがに様子が変だと、思い当たる節に電話したり尋ねたり、また町中を探して歩いたりしたが、まったく手がかりは掴めなかった。

 そして夜になって、弘志が目を覚ました。


 その一報を聞きつけ、まだ小学生の子供たちを家に残し豊子は中島家に急いだ。


「弘志は!?」

「とよちゃん…!」


 弘志の嫁、梅子は豊子と親友だ。ちなみに弘志と豊子は幼なじみで、豊子の紹介で弘志と梅子、鉄と弘志は知り合った。弘志は当時豊子に片思いしていたため、弘志から見て鉄の第一印象は最悪だったと言える。



「あの人、とよちゃんに言いたいことがあるって…!」


 何事かと弘志が横になっている居間にお邪魔する。


「とよこ、」

「なにがあったの?」

「ごめん、とよこ、ごめん、」


 うわ言のように弘志は豊子に謝り続ける。

 嫌な汗が背中を伝う。


「おれ、たんきで、」


「うん」


「やくざもんが、おれたちのこと、ばかにしてきて、」


「…うん」



 ヤクザという言葉に一気に嫌な予感が高まっていく。

 一帯を治める『仙波一家』は気性が荒い。楯突いたものに容赦しないし、気に入ったものはなんとしても手に入れようとする。

 仙波一家が賭場を開いている古寺はワルの吹きだまりのような所で、寺の周りは夜一人で歩いては行けないと言われる程の所だった。

 先日も近所の娘がそこに連れ込まれ乱暴されて帰ってきている。


「おれ、かっとなって、そしたらおおぜいに、かこまれて、」

「…」

「ぼこ、ぼこにされてる、ところ、てつが、」


「…」


 弘志の顔が泣きそうに歪む。目には涙の膜が張っていて、瞬きをうったらこぼれ落ちそうだ。


「たすけて、くれて…てつ、つれてかれた、

 ごめん、ごめんッとよこ、ごめんッ」

「自業、自得よ!大丈夫よ!」


 強がりだ。


「あの人は、弘志が思ってるより強いから!

 無事に帰ってくるわ!」


 これも強がり。本当は不安で不安で仕方が無い。

 いくら鉄が強くても、仙波一家から無傷で帰ってくるとは考えられない。

 悪い想像ばかりが頭を駆け巡る。しかしなんとか、表面上そんな考えが出て行かないように取り繕う。



「どうしよう、てつに、なにかあったら、

 どうしよう、おれのせいだ、ごめん、とよこ、」


 なおも謝り続ける弘志に、痺れを切らした梅子が怪我をして腫れた顔を容赦なく引っ叩いた。


「アンタより辛いのは、とよちゃんでしょう!

 何謝って逃げようとしてんのよ!もし鉄さんになんかあったら、あたしアンタに容赦しないからね!」


 そこでようやく弘志は謝るのを止めた。



 梅子が半泣きになりながら豊子に抱きつき、きっと帰ってくると豊子を慰める。その言葉に少し泣きそうになったが、豊子はグッと堪えた。

 豊子はひとまず家に帰ることにした。家には不安そうに豊子の顔を伺う子供たちが待っていた。



「お母ちゃん、お父ちゃんは?」


 清子が豊子に聞く。清子は今年小学生になったばかりで、まだ舌っ足らずだ。


「大丈夫よ。」


 子供たちに、というより自分に言い聞かすように豊子は言う。清子はそれを聞いて少し安心していて、良樹は本当かなと首を傾げている。

 長男ということもあり落ち着いている剛は母親の様子に気付き、豊子の手を握った。


「大丈夫だよ。お父さんだもん。」


 たまらず豊子は剛を抱きしめた。

 抱き合う二人に他の二人の子供たちも抱きつく。


「ずるい!わたしも!」

「俺も!」


 勢い良く抱きつくというよりタックルした形になったため、豊子が体勢を保てず団子状態になりながら後ろに倒れた。それが楽しかったのか清子と良樹はキャッキャと楽しそうに笑う。

 腰を打ったのではと剛は豊子を心配そうに話かけてきた。だが大丈夫そうだと確認をとった剛は豊子を見てユルリと笑った。

 その笑顔が鉄に似ていて、豊子もつられて笑った。


(この子たちが居るんだから、しっかりしなきゃ。)



