91-12 蓬莱島、忙中閑あり
「さあて、久しぶりに手が空いた気がする」
お茶を飲み終えた仁は大きく背伸びをした。
「散歩でもするか。エルザ、礼子」
「ん」
「はい、お父さま」
というわけで、仁はエルザと礼子と共に外へ出た。
日差しは強いが、礼子が『日よけの結界』を頭上に展開してくれたのでかなり緩和される。
赤外線から紫外線までも弱めてくれるので、暑さも和らぎ、日焼けもしにくいのだ。
「どこへ、行くの?」
「田んぼが見たい」
というわけで仁たちは研究所から少しだけ下って、田んぼの広がる一帯へと歩いていく。
少し高い位置から見下ろす田んぼは、まさに『緑の絨毯』である。
魔法を使っての病害虫予防をしているので完全無農薬である。
ところで蓬莱島は常夏(常春?)の島なので、一部の田んぼは金色に色づいている。
そこにはただ、風情があるという理由で昔ながら(?)の『案山子』を立てていた。
仁が『スズメ』と呼ぶ小鳥が蓬莱島にはおり、若干だがお米をついばむことがあるが、魔法で駆除しきれなかった虫を食べてくれるのでプラマイゼロとしている。
駆除せずに『案山子』で追い払うにとどめているのはそういうわけだ。
また、田植えをしている田んぼもあった。
そこでは、まさに『早乙女』の格好をさせた五色ゴーレムメイドたちが働いている。
「ああ、いいなあ、この風景」
「ん、私も、同感」
エルザは人造人間になる前の人生で、すっかりこうした風景に馴染んでいたのである。
「ここで採れたお米は、一番美味しい」
「そうだよな」
蓬莱島はいわゆる『魔力スポット』であり、他の土地に比べ、自由魔力素の含有量が段違いに多い。
そのためか、作物の味、栄養価共に世界最高である。
「ショウロ皇国産のお米も捨てがたい、けど」
「わかる。ふるさとの味だよな」
「ん」
とりとめもなくそんな話をしながら、仁とエルザと礼子は田んぼの間を歩いて行ったのだった。
* * *
10時過ぎには研究所に戻ってきた仁たち。
歩いて喉が渇いたので、礼子が剥いてくれた冷やしたペルシカを食べている。
桃そっくりのとろりとした喉越しがたまらない。
ちなみにここのペルシカは、少し早めに収穫するとカリカリした食感、木で完熟させるととろりとした食感になる。
「さて、お昼まで何をしようか」
「何もしないでのんびり、というのは?」
「うーん……俺には無理みたいだ」
困ったように言う仁に、エルザはくすっと笑った。
「仕事と関係ないことをする、っていうのが俺の『のんびり』らしいや」
「あなたらしい」
そういうわけで、仁はお昼まで本を読むことにした。
技術書ではなく、ただの小説だ。
老君のデータバンクには、国会図書館並……というと語弊があるが、アルスに存在する書物の9割くらいが収められている。
そう書くとものすごい量のように思えるが、そもそも書物の総数が現代日本の1万分の1にも満たないのだから、国会図書館には比ぶべくもない。
そもそも発行される本の数からして桁違いなのだから致し方ない。
それはともかく、たまには娯楽小説でも読んだら? とエルザに言われ、ロイザートで流行っているという小説を読んでみることにしたのである。
本自体は第5列が手に入れ、蓬莱島へ送っていたので、すぐに仁の元へ運ばれた。
タイトルは『闇色の瞳』。
恋愛小説かと思ったらそうではなく、ミステリーものであった。
中級貴族の令嬢が、バカンスで訪れた山の別荘で出会う事件。
足である馬と馬車が初日に消失したため、帰るに帰れず別荘に閉じこもるが、お付きの者が日を追うごとに減っていく恐怖。
ラストは婚約者のいたずらだとわかり安堵すると同時に腹を立て婚約解消という流れ。
ボリュームはそれほどでもなく、短編と長編の間くらい、中編小説といったページ数だったので、ちょうどお昼前に読み終えることができたのだった。
「どう、だった?」
「うーん、まあまあ、かな?」
仁自身、あまり小説を読む方ではなく、ましてミステリー系は現代日本にいたときは全くと言っていいくらい読んだことがなかった。
なので比較はできないが……。
「3分の2くらい読んだあたりで落ちの見当がついてしまうというのは構成不足じゃないかな?」
「ん、同感」
「それに、婚約者にこんな悪戯をするかな?」
「しないと、思う」
エルザも読んだことがあるらしく、仁の意見に同意した。
「しょせんはフィクションだよなあ」
「ん。ジン兄は、もっとすごい事件の中心にいたことだってあるから」
「それを言ったらエルザだって、な?」
「うん」
かつてエルザはエリアス王国の港町ポトロックで開かれたゴーレム艇レースに操縦者として参加したこともあるし、世界征服を企む組織『統一党』に誘拐されたことだってある。
普通の令嬢にはできない経験を積んでいた。
「……そもそも恐怖と言うにはひねりが、ない」
「かもなあ」
こうした娯楽に関しては、日本は恵まれていたなあと仁は久しぶりに生まれ故郷の世界を思ったのであった。
* * *
お昼はそうめん。
喉越しがよく、暑い日中、美味しく食べられる。
付け合せに野菜のかき揚げ。
さくさくの衣が美味しい。
更に冷えた麦茶で喉を潤す。
「ああ、美味しかった」
「うん」
のどかなひととき。
仁は心の底からのんびり寛いでいた。
* * *
「午後は、どうするの?」
「そうだなあ……工房で何か作ろうかな」
「それもあなた、らしい」
完全に趣味のものを作る、という行為は、仁にとって息抜きになるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20230130 修正
(誤)田んぼの広がる一体へと歩いていく。
(正)田んぼの広がる一帯へと歩いていく。
(誤)駆除せずに『案山子』で追う払うにとどめているのはそういうわけだ。
(正)駆除せずに『案山子』で追い払うにとどめているのはそういうわけだ。




