99-124 閑話169 仁たちのいない『アヴァロン』
仁たちが旅行に行っていた、8月28日の『アヴァロン』。
ゴウたち『レルヒ改良班』は、課題の解決に勤しんでいた。
「やっぱり、ある程度の幅を持たせた可変、よね」
「そうそう」
『シートの硬さ』についての要望は、最終的に『可変』ということになったのである。
もちろん操縦席なので、客席ほどの柔らかさにはしないし、鉄板のような硬さにもしない。
「やっぱりこの方法が一番いいな」
「そうね。ダイヤルで硬さを変えられるというのがいいわ」
クッション材である『暴食海綿』に掛ける魔力圧によって硬さを変える方法をとったのである。
「シートはこれでよし、と……」
* * *
イーナ・コウキとタイナー・ビトーはスロットルの再検討中だ。
「ペダルの踏み間違いは、確かに怖いですね」
「うむ。……ラダーペダルは、常に踏んでいるわけではないから、踏み間違いはまず起きないだろうが……」
飛行機の進路を左右に曲げる時に使われるのは、主にエルロンである。
エルロンは操縦桿に連動しており、操縦桿を左右どちらかに曲がりたい方向に傾けると、そちら側のエルロンが上がり、反対側のエルロンが下がる。
これにより機体はエルロンが上がった方向に傾く。
そうすると、主翼に発生している揚力も傾く。
この傾いた分、水平方向の『分力』が『向心力』(曲がりたい方向へ向かう力)となって、機体はカーブするわけだ。
一方、垂直尾翼に付随するラダーは、機首の『方向』を左右に振るために使われる(ヨー方向のコントロール)。
飛行機の場合、多くは(プロペラ式単発機の場合)機首に推進機が付いているので、機首の向きが変わると推力の向きも変わるため、機体の進む方向を変えられる……が、実際には慣性力が大きいため、機体が斜めになって横滑り(斜め滑り?)状態になりやすいようだ。
また、エルロンで機体を傾けると、曲がりたい方向とは逆方向にヨーが発生するため、それを打ち消すためにもラダーが使われる……という。
ということで話を戻すと、やはりペダルはラダー操作……この『レルヒ』の場合は機体の向きを左右に振る操作用にしたほうがいいのではないかとタイナーは言った。
「それはいいんだけど、上下と前後は? やっぱりレバー?」
イーナが問いかける。
「『レルヒ』はつまるところ『風力式浮揚機』だから、機体の姿勢は水平が基本だろう?」
「そうね」
「だから、上昇・下降も、水平姿勢のままで行うことが多い」
「それは、そう」
「なら、レバーでいいだろうと思うんだ」
「なるほどね」
推進力で揚力を発生させている飛行機の場合、上昇するには機首を上に向ける必要がある(速度を上げて揚力を増やす方法もあるにはある)が、『風力式浮揚機』の場合は浮力だけを増やして高度を上げることが可能なのだ。
「微妙な、あるいは緩やかな上昇・下降は操縦桿で。大幅な上昇・下降はレバーで。これでいいんじゃないかな」
「スロットルは前後、上昇下降は上下ね?」
「それでいいと思う」
ある程度直感的な操作ができるというのは重要だとタイナーは主張し、イーナもそれに賛同したのである。
* * *
『アヴァロン病院』にて。
「明日までエルザ先生は旅行でお留守ですから、私たちがしっかりしないといけませんよ」
病院長ハーシャ・クラウドは医師・看護師・職員らに心構えを説いていた。
そんな時、1人の患者がやって来た。
「お願いします! 金属加工中に、目が……」
「ああ、擦っては駄目ですよ。……『痛み止め』」
とりあえず痛み止めを行って患者を落ち着かせ、診察を行う。
金属加工中に、小さな金属片が目に入ってしまったようだ。
「これは……『角膜鉄錆症』……いや、『角膜鉄片異物』ですね」
『角膜鉄錆症』は、鉄粉などの金属片が黒目(角膜)に刺さった状態である。
約1日放置されることで鉄が酸化し錆(褐色の輪)が発生すると『角膜鉄錆症』になる。
「うっかり保護メガネをしないで作業をしてしまいました」
「注意しないといけませんね」
鍛冶仕事やグラインダーがけなどで火花(赤熱した微小な金属粉)が目に入って起きることが多い。
「すぐに治療します。そこに横になってください」
「はい」
異物(金属片)が目(角膜)に刺さっているため、単に『治癒』系の医療魔法では治らない。
異物を除去する外科的手術が必要である。
患者が動かないよう頭部を固定し、目に局所麻酔をかけ、開瞼器で瞼を開いたままにした状態で、ピンセットや針などを用いて異物を除去する。
この際、患者の希望があれば全身麻酔を行う。
麻酔薬を使わない(麻酔系の医療魔法を使う)ため、麻酔による害はない。
「ええと、怖いので全身麻酔でお願いします……」
「わかりました。……『麻酔』」
「……」
なお、現代日本における眼科系外科手術(白内障手術や硝子体手術)では局所麻酔のみで手術を行う(全身麻酔は身体への負担が大きい)ため、患者は経過を文字どおり『目にする』ことになる。
今回の執刀医はポリアンナ・ペンドルトン。
「すぐに来たので『角膜鉄錆症』にならずに済みましたね。……『治せ』」
異物が鉄片の場合、時間が経つと錆が発生し、それが角膜に沈着して炎症や濁りを引き起こすのだ。
さらに症状が進むと『眼球鉄錆症』になってしまう。
異物を取り除けば、『治せ』で角膜の傷を癒やすことができる。
「終了。……『起きよ』……手術は無事すみましたよ」
患者は起き上がり、礼を述べた。
「先生、ありがとうございました」
「これにこりて、保護メガネの着用を面倒くさがってはいけませんよ」
「はい、肝に銘じます」
患者が帰ったあと、ポリアンナは椅子の背もたれに身体をあずけ、ほうとため息を吐いた。
やはり緊張したようだ。
こうして、エルザ抜きでも『アヴァロン病院』はなんとかやっている……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月3日(金)12:00の予定です。
本日3月31日(火)は14:00に
『蓬莱島の工作箱』を更新します。
https://ncode.syosetu.com/n0493fy/
お楽しみいただけましたら幸いです。
20260331 修正
(誤)「そうね。ダイヤルで硬さを飼えられるというのがいいわ」
(正)「そうね。ダイヤルで硬さを変えられるというのがいいわ」
(誤)期待が斜めになって横滑り(斜め滑り?)状態になりやすいようだ。
(正)機体が斜めになって横滑り(斜め滑り?)状態になりやすいようだ。




