96-29 問題点
昼休みを挟んで午後も、仁は『ベルリッヒ工房』の指導を行っている。
エルザは『病院』に戻ったが、アーノルトは顔を出している。
曰く、仁の講義はとてもためになるからだそうだ。
いずれ『アカデミー』でも講義してほしいと思っているらしい。
「それじゃあ午後は、『記憶装置』についてだ」
「お願いします」
「まず、記憶媒体には、短期記憶用と長期記憶用がある。長期の方は『記憶装置』が代表的だな。……では、短期の方は?」
「えっと、『メモリー』でしょうか」
仁は頷いた。
「そうだな。あとはデータを外部とやり取りする際の『バッファ』なんかもそうだ」
「はい」
「で、このメモリーは、よく『作業机』に例えられたりする。広いほうが効率よく作業できるんだが、1つ注意することがある。さて、それは何だ?」
この質問には、ベルリッヒ・ベッカーが答える。
「組み合わせ方です」
「そうだ。……作業台の例えで言うと、同じ面積の台でも、やたらと細長いのと、真四角のものとでは使い勝手が違うからな」
「確かにそうですね」
「そして、作業台の上も散らかっていたら作業がしづらいしな」
「わかります」
そんな例えを交えながら、仁はメモリー構成と制御系とのやり取りを説明していったのだった。
* * *
そして3時の中休み。
「ふう……」
「疲れましたか?」
椅子にもたれかかるベルリッヒ・ベッカーを見て、アーノルトが声を掛けた。
「あ、はい、少し……でもいろいろためになりました」
「そうでしょうね」
「今日だけで、1年分以上の勉強をしたような気がします」
「うん、ジン殿に教わるというのはそういうことです。僕は、これから執務に戻りますが、残り時間頑張ってください」
「はい、主任」
そして休み時間が終わり、仁の講義が再開する。
「それじゃあ、『制御装置』の説明に取り掛かろうと思う」
『演算装置』、『記憶装置』ときて、『制御装置』の話となる。
魔導頭脳はこの他に『入出力装置』が必要になるが、そちらは機種によっての差が小さいので後回しだ。
「『制御』の要は、なんといっても『システム構成』だろうな。それからデータのやり取りの速さだ」
このうちシステム構成は、まずソフト的な部分は『設計基』で決まる。
ハード面も、『魔結晶』に刻み込む手順は決まっているので、ばらつく要素はほとんどない。
「まずはデータバスだ。これの容量が大きければいっぺんに大量のデータがやり取りできるからな。……制御できないほどデカくしてはまずいが」
「はい」
こうしたノウハウは、コンピューターの設計にも通じるものがある。
仁は出し惜しみすることなく、『ベルリッヒ工房』の皆に説明していったのである。
* * *
午後4時53分、仁は説明を終えた。
「さて、質問はあるかな?」
「ええと、質問というか、ジン殿は明日も来ていただけるんですか?」
「来るよ。明日からは実際の製作に取り掛かることになるだろうからな」
「わかりました。よろしくお願いします」
「他には?」
特に質問は出なかったので、この日はこれで終わり、としたのである。
* * *
夕食はエルザとともに『アヴァロン3』で、とした仁。
「……どう?」
「うん、まずまず順調だよ。必要なことは説明した。明日から製作に入る予定だ」
「それは、楽しみ」
「要求スペックは満たせるように作るから、待っていてくれ」
「うん、お願い」
そして、さらにエルザから相談が持ちかけられた。
「メルツェから相談されたんだけど」
「うん、どうかしたか?」
「今度の『世界会議』で、『アヴァロンへの人材の流出』を問題にされたらどうしよう、って」
「それか……」
仁自身、労働環境その他を改善してきたので、今の『アヴァロン』が相当住みよくなっていることは理解している。
というよりそう仕向けたのだから。
そして移住希望者が増えたときのために『アヴァロン4』の準備をしようかとまで考えていたのだ。
「人材不足はどこの国でも問題だからな」
「ん、そう思う。だからいろいろな講義や公開講座をしてきたわけ、だし」
「そうなんだよな」
その結果、『アヴァロン』に移住希望、という者が増えてきたのもまた事実。
『アヴァロン』も仁も、別に狙って人材の引き抜きをしたわけではないのだが……。
「まずは、もっと公開講座を増やして、各国の知識層を啓蒙するか……」
「ん、いいと思う」
「あとは、やっぱり移動の手間だな……」
もっと気軽に『アヴァロン』に出入りできるなら、移住という選択肢のメリットは減るだろうと仁は言った。
「難しい問題ではあるよな」
『アヴァロン』側にしても、長年育てた人材を、いきなり返せと言われても困るわけだ。
「最初にそういう契約をしておくのも手だろうな」
「でも、移住予定者と帰還予定者で待遇が変わるのはまずいんじゃない?」
「それもそうか……」
いずれ出ていくのがわかっている者に、重要なポストを任せるわけにはいかないだろうな、と仁は考えた。
「これは……一筋縄ではいかない問題だな」
「ん、だから相談した」
「じっくり考えてみないとな」
「賛成」
そういうことにした仁とエルザである……。
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