91-14 ジーク
仁は、夕方になる前に機体を完成させた。
趣味の製作なので、楽しみながらじっくりゆっくり作ったようだ。
構造はセミモノコック。
構造材と外板を合わせて強度を出す。
素材は64軽銀。
見た目は、機首部がすっきりしたゼロ戦である。
色は視認性を考慮して赤くしたため、もはやゼロ戦には見えないのはご愛嬌。
特殊装備として『補助制御装置』。いわば『ジャイロセンサー』と『高度センサー』で、飛行の安定化をアシストしてくれる。
「まだ夕食には時間があるな」
時刻は午後4時少し前、試験飛行には十分だ。
操縦方式はこれまでの模型飛行機と同じく、フライトシミュレーター型。
つまりコックピットを模した、座って操縦するタイプの操縦装置である。
正面には大型の『魔導投影窓』が付いており、飛行機のコクピットに据え付けた『魔導監視眼』からの映像を映し出す。
これにより操縦者は、シミュレーター感覚で模型飛行機を操縦できるわけだ。
「お父さま、この機体の名前はどうなさるのですか?」
「ああ、そうだな。……よし、『ジーク』にしよう」
ジーク、『Zeke』とは、第二次大戦中に米軍がゼロ戦に付けたコードネームである。
ちなみに紫電改はジョージ、隼はオスカー、鍾馗はトージョー、疾風はフランク、などと呼ばれたらしい。
そういうわけでこの機体は『ジーク1』ということに決定した。
「礼子、テストしてくれるか?」
「はい、お任せ下さい」
「頼んだ」
礼子の反応速度は人間の数千倍。不慮の事態にも十分に対処できる。
というわけで『ジーク1』のテスト飛行が行われることになった。
エルザは夕ご飯の支度をするため『家』に帰っている。
場所は研究所裏手の飛行場。滑走路から飛び立つところから始める。
「では、コンタック」
仁がそう言ってくれと指示した掛け声である。
昔……第二次大戦中の日本機にはセルモーターがなかったため、イナーシャ(エナーシャ)と言って、フライホイールを手で回転させ、十分な勢いが付いたところで『コンタック(コンタクトの転訛)』と言ってフライホイールをエンジンに接続することで始動させていた。
つまり『魔導モーター』には全く不要な掛け声であるが、仁のマニアックな(厨二ともいう)部分が一度でいいから言わせてみたかったようである。
閑話休題。
起動スイッチを押せば『ジーク1』のプロペラは回り始める。
元となったゼロ戦に似せた3枚プロペラは十分な推進力を発揮し、機体は滑るように滑走路を走り出した。
礼子はその驚異的な視力と分析能力で、機体の速度が離陸に足るものとなるギリギリを見極め、必要十分な速度に達したその時、操縦桿を引いた。
蛇足ながら、この『操縦桿を引く』と『機首が上がる』という動作の紐付けは人間工学的に決められているという。
とはいえ何のことはない、床に置いた板に垂直に棒を固定し、板を飛行機、棒を操縦桿に見立てた場合、棒を引けば板の前側つまり機首側が持ち上がる。これを再現しただけのことであるという。
再び閑話休題。
滑走路を50メートルほど走った後、『ジーク1』はふわりと浮き上がった。
「お、飛んだな」
「はい、お父さま。『軽い』感触です」
「そうか。翼面荷重を小さくしたからな」
「上昇します。スロットル開けます!」
『開ける』という表現は、燃料を制御しているスロットルバルブを『開いて』エンジンにより多くの燃料を送り込み、パワーを上げる……という意味なので、『魔導モーター』の場合は当てはまらない。
「……いや、『魔力素』をモーターにたくさん送り込む、という意味では合っているのかな?」
などと仁が考えていると、またたく間に『ジーク1』は視界から消えてしまった。
だが。
『御主人様、お任せ下さい』
老君の声が響き、滑走路脇の超大型魔導投影窓が作動した。
そこに映し出されたのは『ジーク1』。
『覗き見望遠鏡』を使い、遠く離れた場所の機体を映し出しているのだ。
『高度130メートル、速度は時速152キロです』
老君は正確な高度と速度を計測してくれた。
「礼子、水平飛行で速度テストをしてくれ」
「はい、お父さま」
「老君、測定を頼む」
『はい、御主人様』
仁の指示で、礼子は『ジーク1』の速度を上げ、老君はその速度を測定していく。
『180キロ……200キロ……220キロ……』
「フラッターは大丈夫か?」
フラッターとは、高速飛行時に起きる『乱流』によって主翼や尾翼が振動を起こす現象である。
酷い時には翼が破壊され、もっと酷い時には機体が空中分解を起こす。
「はい、お父さま。フラッターは起きていません」
『御主人様、時速322キロです』
「そのあたりか」
仁としては模型なので時速300キロくらいが限界値ではないかと考えていたのである。
「この速度域でフラッターが起きないなら、もう少し速度を落として運動性の試験をしよう」
「わかりました」
そして数々の曲技飛行が行われ、仁は満足して『ジーク1』を着陸させた。
「まずはこれでよし」
『ジーク1』がとりあえず完成したので、仁は満足して風呂に入り、夕食に備えたのである。
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