「もう遅いし、アンタ達は寝なさい。」


「お母ちゃんも寝よう!」

「そーだよ、お母さんと一緒に寝たい!」


 ブーブーと文句を垂れる良樹と清子に苦笑しながら、仕方ないと床に入る。しばらくすると子供たちは眠ったのか静かになった。


 外で鈴虫の声が響いている。


 そういえば、鉄に告白されたときもこんな鈴虫が鳴く秋の夜だったと思い出し、また言いようのない不安にかられる。今は考えないようにしても鉄との思い出が浮かんでくる。


 隣に眠っていた清子が寝返りを打った。少し寒いのだろう。もぞもぞと動いて清子は豊子に縋り付くようにくっ付いてきた。

 清子の掛け布団を掛け直し、清子の頭を優しく撫でる。


(私にはこの子たちがいる。)



 先ほどまで不安に押しつぶされそうだったが、少し安心した。1時間程すると、疲れが溜まっていたからか、豊子も夢の中へと旅立った。




 大きくなった良樹や剛、清子と、出会った頃の鉄が仲良く食卓を囲い、全員が仲良く自分に「オカワリ」とご飯茶碗を渡してくる。

 それに応え「デカくなってもアンタ達は子供ね」と笑う自分。ご飯をせっせとよそう。

 しかし手元から目をはなし食卓を見ると、辺りは田んぼのような風景に変わっていて、家族は居なくなっている。

 自分の体は幼くなっている。

 あぜ道を鉄らしき人が歩いているのが見えて、それを追いかけようとするのだが、ぬかるんだ田んぼに足をとられて歩けない。

 追いかけられない。待ってと声を出そうとしても出せない。

 追いかけられないどころか、体も動かないということ気付いてパニックになる。後ろから何かに撫でられる。

 それが風だと気付くと、撫でるようなそよ風ではなくなり突風へと変わる。突風はやがて大量の蝶に変わり、大量の蝶の群れが鉄の方へむかっていく。


 そしてそこで目が覚めた。



 起きた瞬間はどんな夢かと覚えていたのに、落ち着いてきたら夢の内容を忘れていく。

 寝ぼけた頭が覚醒していくにつれて、違和感に気付いた。




「んー…とよこぉー…」


 甘く低い首にかかるその声は、


「て、鉄さん!?」


 後ろから鉄が豊子を抱え込むように抱きついていた。なんとか腰に絡み付く鉄の腕をほどき、布団から抜け出す。

 すると鉄も目を覚ました。


「おはよ…」


 しょぼしょぼとした目を擦る鉄の姿を見て、豊子の気持ちが決壊した。枕を取り上げると、鉄の頭をベシベシと叩きまくる。


「と、とよこ!ちょ、」


「うあぁぁーん!」


 ボロボロと泣きながら、鉄を叩く。

 鉄は豊子が泣いているのを見て、どうにか抱きしめようとするが、豊子のまくら攻撃に勝てない。


「うええぇぇーん!」

「ふぅぅぇぇ…」

「うー…」


 豊子が子供のように大きな声を上げて泣くものだから、子供たちも目を覚ます。

 清子は豊子につられて泣き出した。良樹もそれにつられる。剛はアワアワと慌てて、寝間着のまま家を飛び出し収拾がつかない。


 しばらくすると豊子は落ち着いたが、今度はしゃくりあげながら鉄を抱きしめ動かなくなってしまった。

 そこに一日横になって立てるまでに回復した弘志と、すでに泣いてしまっている梅子がやってきた。


 助けてと言おうとした鉄に、弘志が雄叫びのような泣き声を上げながら抱きつく。

「無事で良かったああああ鉄ぅうううう!!」


 それに続いて抱きつく梅子。

「うう…よかったねッ!とよちゃああん!!てつさああああん!!!」


 弘志の泣き声にビックリした清子がまた酷く泣き始める。

「うあああん!おかあちゃーん!!」


 清子の泣く姿を見て、

「きよこが泣いたぁぁ!うあああん!」

 と良樹も続いて泣く。


 唯一泣いていなかった剛も、鉄が無事に帰ってきたことが嬉しくてポロポロと静かに泣き出した。

 鉄はあーうーと唸り声を上げて、とりあえず豊子の頭を優しく撫でて「心配かけてごめんな」と声をかける。そのあとポンポンと梅子の頭を撫でた。最後に弘志の頭にチョップして「とりあえず離してくれ」と頼む。

 自由になった鉄は泣いている子供3人をギュッと抱き込み「ただいま」と笑いかけた。


 そこで清子と良樹はようやく鉄が帰ってきたことを認識してキャーキャーと喜び

「お母ちゃん!お父ちゃんだよー!帰ってきたー!」

「父ちゃんだー!」

 と笑い出した。


 相変わらず剛はポロポロと涙を流して鉄にしがみつく。気丈に振舞っていたが、長男でしっかり者の剛は鉄が危ない人に連れて行かれたということをしっかり把握していたし、不安で仕方なかったのだ。大人3人はさすがに困ったが、子供の剛が離れないのをどうこう言う鉄ではない。剛を抱っこすると再び豊子達の元に戻った。


