93-09 医療入門講座
『アヴァロン1』内『アカデミー』中会議室、午前10時。
リシアの講義が始まった。
お題は『医療入門講座』となっている。
「定刻となりましたので始めさせていただきます。……皆様、本日はようこそおいでくださいました。わたくしはリシア・ファーレンハイトと申します。デウス・エクス・マキナ3世殿の拠点『アルカディア』で治癒師をしております。このたびはマキナ殿の命によりまして、『アヴァロン』で医療に関する臨時講師をさせていただくことになりました」
一言挨拶をし、簡単な自己紹介を済ませたリシアは、まず前置きを語り始めた。
「本日の講座は入門編ということで、医療の基礎について語りたいと思います。まずは資料をご覧ください」
おそらくは昨日用意したのであろう、4ページほどの小冊子。
定員分はすでにテーブルに載せられていたが、補助席の面々の分はなかったので、助手のレイナ(実は従騎士レイ)が配って回った。
内容としてはそれなりにいい出来だなと仁は思った。
おそらくエルザも手伝ったのだろう、とも。そして持参した『ワープロ』と『プリンター』で急遽印刷したのだろう、とも想像する。
補助席の面々に資料が行き渡ったのを見定めたリシアは、いよい講義を開始した。
「まず1ページ目、『医師の誓い』です。これは遥かな過去に世界を巡って知識を広めた『賢者』、シュウキ・ツェツィがもたらした言葉です」
小冊子の1ページ目に書かれていたのは以下のとおり。
私は、人類への奉仕に自分の人生を捧げることを誓う。
私は、患者の健康と安寧を私の第一の関心事とする。
私は、人命を最大限に尊重し続ける。
私は、良心と尊厳をもって医療を実践する。
私は、人権や国民の自由を犯すために、自分の医学的知識を利用することはしない。
私は、自由と名誉にかけてこれらのことを厳粛に誓う。
半分くらいに削られてしまっているが、元となったのは『ジュネーブ宣言』である。
医学生だったシュウキ・ツェツィが持ち込んだ医学書に載っていた内容を、この世界の実情に合わせて再編集したものである。
『ジュネーブ宣言』とは、医の倫理に関する規定であり、『ヒポクラテスの誓い』の倫理的精神を現代化・公式化したものである。
紀元前4世紀の『医学の父』と呼ばれるヒポクラテス、あるいは彼の弟子による誓言であると言われる。
「治癒師を志す人だけでなく、公的機関に属する者は心掛けてほしいと思います。……では、同ページ、下をご覧ください」
開始前とは打って変わって、毅然とした態度で講義を進めていくリシア。
その様子を見て、さすがだなと仁は安心した。
* * *
「……治癒の対象は怪我と病気です。それぞれに適した治癒魔法がありますが、適切に使うことでより効果を上げることができます」
リシアの講義は続いている。
「人体の構造とそれぞれの役割を理解して治療を行えば、回復も早く、少ない魔力で結果を出せます。つまり、より多くの患者さんを救うことができるわけです。これは病気も同じです……」
ただ闇雲に治癒魔法を使うのでは魔力素の枯渇を招く。
それは治癒師の負担にもなり、結果的に治療の効率低下を招いてしまう。
「ですから治癒師は人体構造やそれに関する知識を学ばなければなりません。そしてもう1つ」
リシアはさらに説明を続ける。聴講者たちも熱心に聞き入っていた。
「感染症という括りの中に、寄生虫があります。胃壁や腸壁に食い込んだり、腸内で栄養分を横取りしたりもしますし、肝臓に寄生して食い荒らすものもいます。これは治癒魔法だけでは根治できません。取り出す手術が必要になります」
小冊子には400年前クライン王国で起こった寄生虫による被害者(一般庶民)の例が示されていた。
当時は外科的手術で取り除くしかなく、周囲に理解してもらうのにエルザも苦労したのである。
「手洗い、うがい、それに生水を飲まないことなどは基本です。『滅菌』という魔法もあります。適宜使うことで感染症全般を減らすことができると思います」
魔導具や魔法陣技術を併用して公衆衛生を心掛けましょう、とリシアはこの話を結んだ。
* * *
もちろん講座はこれで終わりではない。
「次に応急手当について簡単にご説明いたします」
現場で活用できる内容が多く、聴講者は皆聞き入っていた。
「出血時の手当ですが、まず出血点を特定し止血を……」
事故での出動が多い『世界警備隊』関係者には特に有益な内容である。
「その際、細胞中のカリウムが血液中に流れ出ますと、高カリウム血症を引き起こすことがありますし、血圧が下がりますので不整脈を起こしやすくなります。水分を十分に与えてください」
非常に有効な講座であった。
* * *
予定どおり、1時間で講義は終わり、質問時間となる。
「何かご質問はございますでしょうか」
参加者の3分の1くらいから手が挙がった。
「では、前から3番目、左側の方」
「はい。ええと、救命措置の際、『トリアージ』というものがあると聞いたのですが……」
「それは次回以降の正式講座で解説することになります」
「そうですか、是非参加したいですね」
「お待ちしています」
という意欲的な者や、
「人体構造を知らずに治癒魔法を使った場合はどうなりますか?」
「そうですね、治癒魔法というのは、基本的には人体が持っている治癒能力を何倍何十倍にも引き上げる魔法ですから、治るには治ります。ですが、例を挙げますと骨折の時、ちゃんと『整復』しないと曲がったままになることがあります」
「その場合はどうすれば?」
「手術、と呼んでいますが、人為的に骨を切って整形し直し、改めて治癒魔法を掛けることになるでしょう」
というやや専門的な質問も。
結局、午前中いっぱい掛けて質疑応答が行われたのであった。
* * *
「いやあ、勉強になりました」
「ほんとね。半分くらいは知らないことだったわ」
ゴウとルビーナも非常に参考になったようで、誘った仁としても嬉しい結果になったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20230602 修正
(旧)肝臓に寄生して食い荒らすやつもいます。
(新)肝臓に寄生して食い荒らすものもいます。
(誤)人為的に骨を切って整形し直し、改めて治癒魔法掛けることになるでしょう」
(正)人為的に骨を切って整形し直し、改めて治癒魔法を掛けることになるでしょう」




