100-14 また、そのうち
午後3時半、ベルリッヒ・ベッカーは『アヴァロン病院』にいた。
「これが試作品です」
「は、早いですね……」
病院長ハーシャ・クラウドは少し驚きながらも、喜んで試作品を手に取った。
握る部分は直径12ミリ、先端は細くなっていて5ミリ。
「今の形状は真っ直ぐですが、作業しやすいように少し曲げることもできます」
「それほど使いにくくはなさそうですので、大丈夫ですよ」
そこへ、エルザも顔を出した。
「あ、もうできたようですね?」
「はい、ジン殿にもいろいろアドバイスいただきまして」
「早速、使ってみましょう」
歯科の練習用に作った人工の歯列がある。
材質はヒドロキシアパタイトで、歯とほぼ同じ。
ただし生体ではないので、工学魔法も普通に効果がある。
なので、手順を覚えるために用意されたものである。
今回は、材質が実際の歯と同じなので、効果の程を確かめるために使うわけだ。
「それじゃあ、この模型にしましょう。犬歯が折れているのでテストにちょうどよさそうですね」
ハーシャ・クラウドが、棚から1つの模型を出してきた。
歯茎と歯だけがずらっと並んでいるので、少々不気味である……。
「今回は、私が『工学魔法』で義歯を、作ります」
アクリルの棒を『分離』で適量切り取り、『変形』で整形する。
「エルザ様、手慣れてますね……」
「ん、これは、初歩」
その昔、仁に『工学魔法』を習った時を思い出すエルザ。
青銅や軽銀のペン先を、何十個もいっぺんに成形したものである……。
それに比べたら、今回の成形は児戯に等しい。……エルザにとっては。
「久しぶりに『変形』を使ったから、ちょっと時間が掛かってしまった、けど」
とはいえ、1秒も掛かっていない。
0.5秒も0.001秒も、傍から見たら違いはわからないものである。
……が、工房長であるベルリッヒ・ベッカーは、エルザの実力が自分よりずっと上であることを感じ取っていたようである……。
* * *
「では、使ってみます」
「は、はい、お願いします」
エルザの声に、気を取り直すベルリッヒ・ベッカー。
そのエルザは、義歯を欠けた犬歯に押し当て、まず『仮止め』モードで『接着ペン(仮称)』を使った。
付けるべき義歯も同様に処置をし、欠けた部分に押し当てれば見事にくっついた。
「これで仮止め……ん、いい感じ、です」
粘着剤で仮止めしたような感じで、位置を変えることもできる。
「こうして、一旦剥がしてもう一度貼ることも、可能。これは、使い勝手がいい、です」
そして、(ズレてはいなかったが)仮止めした義歯を一度剥がして再接着するエルザ。
こうした位置変更も問題なくできる。
その後、ここでよい、と判断したなら本接着だ。
『仮接着』した合わせ目にペン先を当て、『本接着』のボタンを押せばよい。
「『本接着』。……うん、使いやすい」
処置を終え、感想を述べた。
「ありがとう、ベッカーさん」
「い、いえ、ジン殿のアドバイスがよかったからで……」
エルザの褒詞に少し照れるベルリッヒ・ベッカーであった。
「最後に、プラスアルファの機能も確認してみようと、思う」
『接着キャンセル(仮称)』である。
「ここに当てがって、これを押す……ん、外れた。これは、便利」
そしてエルザは見学していた病院長ハーシャ・クラウドに向かい、
「これなら十分実用的」
と、太鼓判を押すのであった。
* * *
「エルザ様、おかげをもちまして『義歯接着』の見通しが立ちました。ありがとうございました」
「どういたしまして」
院長室では、ハーシャ・クラウドとエルザがお茶を飲みながら談笑していた。
「今日は、みんなの様子見だった、から」
そして、時計をちらと見る。
時刻は午後5時になろうとするところ、まもなく『アヴァロン』一般職員の勤務終了時間だ。
「そろそろ、帰らないと」
この日は日帰りの予定なので、そろそろ飛行場へ行かなくてはならない。
「でしたら、お送りします」
「ありがとう」
そういうわけでエルザは、ハーシャ・クラウドが呼んでくれたゴーレム自動車で飛行場へと向かったのである。
* * *
「ああ、もうこんな時間か」
ベルリッヒ工房で若手技術者たちにアドバイスをしていた仁は、時計の針がまもなく5時を示すのを見て、指導を終えることにした。
「それじゃあ、今日のところはこれまでだ。またそのうち来るから」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました、ジン殿」
「研鑽を怠らないようにな」
「はい」
「はい!」
そしてベルリッヒ・ベッカーが飛行場まで送っていくことになった。
出発前、カチェアが事務室から出てきて挨拶をする。
「ジンさん、今日はありがとうございました」
「ああ、カチェアもしっかりな」
「はい」
「じゃあ、また」
そして仁と礼子、ベルリッヒ・ベッカーらはゴーレム自動車で飛行場へ向かったのである。
* * *
飛行場では、既にエルザが『ハリケーン改』の前で待っていた。
「エルザ、早かったな」
「うん。いま来たとこ」
そして、仁、エルザ、礼子らは『ハリケーン改』のタラップを昇りつつ、振り返った。
「それじゃあ、また、そのうち」
「がんばってください」
見送るのはハーシャ・クラウドとベルリッヒ・ベッカー。
「今日は、お世話になりました」
「道中、お気をつけて」
そして仁たちは機内に姿を消し、その30秒後『ハリケーン改』は離陸。
夕暮れの空へと消えていったのである。
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次回更新は5月10日(日)12:00の予定です。
20260508 修正
(誤)「今の形状は真っ直ぐすが、作業しやすいように少し曲げることもできます」
(正)「今の形状は真っ直ぐですが、作業しやすいように少し曲げることもできます」
(誤)ちょうど犬歯が折れているのでテストにちょうどよさそうですね」
(正)犬歯が折れているのでテストにちょうどよさそうですね」
(誤)……が、工房長であるベルリッヒ・ベッカーには、エルザの実力が自分よりずっと上であることを感じ取っていたようである……。
(正)……が、工房長であるベルリッヒ・ベッカーは、エルザの実力が自分よりずっと上であることを感じ取っていたようである……。




