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暦や紅緒がはじめて喫茶マコにやってきてから数日が経過した。
「今日鴇さんシフト入ってなかったのかよ…!」
「ご注文は」
「鴇さん来ねえなら、学校で言えよ!」
「ご 注 文 は」
「…オムサンドとエスプレッソのセットで」
喫茶マコには今までも日和を慕って通う鷹高生はいたが、暦と紅緒が定期的に来店するようになり、より一層鷹高生は増えていた。
強面な不良息子を抱えた元プロレスラーの麻子には、鷹高生が怖い、という認識は持っていなかったが、溜まり場にされるのは堪らない。「たかだか高校生がうちでたむろってんじゃないよ!駅前のハンバーガーでも食っておとなしくしていやがれ!」などと考えていたが、日和の家というのもあり殊勝おとなしくしてはいるので言うに言えない現状はあった。
とりあえず何か問題がおきたら、息子の給料を引くことと問題を起こしたものに制裁として麻子によるパワーボムという御布令を出しているので、今のところ問題らしい問題はおきていない。パワーボムとは、がぶりの体勢から相手の胴回りにクラッチをかけて、相手の膝を肩にかけて頭上まで持ち上げ、スタンプをかけながら背面から落とす、プロレス技の一つである。
このまま問題がおきないことを日和は祈っていた。日和も、かあちゃんは怖いのである。
それに自分が働いている時に問題がおきるのは勘弁して欲しい。働く事の大変さを学んだ今、1時間に稼げる金の少なさや、その少ない給料を引かれてしまうことの悲しさ、というかわびしさも理解した。
しかしそんな願いは日和の目の前で崩れ落ちた。
鷹高生ではない若い悪ぶった少年たちが喫茶マコにやってきた。年は高校生くらいで、店内にいた鷹高生にガンをつけてきた。
日和たちは知らなかったが、近隣の不良たちには「鷹高の兵藤たちが溜まり場にしている店がある」ともっぱらの話題で、鷹高を敵視している者や兵藤たちを倒して名を挙げたい者は、喫茶マコを獲物として考えていた。
「しけた店だなあおい、兵藤」
柄の悪い少年は連れ2人を後ろに控えさせながら、日和に喧嘩を売った。母譲りの格闘のセンスと、父譲りの優れた体躯で、向かうところ敵無し、鷹高最強とうたわれた日和だが、喧嘩っ早いわけでもなければ正義感が強いわけでもない。仲間思いではあるが、名前の通り日和見主義なところもある。
馬鹿にされるのは多少腹が立つが、自分の不利益になりそうだとすぐ判断した。
「3名様デスネー、ゴ注文オ決マリニナリマシタラ、オ気軽ニ声ヲ掛ケテクダサーイ」
棒読みでこれでもかという程やる気は感じられないが、機械的に入ってきた不良たちもさばく。シカトを決め込んだ上にこのやる気の無さにカチンときたのかズイと日和に絡んできた。
「てめェなめてんのか」
「はあ、そう感じたならすんません」
日和が、それはもうめんどくさそうに適当に去なすので、相手の少年は余計に怒りだした。険悪な雰囲気に一般客は居心地悪そうに縮こまる。鷹高生はキレかけだが日和の手前少年たちを睨みつけるに留めている。少し大人になった暦は「馬鹿な奴らだなあ」と静観している。
「スカしてんじゃねーぞコラ!!」
とうとう少年が日和に殴り掛かろうとした瞬間、
「はい、そこまで。」
人懐っこい笑みで鴇が少年の背後から現れ、思い切り足払いをかました。盛大に少年は転び、ほぐぅ!だのあごぅ!だの奇声をあげた。
「鴇さん!ちゃっす!!」
暦は鴇が現れた瞬間、ぱあっと顔を明るくした。弟子や舎弟を通り越して、飼い犬のようだが、暦に自覚はない。鴇はご機嫌にその挨拶に笑顔で応える。
「おう暦、来てたンだな」
「んだてめー!」
「ざけんじゃねーぞごるぁ!」
「やんのかこらあ!」
3人の少年はそんな鴇にギャンギャンと罵声のようなものを浴びせるが、鴇は怯みもせず、これにも笑って応える。しかしこれには鴇のいつもの朗らかさが欠けている。
「坊主、めえら一回、表出ろ?」
鴇は映画を観た帰りに喫茶マコに寄った。扉を開けると、カランカランといつものドアベルが鳴るも、どうも雰囲気が怪しい。皆自分が入ってきたのにも気付かず、何か言い争いをしている。一店員として、面倒な客は片付けるべきだと考えたし、日和が働く大変さを知った今、これに水を差すような輩は追い出したい。
日和に殴りかかろうとした少年を床に転がす。
そして手近にいた少年の1人の襟首をぐいと引っ張ると、
「ああ、お騒がせしました。引き続き、お楽しみください。」
と鴇はそのまま店の外に出て行く。1人連れて行かれた少年を慌ててその仲間たちも追う。そして弟子である暦もお供します!と元気にそれに着いて行く。
「さっきのって、日和といつも一緒に働いてる店員か!」
「あー!そうか、あのイケメンかー!」
「俺たちも見にいこうぜ!」
「おう!」




