96-16 充実
1月7日になった。
現代日本でならこの日までが『松の内』(関東や東北、九州地方など、関西は15日までが多い)である。
だがアルスではこの限りではない。
「そもそも松飾りをしないしな……」
仁がぽつりと呟いた。
ただ、蓬莱島の研究所と『家』には松飾りがしてあるが……。
「さて、このテキストをゴウとルビーナに渡してくるか」
老君と3時間くらい打ち合わせをして作り上げたテキストである。
レベルは小学校高学年くらい。
ボルタの電池、豆電球点灯、オームの法則、手巻きモーターくらいまでがその内容だ。
もっとも、『ボルタ』は人名なので、亜鉛と銅と電解液での『化学電池』ということになる。
この電池は、正極に銅、負極に亜鉛を使い、電解液(希塩酸、希硫酸、食塩水でも可)に漬けると電極間に0.76ボルトの起電力が生じる(最初は1.1ボルトだが、すぐに電圧が低下する)ものである。
化学反応式はまだ解説せず、現象のみとするので小学校高学年レベルというわけだ。
少々強引だが、『電源』がないと実験ができないためである。
「……わあ、面白そうなテキストですね」
「……受けてみたい内容ね」
「おいおい、お前たち2人が講義をするんだぞ」
「あ、そうだった」
「……よね……」
急に緊張する2人。
「まあ、内容的に、2人には難しくないはずだから熟読しておいてくれ。講義の日取りはまだ決まっていないけどな」
『世界会議』開催後となる予定である。
「はい……」
「ああ、それから、今年は何を専攻する予定だ?」
この場合の『専攻』は、『総合技術士』としての活動の中心、というくらいの意味である。
3902年はゴーレムと航空機が2人の活動の中心だったので、今年は少し別の分野で活躍してほしいと思う仁なのであった。
「あたしは、まずは材料系を考えています」
「正月にいろいろ俺に聞いていたものな。いいんじゃないか?」
「僕は、『車両研究室』にも協力してみたいと思っています」
「うん、それもいいだろう。いずれにせよ、2人で協力しあって頑張れ」
「はい!」
今年も、2人のやるべきことは山積みである……。
* * *
「これを、作るわけね」
「面白い構造ね……」
『オーディナリー工房』には、昨年末に開発された医療機器のベースとなる『魔導オシロスコープ』の製作依頼が入っていた。
「一応試作機もあるから、これを元に、機能的に安定した信頼性の高いものを、まずは2機作ればいいわけよね」
工房長ヴィーニャ・エスラントが依頼書を読み上げた。
「用途は……『脳波』と『心電図波形』の可視化、だそうよ」
「よくわからないけど、『病院』で使う魔導具なのよね」
「なら、頑張っていいものを作らなくちゃ」
やる気に満ちた『オーディナリー工房』である。
* * *
『ゴーレム研究室』にも開発依頼が入っていた。
「クライン王国からの注文で、騎士団の全身鎧と同じデザインの戦闘用ゴーレムを20体だそうだ」
「騎士団と同じデザインですか……」
「わかる気はしますね」
「ただし色違いでほしいらしい」
閲兵(軍隊を整列させて検閲すること)時など、整列した際の見栄えがいいだろうなと想像がついた。
「本来なら100体はほしいらしいが、予算の関係で20体らしいな」
「まあそうでしょうね」
この時代のゴーレムは、現代日本における自家用車に例えるとわかりやすい。
汎用ゴーレムはファミリーカー、戦闘用ゴーレムはスポーツカー。
今回のような特注ゴーレムはスーパーカーといえよう。
価格的にも似たようなものである。
つまり20体のカスタムオーダーなら、1体あたり数百万トール(円換算で数千万円)掛ける20で数千万トールにもなるはずである。
『アヴァロン』の技術でも、その製造コストを半分から3分の1にするのがやっと、といったところであろう。
「ボディ内部は標準的な戦闘用ゴーレムだが、外装のデザインをクライン王国の騎士甲冑にするのが面倒かもしれないな」
「ゴーレムに甲冑を着せればいいのでは?」
そんな意見も出た。
が、『ゴー研』室長ラスナート・ハイルブロンは、それを否定する。
「そこまで単純な話ではないのだ。甲冑は人間が着るもので、ゴーレムに着用させると、関節部で不具合が出る」
人間の身体は軟らかい。甲冑の可動部分はそれを前提に作られている。
なのでそのままゴーレムに着用させると、動作が限定されてしまうことになる。
あるいは甲冑の一部が変形してしまう可能性もある。
さらに、戦闘用ゴーレムは全金属製なのでかなり重い。
そこへ甲冑の重さが加わると、より重くなってしまい、動作が鈍くなることが予想される。
「……確かにそうですね。考えなしに発言をしてしまいました」
「いや、いろいろな意見があるのは当然だ。これからも自由な発想は続けてくれたまえ」
『ゴー研』もまた、新たなステージに入ったといえよう。
* * *
「今日、到着するのかね?」
「はい、閣下」
最高管理官トマックス・バートマンは、秘書自動人形のマノンに確認を取っている。
それによると、本日、ショウロ皇国から『ベルリッヒ工房』のおよそ半数の職人たちが『アヴァロン』へとやって来るのだ。
本来なら昨年中に移籍は終わっているはずだったが、工房が抱えていた案件の終了が伸び、今年にずれ込んだというわけである。
移籍してくるのは以下のとおり。
工房長 ベルリッヒ・ベッカー
副工房長 ジョウ・ハットー
事務・会計 ケイン・サイトク
職人 ヘルベルト・ライザー
職人 ヨハンス・ギルマン
職人 ケヴィン・グリム
職人 スヴェン・ゴドー
以上7名である。
なお、元の副工房長ルドヴィヒ・リヒターが工房長となり、残ったメンバーを率いてショウロ皇国で引き続き工房を営む。
少しずつ充実していく『アヴァロン』であった。
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