99-102 北の地中
さて、仁たちは、『福音』の氏族領でひとしきり歓談した後、昼食を御馳走になった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末なものばかりで申し訳ない」
「いえいえ、そんなことは」
「美味しかったです」
いずれも食べる人のことを考えた料理ばかりで、仁もエルザもロードトスも、心底満足していた。
「これからどうなさるのです?」
「もう少し北へ行ってみようかと。もちろん『ハリケーン改』でですが」
「ほう、なるほど。今は夏ですからな」
8月下旬ともなると、北の地の雪もかなり融けており、地肌が見えている場所や束の間の夏を謳歌する植物が生えていたりするのだ。
「気を付けて行ってきなされ」
「はい」
* * *
現地時間午後12時半、『ハリケーン改』は『福音』の氏族領を飛び立った。
「少し北に『始まりの地』があるのですよね、ジンさん」
「そうだ。ヘールからの船が最初に着陸した場所だな。そこに『長老』700672号がいたんだ」
『仁ファミリー』の一員となった『長老』は、今では惑星ヘールで暮らしている。
時々こちらへやって来ることもあるようだが、今日はヘールのはずだ。
なので仁は、そこは素通りする。
さらに北へ向かえば、巨大湖である『チカグワ湖』だ。
緯度はもう北緯60度を越え、65度付近まで広がっている。
地球でいうとノルウェーやスウェーデン、アイスランド、グリーンランド、ベーリング海あたりに相当する。
気候的にはアルスの方がやや冷涼(といっても平均気温で2度ほど低いくらい)なので、このあたりには氷河がかかり、永久凍土も見られる。
「さすがに全面結氷はしていないな」
湖面の一部は氷が溶け、水面が見えている。
仁が初めてここを訪れたのはシオンと共に、であった。
『魔族』と呼ばれていた『ノルド人』救援のため、そして『古代竜』の抜け殻を手に入れるためである。
その際に用いたのは4脚歩行の『カプリコーン1』。
斜面の雪が雪崩れ、湖面に積もった雪の上に落ちたこともある。
そんな思い出のあるチカグワ湖も、今は夏の装い。
アイスブルーというか、ミントグリーンというか。
氷と雪が水面から水中に没するその色のグラデーションがなんとも美しい。
「ホープ、ゆっくり飛んでくれ」
「了解です」
この、今だけの景色を楽しみたくて、仁は『ハリケーン改』をゆっくりと飛ばすことにしたのであった。
* * *
現地時間午後2時、『ハリケーン改』は『ツスル台地』上空にいた。
ここは差し渡しが180キロ近くもあるテーブル大地で、北西側には『ギールツェ岳』という高峰がそびえている。
緯度は北緯67度あたり、地球でいえばノルウェー海辺りに相当し、同じく地球なら夏は白夜、冬は極夜となる高緯度地方だ。
「この台地は『古代竜』の棲息地だったな」
仁が尋ねると、ロードトスは肯いた。
「ええ、そうです。400年前から保護活動を行っていますので、棲息数も増えているとのことです」
「それはいいことだな」
その『古代竜』の抜け殻は、最強の生体系魔導素材なのだ。
もっとも、ここ400年の間に、老君は仁個人ではそうそう使い切れそうもない量の『抜け殻』を確保している。
「それに、『凍結竜』の棲息地も近いんだっけ」
「そうです。とはいえ、『凍結竜』は脱皮直後の『古代竜』を捕食しますので、保護のため棲息域は別になるようにしているはずです」
「なるほどな」
そして、このくらい北になると、ほとんど土地の開発は行われていない。
特に、人間も文明も拒む冬の厳しさが厄介なのだ。
「通常のゴーレムでも、関節部が凍りついてしまって動かなくなりますから」
「そうだろうな」
摂氏マイナス50度にもなろうという厳冬期は、技術的な補助なしに人間は生存できない。
「低温に対応したゴーレムでないと無理だろうな」
「といいながら、ジンさんのゴーレムは全て対応していますよね?」
「まあな。別に低温を意識したわけじゃないが」
仁の作るゴーレムには、例外もあるが(一般向け)、ほぼ全てに『体温発生機能』が付いている。
要は内蔵ヒーターだ。
普段は摂氏36度〜37度で制御しているが、100度以上に上げることも可能。
つまり極寒の地でも行動可能なのである。
「このあたりも、手つかずの鉱脈が眠っているはずなんだよな……」
「そうですね」
「今マリッカが開発中の『採掘ゴーレム』なら地中を進めるから、なんとかなるかもな」
地中の温度は高い。深さ約10メートルより深くなると、年間を通じてほぼ一定となる。
大体においてその土地の平均気温となるという。
とはいえ、このあたりの平均気温は摂氏マイナス5度くらい。
人間にはきついが、ゴーレムなら十分に行動可能である。
ちなみに、火山性の『地熱』を別にすると、地中の温度上昇はたいしたことはない。
100メートル程度の深さでは、温度の上昇は2度から4度程度という。
つまりこのあたりではまだ氷点下なのだ。
人間が作業するにはかなりきつい環境である。
「だが、このあたりを開発できれば、『ノルド連邦』にとっていい産業になるはず」
「そうですね、ジンさん」
「だからロードトス、覚えておいてくれよ」
このあたりの地形と環境を、と仁は言った。
「はい。そして、マリッカ先生にお知らせすればいいんですね」
「そういうことだ」
こうして仁は旅行の傍ら、ロードトスに参考になる情報を伝えていったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月10日(火)12:00の予定です。
20260208 修正
(誤)仁が始めてここを訪れたのはシオンと共に、であった。
(正)仁が初めてここを訪れたのはシオンと共に、であった。
(旧)
緯度は北緯67度あたり、地球でいえばノルウェー海辺りに相当する。
夏は白夜、冬は極夜となる高緯度地方だ。
(新)
緯度は北緯67度あたり、地球でいえばノルウェー海辺りに相当し、同じく地球なら夏は白夜、冬は極夜となる高緯度地方だ。




