91-08 夜会、終了
午後8時半、いろいろあった『夜会』もそろそろ終わりである。
軽食と軽いお酒で、参加者のお腹も適度に膨れている。
仁たちはともかく、一般参加の貴族たちは親睦を深めるという『夜会』の目的はそこそこ達せられているようだった。
『それでは皆様、お名残惜しいですが、そろそろ『夜会』も終わろうとしております。陛下より一言ございますのでご静聴下さい』
ざわついて賑やかだった会場が静まった。
『皆、今夜はそれなりに楽しんでもらえたことと思う。我が国の平穏とさらなる発展を願って締めの言葉とする』
『拍手をお願いします』
エルンスト2世の言葉が終わると、司会は互いの親睦を讃える拍手を願った。
それに応じ、会場は割れんばかりの拍手に包まれ、『夜会』は終わりを告げたのである。
* * *
『夜会』のあと、仁、エルザ、礼子、ゴウ、メルツェ、ダイキ、ココナらはエルンスト2世に呼ばれ、執務室の隣の応接室にいた。
「よく来てくれた。まあ座ってくれ」
エルンスト2世は仁たちに座るよう勧めた。
その勧めに従い、仁たちは腰を下ろす。エルンスト2世の正面はメルツェである。
「今夜はわざわざ呼び立てて済まぬ。まずは、騒動を最小限で抑えてくれたことに礼を言う」
エルンスト2世は仁に向けて頭を下げた。
「いえ、メルツェ嬢にとっても最後になるかもしれない『夜会』ですから」
仁はそういうわけで礼は無用です、と言った。
「すまぬ。……そして来てもらったのはそれだけではない。この機会を逃したら、メルツェとはなかなか会えなくなるであろうからな」
皇籍から抜けたメルツェが皇帝陛下に会う、ということは思った以上に難しいことなのだ。
……まあ、仁に連れてきてもらえばいつでも会えるのだが、それはどちらかといえば裏技であるから、正々堂々……というか正規の手続きを踏んでの面会はまず無理と言っていいだろう。
「そこでジン殿がくれたこの魔道具だ」
『遠距離用通話機』をエルンスト2世はテーブルに置いた。
「これを使うと『魔素通話器』を使わずとも『アヴァロン』と通話できるのだな? おそらく向こうは最高管理官が管理するのだろうが、メルツェよ、時々声を聴かせてもらってもよいか?」
「はい、もちろんです」
「うむ、それを聞いて安心した。……ジン殿、メルツェをよろしく頼む」
「はい、陛下」
「そこで、私からメルツェに姓を贈ろう。……『ライマン』というのはどうだ?」
「はい、陛下。ありがとうございます。嬉しいです」
これからはメルツェ・ライマンと名乗ることになるわけだ。
「うむ。喜んでくれて重畳」
エルンスト2世は、この歳の離れた叔母を心底心配しているようだった。
そのことを感じ取った仁は、立ち上がって真摯な最敬礼を行ったのである。
そしてゴウに言葉を掛ける。
「ゴウ、陛下のお言葉を聞いたな? 『アヴァロン』では、お前の方が身近にいる。お前の覚悟を言葉にしてみろ」
「はい!」
ゴウも立ち上がり、メルツェが皇籍を抜けると言った時から思っていたことを言葉にする。
「陛下、自分はメルツェを友人として、同僚として、守り抜く所存です」
「うむ」
微笑ましいものを見るように、エルンスト2世は頷いた。そして小声で呟く。
(……そこは伴侶として、と言ってくれてもよかったのだがな)
「はい?」
「いや、こちらの話だ。ゴウ、メルツェを頼むぞ」
「はい!」
仁たちの中で、礼子だけはエルンスト2世の呟きを聞き取っていたが、その場では何も言わなかったのである。
「さて、最後になるが、その方たちにもコニーを紹介させてもらおう」
コニーとはコンスタンツェの愛称である。
隣室に控えていたようで、秘書官筆頭のヒルマン・ディール・フォン・アセスに連れられ、コンスタンツェ・テオデリック・フォン・マジェンタが部屋に入ってきた。
中肉中背、明るい金髪に紫がかったグレイの瞳をしている。
髪の色はきっと母親譲りなんだろうなあ、と仁は思った。が、その瞳の色はサキとよく似た色合いである。
