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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
96 アカデミー発展篇
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96-15 アステロ・ド・カーン子爵の選択

 そしてその日の午後は、アステロ・ド・カーン子爵の治療も行われる。

 のであるが……。


「エルザ先生、リシア先生、記憶の治療はしないことにしました」

「そうですか、それも閣下の選択です」

「それでは、今日身体の検査を行い、問題がなければ明日、退院という運びになります」

「わかりましたぞ」


 エルザは内心、安堵するとともに残念にも思った。


 安堵というのは、これ以上脳をいじる必要がなくなったこと。

 エルザといえど、生きた人間の脳を弄るのは神経を使うのだ。


 残念というのは、これ以上子爵の性癖を矯正することができなくなること。

 とはいえ、老君による解析によれば、子爵のトラウマに関する記憶は思い出せなくなっているとのことなので、心配はなさそうである。


 痩せ型の看護師を付けることで、そうした体型の女性への信頼感を構築するという目的もほぼ達成されているようだ。


(あとは、ナージャスとの問題……)


 そう考えたエルザとリシアは、最後に、子爵がナージャスと話す時間を設けようと決めたのである。


*   *   *


 午後4時、夕方の検診である。

 エルザとリシア、そしてナージャスがアステロ・ド・カーン子爵の病室を訪れた。


「おお、ナージャス。お前も来てくれたのか」

「はい。私は、この病院の医者ですから」

「うむ」


 そして、エルザとリシアは、まずナージャスに検診を任せ、その後確認の検査を行うことにした。


「『診察(チェックアップ)』……『診察(チェックアップ)』……『診察(チェックアップ)』……脳、内臓、骨、筋肉共に異常なし、です」

「ん、ご苦労さま。……『診察(ディアグノーゼ)』……間違い、なし。……閣下、当病院での治療は終わりました」

「おお、先生方、ありがとうございました。……ナージャス、立派になったな」

「お父さま……」


 ここでリシアがナージャスに声を掛けた。


「ナージャス、夕食の時間まで、患者さんの容態に変化がないかどうか、付ききりで確認しなさいね」

「あ、は、はい」


 そしてリシアとエルザは病室を出ていったのである。

 残ったのは入院患者のアステロ・ド・カーン子爵と研修医のナージャス。

 父と娘は、久しぶりに父娘水入らずとなった。


「……その、なんだ……ナージャス、立派になったなあ」


 子爵はあらためて、先程と同じ言葉を娘に贈った。


「お父さま……」

「いつまでも小さいと思っていても、子供の成長というのは早いものだ」

「……」

「お前と……お前の母さん……リーナスには、済まないことをした。このとおりだ」

「やめてください」


 娘に向かって頭を下げた子爵。

 ナージャスはそれをやめさせた。


「確かに、いろいろなことはありました。でも、それは過去のことです」

「ナージャス……」

「私は今、とても充実しているんです」

「そうか」


 子爵は、独り立ちした娘をまぶしそうに見つめた。


「お前は、もうカーン家に頼らず生きていけるのだな」

「……はい」

「ならば、お前が望むなら、カーン家を出て行っても構わないぞ」

「え?」

「もちろん、ナージャス・カーンのまま、医師の仕事を続けるのもいい。だが……」


 子爵は一度言葉を切ってから、再度続けた。


「……カーン家である以上、国からの干渉がきっとあるだろう」

「それは……」


 子爵には、ナージャスが『医師』として一人前になった際に、フランツ王国からの帰国命令が出る可能性があることを予想していた。


「カーン家であれば断りづらいだろうが、ナージャス・アスとしてなら断りやすかろう」

「……」

「無論、お前たちを追い出そうというわけではない。姓が変わろうと、お前は私の娘だ」

「お父さま……」

「お前はもう一人前だ。どうするかよく考えなさい。私はお前の選択を支持する」

「はい……ありがとうございます」


 そんな父娘のやり取りがなされたようである。


*   *   *


 エルザとリシアは医務室に戻った。

 研修医であるポリアンナ・ペンドルトンに、患者であるアステロ・ド・カーン子爵の選択を説明。


「そうなんですね。……やはり脳の治療って、ためらいがちですね」

「ん、確かに、そうかも」

「今回は記憶を自ら再構築できそうだからよかったけどね」


 仕事に関する知識を覚え直す方を子爵は選んだのである。


「先生、覚え直すのと、脳の治療と、どのくらい効果が違うのでしょうか?」


 ポリアンナが質問した。


「覚え直す情報量にもよるけれど、子爵の場合でいえば、治療の方が倍くらい早く現場復帰できるかも」

「もちろん、子爵の記憶力次第、で変わるけど」


 リシアとエルザが説明を行った。


「デメリットを比較するとどうなりますか?」

「脳の治療は、100パーセント成功するとは保証できない。覚え直す方は時間さえ掛ければほぼ100パーセント」


「そうなんですね。……あの、成功しない、というのはどうなっってしまうんですか?」

「危険はない。単に、施術しても記憶が戻らない、というだけ」

「それって、治療失敗、ということですか?」

「そうとも言える。要するに、記憶を引き出すための脳の部位を治療できなかった、ということだから。でもこれは後日、やり直せる」


 丁寧に説明するエルザ。

 ポリアンナもまた、つい最近ではあるが『全快(フェリーゲネーゼン)』と『完治(ゲネーズング)』……外科と内科、双方の最上級治療魔法をマスターしているのだ。


「わかりました、ありがとうございます」


 ナージャスとポリアンナ、2人の研修医は着実に進歩していた。

 いつもお読みいただきありがとうございます。


 本日は 異世界シルクロード(Silk Lord) も更新しております。

     https://ncode.syosetu.com/n5250en/

     お楽しみいただけましたら幸いです。


 20240120 修正

(誤)要するに、記憶を引き出すための脳の部位を治療できなかった、というとだから。

(正)要するに、記憶を引き出すための脳の部位を治療できなかった、ということだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「エルザ先生、リシア先生、記憶の治療はしないことにしました」 >「そうですか、それも閣下の選択です」 >「それでは、今日身体の検査を行い、問題がなければ明日、退院という運びになります」 …
[一言]  忙しがったのが少し落ち着いて読むのを再開、1冊の本を一気に読んだ気分だ(遠い目  記憶の再現として脳がスパコン並みという言葉があるので催眠状態で追体験は無理だろうか?夢の中で日常を送らせる…
[一言] 子爵が未だ13歳のリーナスに手を出したのは、ふくよか萌えなだけでなく、彼女が初恋の子に瓜二つだったから、 とか、 実はその初恋の子の娘だった、とか。 何にせよ、彼を縛る物から解き放たれたのは…
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