92-06 世界会議開催前夜
「この字は……見習いでお手伝いをさせているメルツェの字ですね」
最高管理官のトマックス・バートマンは、執務室に戻った後、先程拾ったメモを、秘書自動人形のマノンとシモーヌに見せてみた。
すると、書いた者があっさり特定できたのである。
「メルツェ……ジン殿が連れてきたあの子か。ゴウやルビーナと仲がよかったな」
「はい、その子の字です」
トマックス・バートマンは頷いた。
「きれいな字だ……が、問題はそこじゃない」
「はい、内容ですね」
「これは何枚かあるメモのうちの1枚だろうから、全容はわからないが、着眼点がいい」
「私もそう思います」
「はい、私も」
マノンとシモーヌも内容を絶賛した。
「今はまだ見習いだな?」
「はい。研修期間ですね」
「うむ……早めに『秘書課』に回せないか?」
「一応、規約に沿っての研修ですので」
「そうか……」
贔屓、というわけではないが、トマックス・バートマンとしては有能な事務職を増やしたいというのが本音であろう。
それはわかってはいても、最高管理官自らが規約破りはできないというのが現状であった。
* * *
ゴウとルビーナはというと、翌日の『世界会議』で発表する『重力魔法機関』の資料作りに精を出していた。
「……これで間違いはないと思うけど」
「うん、3回も見直したしね、これで原稿は完成でいいよ」
原稿ができあがれば、ゴーレムプリンターやゴーレムプロッター(ゴーレムの腕を使って書類や図面を作成する魔導機)で必要枚数プラスアルファを用意するだけだ。
「……ふう」
「終わったわね」
一息つくゴウとルビーナ。
「いやあ、明日だか明後日だか、『世界会議』で説明する仕事があるぞ」
「ああ、それね。でもそっちは原稿を読むのと変わりないから大丈夫じゃない?」
だがゴウは首を横に振った。
「甘い。……素人からの質問が山のように来ると覚悟しないと」
「あ……そっか。………………うん、それはゴウに任せるわ」
「なんでだよっ」
「だって説明はゴウの方がうまいもん」
「…………」
「頼りにしてるわ」
「……はあ、わかったよ」
がっくりと肩を落としたゴウであった。
* * *
来賓たちも『世界会議』開催日まで思い思いに過ごしている。
ロードトスは勤務時間後に、曾祖母であるシオンと話をしている。
場所は宿泊施設に隣接するラウンジ。無料の喫茶コーナーがあり、2人はお茶を飲んでいた。
「私も、今年いっぱいで議長役は終える予定よ」
「そうなのですね。来年はどなたになるのでしょう?」
「さあ、まだ決まっていないけれど、ミツホのアタル・ムトゥ氏か、セルロア王国のマルセル殿下あたりが有力候補かしらね」
次の議長については『世界会議』メンバーで投票して決める。
例外として現議長にも発言権と投票権があり、そういう意味で『全員』での決定となる。
なお、一度議長を務めた者は、最低でも10年間は議長になれないという規約もあった。
「私が議長を務めるのもあと1回か2回ね」
「本当にご苦労さまです」
『アヴァロン』の夜は静かに更けていく。
* * *
アーノルトは『懐古党』名誉顧問のエレナと話をしている。
もちろん、アーノルトが私淑している女流魔法技術者、『シェンナ』の話が中心だ。
「先日ジン殿と話をしたんですが、ショウロ皇国にある『アドリアナ記念館』に、『優秀な技術者』の部屋を作ろうという話が出たんですよ」
「まあ、そうなんですの?」
「ええ。それで是非、シェンナ先生の部屋も作ってもらおうと思っているんです」
「それは嬉しいですわ」
この話を聞いて、エレナは満面の笑みを浮かべた。
「つきましては、エレナ殿にもシェンナ先生についての展示物をご用意いただけないかと」
「まあ、それは願ってもないことですわね」
エレナはシェンナの全盛期に作られた自動人形で、娘同様に教育を施されたのだ。
なのでシェンナを母と慕っている。
「お母さまの年表づくりならお任せください」
「お願いします。それから実績も」
「もちろんですわ。……『魔導大戦時』に使用された『熱気球』を実用化したのもお母さまですし……それに」
「それに?」
「いえ、なんでもありませんわ」
実は『ギガース』の元となる技術を開発したのも若い頃のシェンナなのである。
が、それを公にするのはどうなんだろう、とエレナは思ったわけである。
(こちらは秘匿しておいたほうがよさそうですわね……)
結局そう判断し、『ギガース』に関わったことは伏せておくことにしたエレナであった。
「エレナさんについても、どのくらい公表できるかですね」
「そうですわね……」
「こちらはかなり制限したほうがいいでしょうね」
「同感ですわ」
これに関しても、全てを明らかにしてしまうと『統一党』の事件についても公表しないわけにはいかなくなる。
それは多少なりとも混乱を招くだろうということでエレナとアーノルトの意見は一致した。
2人とも睡眠を必要としないボディなので、その夜遅くまで打ち合わせは続いた。
さすがに徹夜はしなかったようである。
そして、『世界会議』の開催日となる……。
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