93-11 マキナとアーノルト、語り合う
前日の視察時に気になったことがあったので、デウス・エクス・マキナ3世は技術主任アーノルトの部屋を訪問した。
「マキナ殿、ようこそ」
「お邪魔する」
挨拶もそこそこに、話し合いが始まる。
「昨日『アヴァロン2』を視察してきたんだが、第6層で本来作っているはずのプリンターが作られていなかったのは、何か理由があるのか?」
「理由ですか……ええ」
「それは?」
「いえ、ジンさんが作ったプリンターを見せていただいて、我々の設計はまだまだだったなあと反省しましてですね」
「ああ、そういう理由か……」
仁は『アヴァロン』訪問時に『ワープロ』と『プリンター』のサンプルを2台ずつ持ってきている。
それを見た関係者が落ち込んだのは言うまでもない。
「でも、ジンも言っていたはずだが、版画方式なら多色刷りができるぞ?」
「そうなんですよね。そちらは研究させています。今は『位置ズレ』をなくすための工夫を考えているところです」
「なるほど」
多色刷りをする際に一番気を付けなければならないのは印刷ズレである。
多色、ということで色の数だけ印刷回数が増えるわけで、2色刷りなら2回、4色刷りなら4回、版の交換もしくは紙の移動をさせなければならない。
この時に『ズレないようにする工夫』が必要なのだ。
印刷ではないが、アニメーションのセルを手描きで塗っていた時は、パンチ穴を空けたフィルムを使って位置決定をしていたという。
「多色刷りに使えるよういろいろと……」
「工夫していたというわけだな」
「はい。それで、ようやく1つの見通しが立ったわけです」
「どういう内容か、聞かせてもらってもいいか?」
「ええ、もちろん。……紙を動かすと位置ズレが起きやすいので、版の方を入れ替えようかと考えました。版には位置決め用の突起のような、再現性を高める工夫をすればいいと思っています」
「なるほど、悪くない……が、それでは印刷速度が遅くなるとわかっているんだよな?」
「ええ、それが大きな欠点です」
版という『重い』部品を入れ替えるには、どうしても時間が掛かる。
1色あたり30秒として、色の3原色+黒の4色印刷として2分。
印刷時間が1枚あたり2分では少々……いや、かなり遅いと言わざるを得ない。
これが、紙を移動させる方法だとどうなるか。
1枚のみの場合は、1色あたり10秒くらいとして4色で40秒。
これでもかなり遅い。
しかし、大量に印刷すれば、この差は大きくなる。
印刷とはそういうもので、印刷枚数が多くなるほど高速化の意味が出てくるものだ。
「入力から版の製作までは変えていないんだろう?」
「はい。以前寄贈されたものを踏襲していますね。多少の工夫を加えてはいますが」
「うん、だとすると、紙と版の位置ズレを、いかに小さく抑えるか、が鍵なのは変わらないな」
「はい。写真とは異なり、印刷だということが難しいところです」
「そうだな」
写真の場合……もちろん蓬莱島独自の技術で再現した……は、魔力で色を制御できる染料を使ってフルカラーを実現している。
印刷も、同様な染料を使えばフルカラー印刷が可能になるのだろうが、アーノルトたちは独自の方法を作り出そうと躍起になっていた。
それはすなわち技術の向上につながるので、マキナも仁も大歓迎である。
ただ行き詰まっていると聞いて、なんとかしてやりたいと思っているわけだ。
「位置出しが問題なら、マーキングをするという手もあるぞ」
現代日本における高級カラー印刷の場合、紙を大きめに取り、マーカーによって位置出しをして印刷し、最後に余白を裁ち落とす、という方法を取ることがある。
「ああ、なるほど」
アーノルトはマキナのヒントを理解したようだ。
「さすがですね。そんなやり方がありましたか」
「あとは版に拘る必要はないかもしれない」
「え?」
さすがにこちらは想像できなかったようだ。
「印刷は凸版だけじゃないということさ」
現代日本では『凸版』の他に『凹版』『孔版』『平版』という印刷方法がある。
凸版はハンコ方式。
版の出っ張った部分にインクを付けて印刷する。
凹版は版の凹み部分にインクを溜めておいて印刷する方法。ドライポイント(金属板をより硬い針で引っ掻く)やエングレービング(金属板を専用の刃物で彫る)などがそれだ。
細い線を印刷するのに向く反面、広い面積のベタ塗りには向かない。
孔版はガリ版に代表される方式で、スクリーン印刷ともいう。
平版は平らな面に油や静電気などの補助で所定の部分のみにインクを付けて印刷する方法で、『オフセット印刷』と呼ばれるものはこれである。
「なるほど、いろいろやり方があるのですね」
マキナによる簡単な原理説明だけで、アーノルトはいろいろと得るものがあったようである。
* * *
マキナが指摘したのは印刷技術だけではない。
「工場エリアには誘致した民間企業を入れないんだな?」
「そうです。人間が働く職場ですので、『アヴァロン1』にあった工場・工房を『アヴァロン2』に移転した跡地に来てもらいます」
「それはそれでいいやり方だな」
「ありがとうございます」
「ベルリッヒ工房以外はどうなっている?」
「エゲレア王国から、『クラフトクイーン工房』が来てくれることになっています」
「ああ、そうだったな。もうじきか?」
「明後日、の予定です。それまでにこちら側での準備を済ませることになります」
「準備、というのは工房スペースの整備だな」
「ええ、そうです」
「そうか……」
『クラフトクイーン工房』は『仁ファミリー』の古参メンバー、『ビーナ・ラウフ・クズマ』を祖とする工房である。
そういった意味で、多少なりとも便宜を図ってやりたいとマキナは考えた。
もちろん、あからさまな贔屓をするつもりはない。
「俺の『アルカディア』から、整備用ゴーレムを5体呼ぶことにしよう。長期間は駄目だが、半月くらいなら貸し出せるぞ」
『アルカディア』の整備用ゴーレムは『メカニク』といい、『職人』と同等の性能を誇る(ただし、100倍に性能アップする前の職人である)。
それが5体。
これにより、『アヴァロン1』の整備は加速することになる……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20230604 修正
(誤)「あとは版に拘る必要はないもしれない」
(正)「あとは版に拘る必要はないかもしれない」
20230605 修正
(誤)エングレーピング(金属板を専用の刃物で彫る)などがそれだ。
(正)エングレービング(金属板を専用の刃物で彫る)などがそれだ。
20260305 修正
(誤)我々の設計はまだまだったなあと反省しましてですね」
(正)我々の設計はまだまだだったなあと反省しましてですね」