 そしてグズグズと泣き続ける3人に一度謝り、仙波一家に連れていかれてからのことを説明しはじめた。






 弘志への暴力をなんとか止めに入った鉄は、やはり仙波に目をつけられ、弘志のかわりにおとしまえを付けろと賭場に連れていかれた。


 そこには仙波の親分が居た。

 仙波の気性の荒さは鉄も知っている。さすがにタダでは済まされないだろうと思っていた。だがそこで、鉄の悪運が味方した。


「ん?…アンタぁ『桐の舞』で博打打ちの役してなかったか?」


『桐の舞シリーズ』とは主人公の渡世人が全国あちこち旅し、そこで極悪非道な代官や庄屋たちをバッサバッサとなぎ倒していく話だ。

 シリーズ第一作目で鉄は博打打ちの役をやった。

 端役ではあったが、主人公と丁か半かと張り合ったシーンは中々緊張感があり、また賭場の主催側のイカサマが明らかになった時は主人公と共闘している。ファンには印象的な役ではある。


「『てめぇは気に食わねえが、コイツらァもっと気に食わねえ!』」


 台詞の一つを言ってみると、親分がキラキラとした目で鉄を見た。


「すげえ!本物だ!」


 その声で、周りのテンションが一気に上がる。幹部連中も桐の舞シリーズのファンらしく、主演の俳優についてや一作目でヒロインを演じた女優について等根掘り葉掘り聞いてくる。仕舞いには自分達の仲間になれときた。


「また後日改めて来るから、一先ず帰らせてくれねえか?」

 と一か八かで頼んでみたが、


「いや!とりあえず一緒に打とうぜ!」

 と奥に案内され、賭場の一席に座らせられる。


 困惑しているうちに、丁半博打が始まってしまった。

 ガタイの良い上半身裸の男が左手に賽子を二つ、右手に壺を持つ。丁半とは、壺皿といわれる椀に壺振りと言われるスタッフが賽子を入れ、二つの賽子の出た目が足して丁(偶数)か半(奇数)かを予想するギャンブルだ。


「さあさ、皆さん賭けなすってェ!」


 張った張ったァ!と威勢良く客を煽る。客たちは半!丁!とそれぞれに自分の持っている駒を出していく。


「丁方ないかァ!」


 鉄は金を出していなかったが、親分に無理矢理の様に渡されていた駒があったので、それを使う事にした。


「丁!」


「丁半駒揃いました!」


 壺振りが壺を開けると、


「グイチの丁!」


 半と応えた客の駒が壺振り方へと回収されていく。


「おお!勝ってるじゃねえか!」


 そこから済し崩しのように、続けさせられる事になってしまった。

 何度も家に帰ろうとしたのだが「良いじゃねえか」「勝ち逃げはひでえよ」と言われ止められて、帰れない。負けた時に「もう降りるよ」と帰ろうとしたが「負けたまま帰るなんて男じゃねえよな」とこれまた帰れない。

 そのままやらされ続け、やっと一段落付いたと思ったら、次は酒に付き合えと賭場よりもっと奥の間へと案内される。

 そこには古びた観音様が居たが、酒や女の乱痴気騒ぎを起こしている。


 罰当たりな、と呆れていたら、鉄のすぐ側にいた若い男が酒の飲み過ぎで気分を悪くして踞っているのを見つけてしまった。見つけてしまったものは仕方が無い。ああもう帰りたいのにと思いつつ、青年を介抱してやる。


 酔った裸の女たちが男前の鉄を放っておくはずもなく、青年のことなどおかまいなしで絡んで来る。それをなんとか躱していると、青年は落ち着いてきた。

 それを確認し、よし今のうちだ!と抜け出そうとしたが、その青年が親分の弟であることが判明。また帰れなくなる要因を増やしてしまっていた。


 そんなこんなで日も暮れ、やっと皆騒ぎ疲れ寝静まった所抜け出して帰宅。豊子の寝顔を見て安心し眠ってしまった。



 説明を終えると


「今度は心配して損したわ!」

「賭場ァ!?うらやましい!!」

「何言ってんのよ!鉄さんを危険に晒しておいて!!」

「今日は鉄さん飯抜きよ!」

「それになんだ酒池肉林だったのか!お前!うらやましい!」

「弘志!アンタ浮気!?」


 とギャーギャー騒ぎ出した。

 大人たちの怒声を他所に、清子と良樹は仲良く庭で遊んでおり、剛は呆れた顔をして鉄を見ている。


「だれかーたすけてくれぇ…」


 鉄の弱々しい悲鳴が秋のよく晴れた空に消えていった。



40年ちかく昔のお話。

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