99-103 シオン邸の夜
時刻は午後3時半となった。
「もう少し北まで観光したら引き返そうか」
「ん」
アルスの北極には陸地はなく、地球でいえば北極海に相当する海が広がっている(というかアルスでも北極海と呼ぶ)。
ちなみにアルスの南極にも大陸はなく、『南極海』が広がっているのだが。
海水が凍ってできた『海氷』と、氷河が割れて海に落ちてできた『氷山』とが浮かんでいるのが見える。
もっとも、『海氷』も大きいものは『氷山』と呼ばれるが(地球の北極の氷山は海氷である)。
アルスの北極に陸地はないが、極点近くまでゴンドア大陸が広がっているため、大陸に降り積もった雪が圧縮され凍った氷河が海に落ちて割れてできた四角い氷山があるのだ。
「あまりこっちの方へは来ないからな」
「ん、観光は楽しい」
エルザもこの遊覧飛行を堪能したようである……。
* * *
「おかえりなさい、ジン、エルザ、ロー」
ゴンドア大陸北部遊覧を終え、『ハリケーン改』はシオン邸に戻った。
「北の地はどうだった?」
「夏に直接訪れたことはなかったから、なかなか新鮮な眺めだったよ」
「ん、楽しかった」
老君の『覗き見望遠鏡』や人工衛星『ウォッチャー』などからの画像は何度か見ていたが、肉眼で見るのは初めてだったのだ。
「それはよかったわね。……ローは?」
「はい、いろいろと勉強になりました」
北の地の地形を、雪のヴェールなしに確認できた、とロードトスは報告した。
「マリッカ様が鉱石の採掘をするなら、参考になる情報だと思います」
「なるほどね、それは助かるでしょうね」
そういうわけでロードトスは、一旦マリッカ工房へ行くと言い残してシオン邸を後にしたのだった。
* * *
「マリッカ様!」
「あら、ローではないですか。どうしたんですか?」
ジン様の案内をしていたのでは、とマリッカ。
「ええ、今さっき帰ってきたところです。それで……」
ロードトスは、『北の地』を直接見てきた、と報告した。
「それで、マリッカ様に参考になりそうな情報を……」
「ああ、それはありがたいわね。聞かせてちょうだい?」
「はい、まずは、『チカグワ湖』の南岸ですが、岩石の色からして、豊富な鉄鉱脈がありそうです。同時にニッケル、マンガンなども採れそうです」
「金属資源ね」
「北岸になると地質はガラリと変わって、『巨晶花崗岩』も散見されました」
「希少な鉱物がありそうね」
「はい」
……と、こうした情報共有は、今後の資源採掘に大いに役立つだろうと思われた。
* * *
「……と、いうことになりました」
「役に立ちそうでよかったわね」
夕食はロロナ、マリッカD、ロードトス、リュドミラも一緒に食べることになった。
「ノルドの献立でいいの?」
「むしろその方がいいな」
他で食べると、どうしても『ノルド”風”』となってしまうが、ここでなら間違いなく『ノルド連邦』の郷土料理である。
今夜の献立は『大麦のおかゆ』『野草の塩スープ』『干し魚の塩焼き』『グランドラゴンの燻製肉』それに『フレープのジュース』。
「……こんなのよ?」
いかにも粗食、といった料理が並んでいる。
おいそれと口にできなさそうなのは『グランドラゴンの燻製肉』くらいであろう。
なお、『フレープのジュース』とは、コケモモに似た果実で作ったジュースである。
「いいんだってば。……400年前にも食べたなあと思ってさ」
「『デキソコナイ』事件の時ね」
「あの時はシオンも苦労したよな」
「そうだったわね……カイナ村でジンと出会えて幸運だったわ」
「こっちも、おかげで『長老』と出会えたし」
「ん、当時のジン兄を、普通の身体に戻すことができた」
「あの時、ジンしゃまにお会いしたんでした」
当時のことを語りながらの夕食は、和気あいあいとしたものだった。
* * *
「明日はまた、どこかへ行くのかしら?」
ひとしきり話をした後、乾いた喉をお茶で潤しながらシオンが尋ねた。
「うん。ミツホへ行って、時間があったら公国群……メルカーナへ行ってみようかと思ってる」
「メルカーナ公国は、3899年にオリジナルのジンが出現した場所だったわね」
「その時の知り合いがどうしてるかな、と思ってさ」
「そういうのって、いいわね」
「まあ、オリジナルの俺が一番ありがたかったのはシオンからの助言だけどな」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、ちょっと照れるわね……」
そんな話題の他には、
「ロロナさん、最近お身体の調子はどう?」
エルザとしても、彼女の健康に関して心配しているのだ。
なにしろ今年で649歳、『北方民族』としても長寿なのだから。
「元気そのものよ」
「ええ、そうなの」
シオンによれば、週の半分は外に出て畑を確認したり、講演を引き受けてみたりしているらしい。
「まあ、孫やひ孫や玄孫の面倒も時々見ているけどね」
「そ、そう」
ロロナくらいになると、玄孫が成人済み、ということもあるのだ。
「まあ、元気なのはいいことだ」
「ほんとね。……外出する時は誰かがついていくし、そうでない時は身の回りを世話するゴーレムや『自動人形』を付けているから」
「ん、そうしてあげて」
それならば何があっても対処できるだろう、とエルザは微笑んだのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月13日(金)12:00の予定です。




