96-12 記憶調査の結果
午後1時、エルザはアステロ・ド・カーン子爵に対し、医療魔法『記憶走査』を使ってその記憶を『魔結晶』にコピーした。
「……何も感じないのですな」
「はい。患者さんに負担が掛かることはありません」
「そうか。……で、これからは?」
「この『魔結晶』の中に、閣下の記憶が転写されているはずです。それを『魔導頭脳』で解析し、『抜け』を探します」
「おお、なるほど。その『抜け』をあらためて覚え直せばいいわけですな?」
「はい、仰るとおりです」
「わかった」
「解析には、半日程掛かりますのでご了承ください」
「うむ、お願いする」
エルザは解析するため、『魔結晶』を持って部屋を出た。
(……やっぱり、老君に頼むのが、一番)
そう判断し、仁とともに『ハリケーン改』から蓬莱島へ移動し、『魔結晶』を老君に託した。
「老君、頼むよ」
『はい、御主人様、エルザ様、お任せください』
受け取った『魔結晶』を老君はさっそく解析し始めた。
「どう?」
『お待ち下さい……結果が出ました』
およそ4秒で、老君はアステロ・ド・カーン子爵の記憶内容のチェックをし終えた。
「結果は?」
仁のほうが待ちきれないように急き込んで尋ねた。
『はい、御主人様、エルザ様。……子爵の記憶には、確かに欠損が見られました』
「やはりそうか」
「……トラウマは?」
『はい、エルザ様。それも確かにありました』
老君の説明によると、過去の体験をチェックしたところ、予想どおりに家庭教師が高齢の痩せた女性で、マナーを始め厳しく躾けられたことでトラウマ一歩手前にまでなっているという。
『もう1つ、その家庭教師が来ていた末期頃、子爵が10歳の時ですが、旅行先でふくよかな女の子と仲よくなり、癒やされたことも、ふっくらしたタイプを好きになった原因と思われます』
「わかった。その2つか?」
『はい、御主人様。ただし……』
「なにかあったのか?」
『はい。その体験の記憶も、脳挫傷により損傷しております』
「ほう……」
『ですが、記憶情報そのものが消えたわけではないようです』
「何?」
『記憶自体は消えておりませんが、おそらく『思い出す』ことができない状態だと思われます』
「どういうことだ?」
ここでエルザが補足説明をする。
「ジン兄、例えでいうなら、記憶媒体は無事だけれど、そこへアクセスできなくなった状態、ということ」
『エルザ様の仰るような状況かと』
「なるほど、理解できた。記憶情報の欠損ではなく、記憶読み出しの不良ということか」
『はい、御主人様』
これはある意味いい知らせとも言えた。
つまり、今のところはエルザたちが何もせずとも、トラウマの元となった記憶は忘れられている、あるいは思い出せない状態なのだ。
「であれば、記憶の修復ではなく、そこにつながる脳細胞の修復、ということになるのかな」
「ん、そう考える。……ありがとう、老君。あとは聞かない方が、よさそう」
「そうだな」
プライバシーに関することなので、知るのは必要最小限でいい、と仁もエルザも思っていた。
「それじゃあ、欠損の部分をリストアップしておいてくれるか?」
『はい、御主人様。承りました』
「あとは……エルザ、何かあるか?」
「解析結果を、『アヴァロン1』の『アーサー』に、送っておいてほしい」
「あ、そうだな。老君、そっちも頼む」
『承りました。……『アーサー』の能力ですと、解析時間はおよそ10時間ほど掛かると思われますので、時間を合わせておきます』
「うん、それでいい」
こうして、アステロ・ド・カーン子爵のトラウマと、記憶の欠損を治療する見通しが立ったのである。
* * *
「解析に時間がかかりますので、結果は明日の朝、お知らせします」
「わかりましたぞ。やはり記憶というものは膨大な情報量なんですな」
「はい。気軽にチェックできる領域でもありませんし」
「わかる気がします」
エルザはアステロ・ド・カーン子爵に解析の状況を説明し、理解してもらったのである。
* * *
「さて、電気技術講座について考えてみようか」
仁は仁で、『アヴァロン』の技術レベルを向上させようと動き出していた。
引き続き、蓬莱島の司令室で考えをまとめていく仁。
「まあ、俺の電気的知識も高校レベルだけどな……『アヴァロン』でも中学レベルまで上げられれば、いずれ自分たちで研鑽できるようになるだろう」
当面はオームの法則やフレミングの法則レベルまでで十分だろうと仁は考えていた。
「それ以上のことは、工学魔法の方が応用が利きそうだしな……」
独り言ではなく、老君が黙って聞いてくれている。
もしもまずい点や間違ったことを言った場合は指摘してくれるはずだ。
それからも仁は老君に電気技術講義に関する計画を聞いてもらい、立案していったのである。
今年もいろいろと忙しくなりそうである……。
* * *
アステロ子爵への説明を終えたエルザは、リシアと検討を行っていた。
「欠損した知識はリストアップ後、覚え直してもらえばいいでしょう」
「問題は、トラウマ一歩手前の原因となった、記憶」
「難しいですね」
「ほんの少し、手を加えればいいと思うのだけれど」
「それも、それとなく本人に確認してみたい」
「夕方の検診時に聞いてみましょうか」
「うん、それでいい」
検診の時間は間もなくである。
エルザとリシアは連れ立って子爵の病室へ向かった。
「おお、先生方」
「だいぶいいようですね」
リシアはアステロ子爵の体力がほぼ戻ったことを確認した。
体重も9割方戻っており、肉体的にはいつでも退院できると判断した。
脳の損傷もほぼ治癒しており、問題は記憶の欠損である。
「解析は明日の明け方近くまで掛かりそうです」
「なかなか時間が掛かりますな」
「そこはご理解ください」
「わかりましたぞ」
子爵も納得し、最終的な治療は翌日となったのである。
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