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鴇さん!  作者: NNED
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 今日も戸川老人の映画館で一本映画を観てきた。それから映画館の近くにある喫茶店『喫茶マコ』に入る。そこで看板娘?の兵藤麻子と何時ものように世間話をしていたら、店主である麻子の夫、兵藤信吾が腰をやって人手不足だという話になった。


「若くて体が丈夫ならなんだっていいんだけどね〜中々こんな寂れたとこにはそういう若い子来ないから…本当は息子に手伝わせたいのに、あいつったら全然言うこと聞かないのよ!」






 帰宅後、クタクタになって帰ってきた良樹と夕飯を囲む。


「なあ良樹、

 ちょっと相談があんだけどよ。」


 今日の夕飯はサバの味噌煮込み、なめこのみそ汁、小松菜の胡麻和え、ひじきの煮物、

 つやつやの白米に、普段飲んでいる安い缶チューハイではなく、ちょっといい瓶ビール。

 どれも良樹の好物で、食卓を見て良樹はなんとなく鴇の言わんとしている事を予想した。


「ははぁん?なんだよ小遣いアップの要求か何かか?それともパチンコか競馬にでも手を出してスッたのか?」


 すると鴇はすこしムッとした。

 言い返そうにも、若い頃の自分のハチャメチャぶりを考えるとパチンコや競馬に関してはあまり反論できない。パチンコには手を出していなかったが、賭場には出ていた。言い返すのはあきらめて、今思っていることを正直に話す事にした。



「今の生活には満足してるし、金が足りねえってこともねえんだけどよ...さすがにこの体でぐうたらしてるのもなんだかなあ。

 っつうことで、あるばいと、なんぞやってみようと思うんだが、お前はどう思うね?」



 体が若返ってから今に至るまで主夫業の合間ではあるが、歌舞伎や映画、時代劇、それに散歩など、好きな事ばかりやってきた。しかし、自分の今の体を考えると、もっと働いて社会貢献すべきなのでは?と思い至る。


 地元の消防団にも入っているが、冬など火災が起きやすい季節の夜に町内の見回りをしたり、万が一火災など災害が発生したときにかり出されるだけで、そこまで忙しくない。

 憲法にもあるが働くことは日本人の義務であるわけだし、短いシフトでも週2程度でも働いた方がいいのではないか。

 良樹の金を許された範囲で好きに使っているのも、あまり気分のいいものではない。



 良樹はため息をついた。


「俺に親孝行はさせてくんねえのか親父」


「おめえも俺の立場になりゃあわかると思うけど、大人が人の世話になるのはあんまり気持ちのいいもんじゃあねえぞ。


 それに一緒に住まわせてくれるってだけで、十分楽しいし助かってる。こっちに来てから随分と友達も増えた。」


 一人で日がな一日クロスワードやナンプレをやっていた孤独さを考えると今は随分にぎやかで楽しい。



 高齢ながら人の世話になるのを嫌がったため、デイケアサービスを受ける事を一人暮らしを続ける条件としてつきつけた。あの懐かしい小さな家から出ることを頑に拒んだ「鉄」は「鴇」になってから、成り行きで良樹の家に越してきたが、そのことについて良樹の心に引っかかっていた。


 もしかしたら妻・豊子を看取った家から出たくなかったのでは、だとか、自分との生活に不満はないか、だとか。


 鴇は息子に世話になるのは抵抗はあった。

 しかし最終的に納得して良樹についてきたわけだし、息子たちが家を出て行って寂しい思いをしていたわけで、こうしてまた一緒に暮らせることを嬉しく思っていることには変わりはないのだ。



「これは自分のためなんだよ。

 親父のわがままは聞いちゃいらんねえか?」


「そういうわけじゃ...」


 鴇は良樹をなんとか丸め込んだ。





 次の日


「マコちゃん!俺をここで働かせてくれやしないか?」


「え!鴇くんが!?本当に!?

 愚痴ってみるもんだわ…」


 たまに来る鴇のことを「色男さん」とコッソリと呼んでいた兵藤夫妻と喫茶店の常連たちは、鴇がアルバイトになることを歓迎した。アルバイトのシフトは週3日程度だが、鴇は新たなことを始めることにイキイキとしていた。


『喫茶マコ』は所謂純喫茶と言われるような、よく言えば昭和の風合い溢れる、悪く言うと寂れた喫茶店だ。マコ、というのは麻子のあだ名で、愛妻家の信吾の惚気全開のネーミングである。





「はぁ~...やっぱ鴇くん、かっこいいわよねえ」

「ボーイ姿も絵になるわあ」


 鴇のファンクラブと化している商店街の婦人会は鴇の仕事姿を見るべく、井戸端会議という名の集会の開催場所を喫茶マコに移した。

 そしてそこでコーヒーや特製のショートケーキを味わう。


 するとこのコーヒーやケーキ、他にも定食など、なかなか評判がよく主婦の間で話題になり、この間まで寂れた喫茶店だったのが、ちょっとした評判の店となっている。


 これには兵藤夫妻も驚いており、ここ最近はあんまりにも忙しすぎて、静養のため休んでいた信吾も店に出ようと必死である。



 そんなある日、喫茶マコに柄の悪い若い男が二人やってきた。鴇はぱちくりと目を瞬かせた。



「...誰だおめえ。」


 金髪の男は眉間にこれでもかという程深い皺をよせる。


「...バイトだけど。

 それより、その制服...」


 男二人は、かなり着崩しているがあの鷹高の制服を着ていた。店に居た客たちはそれを見て凍り付く。店内の雰囲気の変化に気付いた二人にも緊張感がはしる。


 が、鴇はふんわりとその二人に笑いかけた。


「まあそんな固くなるねえ。

 二名様ですね、こちらへどうぞ。」


 テーブル席に案内し、お冷やを二人に出した。座りながらコソコソと小さい声で片方の男が金髪の男に話しかけた。


「ど、どういうこと?」


「俺が知るか!

