100-10 新魔法陣式のさらなる改良
既存の魔法陣の100倍の反応速度。
それは、絶対値で見たら……つまり『魔結晶』を使った魔導装置と比較したら、まだまだたいしたことはない。
しかし、実用性という点で評価したなら、十分に使える値である。
ゴーレムや自動人形には少々低スペックではあるが、人が使うような魔導具なら十分だろう。
例えば魔導コンロ。
例えば魔導ランプ。
例えばゴーレムエンジン。
特にゴーレムエンジンは、自動車用であれば、そのレスポンスからいって、『新魔法陣式』で十分である(従来の方式では少々反応が鈍い)。
しかもコストは『魔結晶』の数百分の一。
つまり、用途は素晴らしく多いのだ。
ただし、そういいことばかりでもない。
最大の欠点は『耐久性のなさ』である。
『魔結晶』仕様の魔導具・魔導装置の数百分の一の耐久性しかない。
コスト数百分の一、耐久性も数百分の一。
要するに同程度のコストパフォーマンス、ということになる。
だがしかし。
耐久性を考えなくてもいい用途なら?
例えば民生品なら、数百年の寿命を期待する人はいないだろう。
特に可動部分の少ない民生品……コンロ、ランプ、冷蔵庫などであれば『魔法陣式』で十分である。
「他には……浄水器とか、時計とか?」
「いいね、ゴウ君」
「それから暖房器具や送風機なんかも」
「うん、ルビーナ君、それもいいな」
「病院で使う消毒用の魔導具にも使えますね」
『魔陣研』技術者のルリ・モーグワも応用の案を出す。
……と、こうしていろいろな応用先の案が出ているが、アーノルトは一旦それを制した。
「みんな、いい感じで案が出ているが、ちょっと考えてほしいことがある」
「?」
「いい使い道がいろいろ出ているんだけど、どれも旧式の魔法陣の反応速度でも十分だと思わないかい?」
「あ……」
「そういえば……」
「確かにそうですね」
皆、アーノルトの言いたいことがわかったようである。
「そうすると、この『新魔法陣式』の応用先はゴーレムエンジンや自動車くらい……?」
「いや、まだなにかあるはずだ」
「船だって使えるだろう」
「ああ、船があったな」
「飛行機は?」
「うーん……」
信頼性も含めて考えると、『小型浮揚機』くらい、しかも民生向け、ということになりそうである。
「あまり応用先がない?」
「いや、まだ、もっとあるはずだけど……」
ここで再びアーノルトが提案する。
「応用先を考えるのもいいが、『新魔法陣式』の欠点を改良する方法も検討したほうがいいと思うよ」
「あ、確かに主任の言うとおりですね」
「欠点……」
「やっぱり耐久性でしょうね」
これには誰も異議はなかった。
「では、耐久性を向上させるためにはどうすればいいか、ですが、それはもう魔法陣を描く媒体によりますよね」
「そうなりますね」
ゴウの言葉に、『魔陣研』技術者のルリ・モーグワが同意した。
「そうすると、まず、魔力に対して絶縁性が高く、物理的な強度も高い材質、しかも安価なもの、ということになりますが……スーリヤさん、何かご意見は?」
次いでゴウは、スーリヤ・サンクに尋ねた。
「そうですね……まずは『アクリル』でしょう。これは『魔導高分子合成機』で合成できますから、コストもそれほど掛かりません」
「なるほど」
「あとは『ポリエチレン』や『ポリプロピレン』もいいかもしれません。ですがインクのノリは悪いでしょうね」
「ありがとうございます。では、そのインクについてはどうでしょう?」
これには『魔陣研』室長のマック・ジ・サルークが答える。
「インクに関しては、我々も日夜研究を続けているところだ。今のところ、従来のものを超えるインクは開発できていないのだよ」
この言葉に、スーリヤが反応した。
「あの、インクに要求される条件とは何でしょうか?」
マック・ジ・サルークが答える。
「インクなので書きやすさと定着強度はもちろんだが、魔力の伝導性がよくないと意味がない」
「ありがとうございます。……すると、インクのベースに特殊な顔料を混ぜているという認識でよろしいでしょうか?」
「うむ、それで構わない」
「すると、『魔陣研』さんで研究をしているのは主に顔料ですか?」
「そうだな。顔料の研究に8、インクベースに2といったところだ」
「ちなみに、従来の顔料は何でしょうか?」
「『マギピーネ』を燃やしてできた煤だ」
『マギピーネ』は魔力を持った樹木(マツの一種)で、その樹液、つまり松ヤニは『軟質魔導樹脂』の原料となる。
それを燃やしてできた煤は、高い魔力伝導率を持っているのだ。
ちなみに現代日本でも、松を燃やしてできた煤=松煙は書道で使う『墨』の原料の1つである。
「わかりました」
質問を終えたスーリヤ・サンクはしばらく考えを巡らせていたが、やがて口を開いた。
「顔料ですが、黒でなくてもいいのでしたら、3つほど心当たりがあります」
「そうだな、青や赤でも問題はないな」
「でしたら1つは『ミスリル銀』の粉末です。正確には『硫化』して黒くなったミスリル銀の粉末ですね」
ミスリル銀(普通は『銀』を略して単にミスリルと呼ぶ)もノーマルな銀同様、硫化(硫黄と化合)すると硫化銀となり、黒くなる。
通常は硫化しないよう表面処理をして使うのだが、あえて硫化させて黒くしたものを使おうというわけだ。
「それは我々も考えた。確かに優秀だが、高価なのでな」
3906年の相場はキロ当たり40万〜50万トールである。
「とはいえ、インクに使う量は微々たるものだと思います。とりわけ、『新魔法陣式』でしたら」
「確かにそうだな」
「コストを考慮されるのでしたら、軽銀の酸化膜を青もしくは緑にして、粉末状の顔料を作れます」
「おお、その手があったか」
アルスにおける軽銀=チタンなので、酸化膜の厚さを変えることで見かけ上の色を変えることができるのだ。
「もっとも、先程申し上げたアクリル板は黒くすることができますので、軽銀そのものの色、つまり銀色のインクを使うのが一番手っ取り早いと思いますが」
「なるほど! それは考えつかなかった!」
白い紙に銀色のインクでは見づらいため描くことも確認することもやりにくい、と考えて敬遠していたようだ。
「いや、さすがサキ先生の一番弟子だけのことはある。スーリヤ殿、助言感謝します」
こうして、話し合いが順調に進む様子を、仁は安心して見ていたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月1日(金)12:00の予定です。
4月30日(木)は14:00に
『蓬莱島の工作箱』を更新予定です。
https://ncode.syosetu.com/n0493fy/
お楽しみいただけましたら幸いです。
20260428 修正
(誤)特にゴーレンエンジンは
(正)特にゴーレムエンジンは
20260429 修正
(誤)要するにから同程度のコストパフォーマンス、ということになる。
(正)要するに同程度のコストパフォーマンス、ということになる。




