100-05 議論
「うーん、いい出来だなあ」
「雰囲気もそっくりだね」
「眺めもいいし」
「さすがジンだね」
完成した『マグス岬』を『仁ファミリー』の皆に見せると、皆感心していた。
「あとは植生ね」
「はい、ロロナさん。よろしくお願いします」
「任せてちょうだい」
周囲に生えている草本を、アルスの『マグス岬』と同じにしようというわけだ。
兎にも角にも、これでまずは第1段階が終わったわけである。
* * *
ハンナの方は、少々難航していた。
「うーん、方向が絞れないな……」
ハンナが悩んでいる『方向』というのは、3次元的なものではなく、4次元的なもの。
なので3次元空間での方向は意味をなさない。
ハンナのような、多次元的に空間を把握できるような頭脳を持って初めて理解できる概念である。
そんなハンナでさえ、『精神生命体』の住む空間を特定することは困難なのだった……。
そんなハンナを見かねた『長老』ターレスが、1つの助言を口にする。
「ハンナ殿、役に立つかどうかは不明だが、『紛い物』殿たちに相談してみるのはどうだろうか」
『紛い物』とは、元『ヘール人』であり、今は仁が製作した『自動人形』のボディに意識を移植され、大陸の西端にある『ヴィラ島』で隠遁生活をしている。
彼らは『思考遊戯』が趣味で、日がな一日わけのわからない理論をこねくり回しているようだ……とは、グースの評である。
「じゃあ、行ってみようかな」
考えも行き詰まっているし、と言ってハンナは自宅地下の研究室を後にした。
『長老』ターレスも、サポートのため付いてきている。
『ヴィラ島』のメンテナンスをするために設置した『転移門』を使えば、移動は一瞬である。
『紛い物』たちは、誰憚ることなく、島の東海岸に住んでいた。
家の様式としては、円柱状の家本体の上に半球状の透明なドームが付いている、というもの。
円柱部の直径が10メートル、高さも10メートルあり、地下2階、地上3階建て。
屋上にはドームがあり、直径10メートルの半球型(ゆえにドームを入れれば建物全体の高さは15メートルとなる)。
建物本体は18−8ステンレス。ドームは透明なコランダムである。
ハンナと『長老』ターレスは、そのリーダー格である『クフカエフ』にまず面会した。
「久しぶりだな、『700672号』……いや、『ターレス』だったか」
「ご無沙汰しております。……吾のことはお好きなようにお呼びください」
「うむ、ではターレスと呼ぼう。で、今日はどうしたのだ?」
「はい、こちらのハンナ殿が相談したきことがあるというのでお連れしました」
「ほう」
ハンナは丁寧なお辞儀をしてから口を開いた。
「ご無沙汰しております。実は今、異空間との通信を試みているのですが、なかなかうまくいかず、行き詰まっています」
「ほう。それで我らに相談したいというわけか」
「はい、そういうことになります」
「面白い」
日々思考に耽っている『紛い物』にとって、この提案はまさに『渡りに船』。
「実に面白いテーマであるな。我ら全員で考えてもよいかな?」
「もちろんです」
こうしてハンナは『紛い物』8人とともに異空間との通信について検討することとなった。
ちなみにここには『バトラー』FとGの2体がいるので、ハンナの食事その他の世話について、何の心配もなかった。
* * *
「ふむ、『亜自由魔力素』を使うことで、空間を超えることができる、と」
「エネルギー源は……おお、セランを中心として広がる、膨大な量の『自由魔力素』を変換するわけだな」
「確かにそれならエネルギーとしては十分であろう」
エネルギーの問題や、
「3次元の宇宙を包含する『泡』が、更に高次元の『泡』の中に浮いているモデル……か」
「モデルとしては悪くない」
空間の構造について、また、
「『亜自由魔力素波』が、高次元空間で直進すると仮定するなら、湾曲した……あるいは閉じた3次元空間を飛び越えることができるのであろうな」
「いえ、飛び越えるというより『突き抜ける』と言ったほうが正しいかも知れませんよ」
などと話が発展していく。
『紛い物』の中でも『テプヘレス』は専門が宇宙物理化学であり、最も空間と時間に関して造詣が深かった。
「『亜自由魔力素波』が直進するという前提で仮説を立ててみるのがよいと思う」
「その場合、空間内のポジションは複素数で表せるかも知れぬ」
「複素ヒルベルト空間を使うということ?」
「ふむ、ハンナ殿はそう呼んでいるのか。ならばそう呼ぼう」
「できる限り簡略化しても、3階のテンソルまでであろうな」
「その場合、4次元が3次元に落とす影、つまり投影ということになるわけだな」
などと、部外者には何のことかわからないような議論が重ねられていく。
その過程で、1つ見えてきたものがある。
『4次元に包含される3次元宇宙』の方向を決める方法……いや、決められる『かもしれない』方法である。
「それじゃあ、『3次元における方角』は、何も意味をなさない、ということになるわけね?」
議論を続けるうち、ハンナの口調は素に戻っている。
「うむ。ハンナ殿が言うように、1次元である直線は、2次元である平面に含まれているし、そんな2次元の平面は3次元の立体空間に含まれる。同様に3次元空間は4次元空間に含まれているわけだ」
「そして1段階低い次元から1つ上の次元への方向は、次元に対して『垂直』ということになる。もっともこの『垂直』という言い方は正確性に欠けるがな」
「では、3次元に対して『垂直』とはどうなるか、それが焦点である」
「ハンナ殿の仮説は、『閉じた』3次元空間は湾曲しているから、空間の湾曲に影響されない波動で『真っ直ぐ』に突き進めば3次元空間を超えられる、ということだったな」
「そういうこと」
だがその場合、閉じた空間の先がどうなっているかは想像もつかず、従って特定の『方向』を決められないのが問題であった。
「だが、これまでの議論で、少し希望が見えてきたんだよね」
「うむ。ハンナ殿が出した新たな仮説であるな」
「『自由魔力素波の干渉を測定することで空間の歪みがわかり、その歪みを解析することで何かがわかってくる』という……」
「今のところ、何がどうわかるのか、それすらわからないけれどね」
「それをなんとか検証してみたいものだが……」
この議論が何をもたらすか、それはまだわからない……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月19日(日)12:00の予定です。