 親父がこの間腰やって動けねえっつうから、一応様子見にきたんだっつうのに、前より繁盛してる上に、なんか知らねーうちにバイト雇ってやがるし…」



「ご注文はお決まりですか?」


「あ、ローストコーヒーとオレンジジュース…。」


「はい少々お待ちください。」



 鴇がバックヤードに引っ込んだ後、中でガシャーンッと食器類が落ちる音が鳴り響き、すごい勢いで厨房から麻子が飛び出してきた。


 鬼のような形相で、麻子は他の客など気にせず、男2人にすごい勢いで襲いかかる。逃げようとする金髪の男に、青ざめ硬直する茶髪の男。



「かあちゃンゴッ」


 ゴツッと鈍い音をたてた。

 それはジャンピング・ヘッドバットと呼ばれるプロレス技で、簡単に言うと物凄い派手な頭突きを、麻子が金髪の男にしかけた。



「あいかわらず日和の母ちゃんこええ...」





 女子プロレスの黄金時代、女子プロ界を牽引した一人の女がいた。


 その小柄な体のどこにあるのかというパワーと、瞬発力、勝利へのどん欲さ。そして何よりも高いパフォーマンス力。

 結婚のために女子プロレスの世界から去っていった彼女の名前は、兵藤麻子、旧姓 重永麻子。

 女帝「シャイニング重永」は今、喫茶店を切り盛りする一児の母親になっていた。



「いっってええよ母ちゃん!!」

 日和はあまりの痛さに生理的に涙が出ている。


「ふん、手伝いに来いって言ってるのに、ほっつき歩いて、お父さんが腰痛めて動けなくなってからやっと現れたかと思えば、何暢気に客席に座ってんのよ。」


 日和と遼太郎の2人を客席に案内した当の本人は後ろで口元を手で隠しプルプルと震えている。

 もちろん鴇が麻子の恐ろしさに震えているわけでも、2人を最初からバックヤードに連れて行かなかった事を悔いているわけでもない。

 普段努めておしとやかに見せている麻子が完全に我を忘れているのを見て笑うのをこらえている。それに気付いた日和は涙目になりつつも鴇をギッとにらんだ。


 そこでハッとした麻子は照れ笑いしつつも

「どうもお騒がせして申し訳ありませんでした。皆さんごゆっくりお楽しみください。」

 と綺麗にお辞儀をし、日和の首根っこを鷲掴み、バックヤードに引っ込んでいった。


 鴇はそれはもうニコニコしながら接客にもどった。周りの客たちは嵐のような出来事に頭が追いつかず動けずにいた。



 営業が終わり店じまいが済んだ店内で日和は麻子に延々と怒られていた。


 遼太郎は少し離れたところでオレンジジュースを飲んでおり、相席で鴇はコーヒーを啜る。鴇は遼太郎のことをまったく覚えていないため、はじめましてと和やかに挨拶をする。覚えていても和やかだっただろうが。



「だいたい、あんたこのままグータラすごしてて、将来どうにかなるとでも思ってるの?

 勉強も団体行動もできない上に店の簡単な手伝いもできないで、食っていけると思ってるの?

 コンビニのレジ打ちとかファーストフードの店員なら面接はどうにか受かるかもね?でもそれで将来お嫁さんもらったとき、食わせていけるわけ?


 大人になったら年金や保険は自分で払わなきゃいけないし、一人暮らしはじめたら家賃も光熱費も食費も全部自分でどうにかしなきゃいけないの。


 それわかってる?」


 厳しい口調で麻子は問い立てる。日和は立ってうつむきながらそれを聞いていた。遼太郎はこの麻子の言葉が自分にも刺さるようで、すこし表情が暗い。


 鴇は頬杖をついて3人を観察していた。




 まあそういうねえ、人生楽ありゃ苦もあるさ、生きてればなんか思わぬ転機にめぐまれることだってあるだろう。


 そんな人生に希望を感じるような陽気なことを言ってはやりたいが、戦争を経験し、小さな工場を切り盛りし、子供3人育てた「鉄」としては、そんな無責任なことは言えない。


 ただでさえ今の社会は「若者」に冷たいのだ。大学を出ていても就職できない場合もある。高校もまともに卒業せず、十分な社会経験も積んでいない若造が、そんな社会の荒波に揉まれて生きて行けるか。

 そんなに人生は甘くないと麻子もわかっているから、厳しくものを言っている。




「まー色々難しいけどよ、麻子さん、手伝いじゃなくて、バイトとして雇ってみたらどうで?母親じゃなくて雇い主として見んのサ。


 雇い主としてどこが駄目か片っ端から言ってやればいい。」


「え?」

「は?」


 突拍子のない提案に日和も麻子も、外野の遼太郎も驚いた顔をした。



「あぁそれがいいやあ、

 麻子さんが社会の厳しさ教えてやりゃあいいんだ!

 俺と一緒にあるばいとだ!」



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