100-15 ハンナの理論と実験
『アヴァロン』を発った『ハリケーン改』は、蓬莱島を目指す。
仁とエルザ、礼子は、『転移門』で帰ることもできたのだが、たまには空の旅を楽しもうかという仁の提案により、そのまま乗っていくことになった。
ただし、
「ホープ、高度を1万メートルにまで上げて、超音速を出してくれ」
という指示のもとで、だが。
「了解です」
ホープは即座に指示を実行、『ハリケーン改』を高度1万メートルまで上昇させた。
時刻は午後5時を回っているので、空はもうかなり暗い。
おまけに東へ向かって飛んでいるので、ローカル時間(現在いる地点の時間)の進み方が早い。
計算は簡単で、経度は360度で24時間に対応するから、1時間は経度にして15度となる。
また逆に、経度の10度は3分の2時間、つまり40分となる。
『アヴァロン』と蓬莱島の経度差は約50度なので時差は3時間20分。
蓬莱島の方が東にあるため、『アヴァロン』基準で見ると時差はプラス3時間20分、逆に蓬莱島基準での『アヴァロン』の時差はマイナス3時間20分ということになる。
今回は『アヴァロン』を午後5時に発ったので蓬莱島は午後8時20分、夜である。
そんな蓬莱島を目指して高度1万メートルを飛ぶ『ハリケーン改』からは、星空が見事だった。
「蓬莱島の夜空もきれいだけど、高空から見る星空は格別だな」
「ん、とてもきれい」
これ以上の星空を見ようとするなら、もっと高度を上げることになる。
究極は宇宙船から見る星空、ということだろう。
閑話休題。
仁とエルザは、しばし星空の眺めを楽しんだのであった。
* * *
超音速を出したので、約1000キロという『アヴァロン』と蓬莱島間の距離も30分で翔破。
午後9時少し前の蓬莱島に『ハリケーン改』は到着した。
「風呂に入ってから休もう」
「ん」
そう話をして、仁とエルザはさっとお湯に浸かる。肉体的な疲れを癒やすというよりも精神的なリフレッシュだ。
上がった後は冷たいコーヒー牛乳を飲んで寛ぐまでがパターンだ。
そして、午後10時半には床に就いたのである。
* * *
同日、惑星『ヘール』では、ハンナが実験を繰り返していた。
もちろん、『異空間との通信』を行うための予備実験である。
「うーん、だいたいだけど、傾向が掴めてきたかな」
3次元空間は、閉じた球体の中に例えられている。
空間は湾曲しており、光でさえもその湾曲に左右される。
そこから外に出るためには、空間の湾曲に左右されない波動を使わなければならない。
その波動こそが『亜自由魔力素波』である。
『亜自由魔力素波』が空間を超える、そこまではよかった。
「方向が、決まらないんだよね……」
閉じた空間の外へ。
球状に閉じていると仮定するなら、『亜自由魔力素波』をどの方向へ向けても、いずれは空間の外へ出ていくだろう、ボールを貫く針のように。
だが、方向は?
ボールの外に何があるかわからない以上、どの方向へ向けるのが正解かもわからないのだ。
今現在の4次元空間理論では、3次元の球体が無数に浮かんでいるのが4次元空間である、ということになっている。
つまり、自分たちのいる3次元空間から出た『亜自由魔力素波』が、どの3次元空間に到達するかわからないのである。
『始祖』の生き残り(?)である『紛い物』たちの知恵を借りても、その点は解決できなかった。
そこへ、老君が話しかけてきた。
『ハンナちゃん、1つの可能性に行き当たりました』
「老君さん、聞かせて」
『もちろんです。……4次元空間に浮かぶ3次元空間同士の距離と位置関係がどのくらいの期間でどれほどの変化をするのかが不明なので、あくまでも可能性の1つです』
「うん」
『御主人様がパンドール大陸に出現した日時はわかっています』
「そうだね。3899年7月2日だったよね」
『そうです。時間的には午前中だったようです』
「うん」
『『亜自由魔力素波』は惑星も突き抜けますが、物質を搬送している場合、それにはリスクが伴います』
「まあそうだよね」
『ですので、御主人様は、当時のアルスから見て『上方』からやって来たのではないかと推測しました』
「あ、そういうことかぁ……」
仁という『物質』を搬送するのなら、『亜自由魔力素波』が最短距離を通って来た可能性がある、というのが老君の新たな仮説であった。
『その仮説には、御主人様を送り出した『精神生命体』が純粋に論理的な思考をするだろうという前提があります』
わざわざ遠回りをしたり、コンマ01でもリスクが高くなるようなことはしないだろうと老君は推測したわけだ。
「その前提は間違ってないような気がするな」
アルス到着の日時は好きに選べるということなのだから、『精神生命体』の世界から見て、この世界のアルスの位置が仁送還に最も都合のいい位置関係を選ぶというのは十分に考えられることである。
『だとすると、3次元から4次元へと次元が1つ上がる際に増える次元が『時間』ではなく、別の『方向』である可能性も出てくるわけですが』
「それは今考えても結論は出そうもないね」
『それはそのとおりです』
「だったら、小さくても0じゃない可能性に賭けてみなくちゃ」
『そうですね』
そんな話し合いが老君とハンナの間であったようである……。
* * *
「それで、宇宙での実験はどうだったの?」
この実験というのは、小型宇宙船(仁は駆逐艦と呼んでいる)の『カストル』と『ポルックス』を使った『空間の歪み』を検出する実験のことだ。
実験自体は単純で、『カストル』が『自由魔力素波』と『亜自由魔力素波』を同時に同方向に発射し、それを『ポルックス』が受信するというもの。
『カストル』と『ポルックス』の間の空間が歪んでいなければ、2種類の波動は偏差0で受信でき、もしも空間が歪んでいれば2種類の波動の到着点には偏差が生じるはずである。
空間の歪みがどれくらい存在するかわからないが、この歪みの原因の1つとして、別の3次元空間の存在があるのではないかという可能性を追っているわけである。
そして幾つか歪みが存在した場合は、最も大きな歪みの原因は、最も近い隣の空間だろうという考えに基づいて、方向を決めることができる……というわけだ。
果たして、ハンナの理論は完成するであろうか……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月12日(火)12:00の予定です。
20260510 修正
(誤)アルス到着の日時・時刻は好きに選べるということなのだから、
(正)アルス到着の日時は好きに選べるということなのだから、