「コンスタンツェ・テオデリック・フォン・マジェンタと申します。よろしくお見知りおき下さいませ」
コンスタンツェはスカートをつまんできれいなカーテシーでお辞儀をした。
仁たちも立ち上がって挨拶をする。
挨拶が済むと、コンスタンツェはメルツェに向かって声を掛ける。
「メルツェさん、皇籍から抜けられましても、私たちは親族ですわ。末永くよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそ」
それからはコンスタンツェを交えての談笑となる。
終始エルンスト2世は上機嫌で、メルツェにとっても思い出に残る楽しい夜となったことであろう。
そんなこんなでその夜は、宮城に泊まった仁たちであった。
蛇足ながら、暴走自動人形を鎮めた功績の謝礼は丁重にお断りした仁であった。
* * *
さて、『アヴァロン』のルビーナである。
時間は少し戻って8月19日、仁たちがショウロ皇国ロイザートの屋敷に戻った日。
『アヴァロン』の『アカデミー』では、いよいよ『改良型重力魔法機関開発プロジェクト』が本格的に活動していた。
メンバーは以下のよう。
プロジェクトリーダーは技術主任のアーノルト。
メンバーはゴウ、ルビーナに加えエイラ、グローマ、カチェア(以上元『ゴー研』)、ゾラ・ヒンメル、シエル・アジュール(以上元『航空研』)、カツマ・イホウ(元『魔法研』)、ヒキ・カリス(元『光学研』)。
そして臨時顧問のデウス・エクス・マキナ3世だ。
前々日の17日には動作原理の解析内容を(ゴウが)メンバーに説明した。
今日18日には『魔導回路』の解析が行われることになっている。
これが終われば、いよいよ改良型の『魔法制御の流れ』を考えていくことになるだろう。
「その頃には、ゴウも帰ってくるかしら」
また一緒に検討できる。その日が楽しみなルビーナだった。
そして、そんな自分に気付き、ちょっとだけびっくりもする。
(あたしって……ずっと1人でやって来て、1人でやり抜くのが好きだったはずなのに)
いつの間にか、ゴウと一緒に考え、議論し、作り上げていくことが楽しくなっていた。
(最初はあたしの方が、魔法工学の腕前はずっと上だったのに)
今ではほとんど同じくらい。いや、分野によってはゴウの方が上という場面もあった。
そして、そのことがそれほど嫌ではない。
むしろ、だからこそ2人で協力して目標を目指すということの有益さをひしひしと感じる。
(ジン様がゴウのことをなんとか言ってたわね……そうだ、努力型の天才だ、って)
その時仁は、ルビーナのことを『天然型の天才』と言っていたのだが。
* * *
「ですからここの回路は、もう少し効率をあげられるはずです」
「う、うん」
「こっちは無駄な記述もありますから、整理すれば消費魔力を0.5パーセントくらいは節約できるはずです!」
「お、そうだな」
「ここはこのままでいいと思うわ。非常にきれいな、ほれぼれするような構成だから」
「うん」
最初のうちこそ言葉が硬かったルビーナであったが、解析に関する議論が進むに連れ、普段の口調に戻っていく。
が、この場にはそれをとやかく言う者はいない。
「結局、入力可能な魔力素によって回路の容量を決めるべきだということだね?」
「ええ、そうよ、主任」
「ふむ、だとすると……」
「ルビーナ、ここの魔導式だが、パラメータがおかしくないか?」
「それはそれでいいのよ。だって、可変パラメータですもの」
「いや、パラメータというのは変数だから、元々可変なのでは?」
「それがそうじゃないのよね。正しい『解』以外の値を入れても、それなりに動くのよ。で、実験してみた結果、最適値には幅があることがわかったの」
「興味深いな」
「後で説明するわね。まずはここの課題をこなしていきましょ」
「同感だ」
既に仲間として受け入れられているルビーナであった。
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