96-28 導き
1月11日、『ベルリッヒ工房』では仁の指導の下、『医療用魔導頭脳』の製作に取り掛かることとなった。
まずは仕様の決定からである。
ということで、依頼人である『医師』エルザも出席している。
「『病院』で使用する『医療用魔導頭脳』の製作を受けていただき、ありがとうございます。これより、用途についてご説明、いたします。わからないことはその都度、ご質問ください」
型通りの挨拶の後、エルザは説明を開始した。
「『医療現場』では、さまざまな情報を管理する必要があります。第1に『名簿』。これは患者さんについてのデータです。身長、体重、年齢、連絡先のような、プライベートなものも含みます」
「身長や体重もですか?」
「はい。体重の急激な増減は、病気の可能性が高いですから。そして身長と体重の比をみれば、肥満度……太り方や痩せ方の度合いがわかります。場合によっては治療の対象となります」
「わかりました。ありがとうございます」
「第2に『スケジュール管理』。特殊な治療を必要とする患者さんは、その日その日にすべき処置があります。人間だけでは忘れたり抜けたりすることもあるので、サポートしてもらいます」
「ああ、なるほど」
「我々も使えますね……」
「第3に『在庫管理』。医薬品や医療器具の入出庫を管理することで、不足しているものを早期に発注できますし、不良在庫を抱えることも、なくなります」
「その場合、『台帳』というべきものの雛形が必要になりますよね?」
「はい。候補として、今現在使っている台帳をそのまま『魔導頭脳』に移し替えることを考えています。入出庫も全て『魔導頭脳』を通せば漏れもなくなるでしょう」
「ああ、いいですね。……我々も使いたいです」
事務・会計担当のケイン・サイトクが感心したように言った。
「台帳の形式は、まだ改善の余地があると思いますので、この後打ち合わせるのも、ありだと思います」
「第4に『カルテ』=『医療の記録』です。これは名簿と連動させる必要があります。こちらは、『日付』と『症例』中心に管理します。いつ、どんな症例があったか、を高速で検索できることが望ましいです」
過去に似たような症例がなかったかを検索できれば、新人医師でもそれを参考に治療計画を立案できる、というわけだ。
また、伝染病の発生を早期に感知することもできるだろう。
「ここまでは情報管理です。ここからは、『医療』に関する機能です」
エルザは、できるだけ平易な言葉を選んで説明を始めた。
「まず『投薬』。患者さんに薬を出すわけですが、薬の量は体重ごとに決めることがほとんどです。ですので『カルテ』と連動させることで、出し忘れも含め、より確実を期せるわけです」
「ははあ、そういうことをやってらっしゃるんですね」
「次に、『看護』。患者さんを24時間見守り続けるのは、人間の看護師には無理ですし、人員的にも難しいです。ですが『魔導監視眼』を使い、『魔導頭脳』が見守っていてくれれば、容態の急変にも対応できます」
「なるほど……」
「医療というのは大変なんですねえ……」
「それから『解析』。……実はこれがもっとも欲しい機能です。先日、とある患者さんの記憶の一部を精査する必要がありました。人間の記憶は膨大な量でして、『アヴァロン』の『ファースト』でも10時間程掛かりました」
「そんなに……」
「これを10分の1の時間で終わらせられるような『魔導頭脳』がほしいのです。……以上です」
「うむう……」
「なかなかの難問ですね」
「膨大なデータを処理する能力ですか……」
「これは厳しそうですね」
「でも、やりがいがあります!」
ベルリッヒ・ベッカーが声を上げた。
「この依頼をやり遂げれば、我々のレベルは更に上がります」
「そうですね、工房長」
「よし。要求される仕様がはっきりしたところで、どうやったら実現できるか、検討していこう」
「はい!」
「今回に限っては、予算の上限はかなり上だと思ってくれていいですよ」
アーノルトも、この『魔導頭脳』に関しては、予算を大きく取っていると宣言したのである。
実際、3902年の『アヴァロン』全体の収支は大幅な黒字となっていた。
上半期はやや赤字だったものの、下半期でそれを上回る利益が上がったということになる。
これは、独自の資源採掘や、航空機・ゴーレムの売上が伸びたことによる。
「それはありがたいですね」
また、レア素材については、これも今回に限り、『デウス・エクス・マキナ3世』が提供してもいいということになっている。
つまり蓬莱島からの提供だ。
高品質な素材を使えるという前提での検討会が始まった。
「まずは『演算装置』の説明からしよう。……俺から言えることは、今回要求されるような処理能力を得るためには、『並列処理』が必要になるだろうな」
「並列処理……」
「概念は知っています……けど……」
コストが大幅にアップするため、市井の工房では作ることができなかった、とベルリッヒ・ベッカーは残念そうに言った。
「そうか。概念を知っているなら話は早い。それじゃあ、今回要求されるスペックを満たすには、『魔導頭脳』の『核』はいくつ必要だろうか?」
「……最低でも10倍の処理速度が必要ですから、10個じゃないんですか?」
工房の職人、ヘルベルト・ライザーがそう答えたが、仁は首を横に振った。
「考え方は悪くないが、『核』を増やすコツがあるんだ」
「それは……?」
「まず、考えてみよう」
仁は直接答えを言わず、ヒントを出していく。
「複数の『核』を用意したとして、それぞれに処理を割り振るのはどうする?」
「それは、専用の上位プロセッサを用意する……と思います」
「そうだ。じゃあ、その上位プロセッサが最も効率よく動作できる条件は?」
「ええと……」
「2の倍数個の『核』を制御する時……でしょうか?」
「ベルリッヒ、正解だ。それじゃあ、どうする?」
「8個……いえ、この際16個の『核』を使いましょう」
仁は満足そうに頷いた。
「ぴったり10倍じゃなくてもいいわけだしな。今回はそれがいいだろう」
これでまず、仕様が1つ決まった。
「次は上位プロセッサの構成だ。今考えられるものは?」
工房の職人、ヨハンス・ギルマンが答える。
「1つのプロセッサに16個の『核』を制御させるか、あるいは2つのプロセッサで8個ずつの『核』を制御させる、でしょうか?」
「いい線だが、まだ選択肢はあるだろう?
「え……それじゃあ、4つのプロセッサで4個ずつ、あるいは8個のプロセッサで2個ずつ『核』を制御?」
その質問に仁は直接答えることはせず、
「複数の上位プロセッサを、どうやって同期させる?」
「ええと……あ!」
「気が付いたか?」
「はい。バランスを考えて、4つの『核』を4つの上位プロセッサで制御し、それをメインのプロセッサで制御したらどうでしょうか」
「正解だ。他にも2つ——2つ——2つ——と2個ずつの管理も考えられるが、ステップが増えるので効率が落ちることが経験的にわかっている」
「ははあ……勉強になります」
このようにして、仁は『ベルリッヒ工房』の面々を導いていくのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20240202 修正
(誤)過去に似たような症例がなかったかを研削できれば
(正)過去に似たような症例がなかったかを検索できれば
orz
20240204 修正
(誤)「今回に限っては、予算の上限はかなり上だと思ってくれていいいですよ」
(正)「今回に限っては、予算の上限はかなり上だと思ってくれていいですよ」




