91-04 夜会、半ば
直径200メートルの球体『球形基地』が転移で消えた後に、そこへ空気が流れ込む『爆縮』が起きない訳を仁は説明し始めた。
聞き役はショウロ皇国魔法技術相レグレイ・ギブズ・フォン・ベスビアス。
引退後は『アドリアナ記念館』の館長になるのだと公言して憚らない人物である。
「働いているのは『置換』の魔法ですね」
「ふむ、『置換』……つまり、何かを置き換えて……ああ、転移の対象と空気を?」
「そうです」
さすが魔法技術相、わずかなヒントで正解を導き出している、と仁は感心した。
「転移させるものを『トンネル』に引き込む際、それと同じ体積の媒質……この場合は大気、空気ですね。それを魔法で生成して置き換えるんです」
「なるほどなるほど! 『風属性魔法』の応用ですな!」
「ええ。で、魔法で生成された空気なので、時間とともにゆっくり自由魔力素に戻ります」
「ゆえに『爆縮』は起こらない、と……なるほど、よくできていますなあ」
『水中用転移魔法陣』の場合も同じ。
媒質が空気から水になっただけなので、『水属性魔法』の応用で転移対象と同じ体積の水を生じさせているわけだ。
「……そうしますと、転移先にも似たような作用を?」
「正解です。『風除けの結界』のような作用で、空気をどかしてから転移させますので」
仁は航空機にこの『風除けの結界』を使っている。
どういう作用なのか、マッハ3までは衝撃波を生じないので非常に便利だ。
微小な、局所的な転移のような働きで空気分子を移動させているのかもしれない、と仁は想像している。
もしかしたらハンナが既に解明しているかもしれないなあと思いつつ。
「なあるほど……それを伺って安心しました。転移に伴う事故は起きづらいようですね」
「ええ。ですので、安易な気持ちで転移魔法陣を改造しようとはしないでほしいですね」
「それは徹底させましょう」
仁がそんな艶っぽさのかけらもない話をしている時、エルザとココナは貴婦人たちのお相手をしていた。
「エルザ様、こちらが陛下のお血筋のメルツェ様なのですね?」
「ココナ様、どうぞ紹介してくださいませ!」
「エルザ様、私は……」
「ココナ様……」
「エルザ様」
「ココナ様」
「……」
( こ れ は ひ ど い )
さすがのエルザも辟易していた。
(メルツェの人気を過小評価してた……)
メルツェは間違いなく皇帝家の血筋。
だが半分は平民。
だから、『貴族なら誰でもチャンスがあるのではないか?』と思ったのだろう、とエルザは想像した。
もちろんチャンスとは『縁組』のことである。
有り体に言えば、下級貴族が皇帝家とお近付きになるチャンス、というわけである。
そのため、ひっきりなしに貴族連中が挨拶に来ているわけだ。
ゴウもまた、その肉食系挨拶に圧倒されていたが、当のメルツェはというと……。
見かけだけは涼しい顔をしていた。
内心はかなりあわあわしていたが、それでもこの『夜会』に出た目的を忘れることはせず、
(あの人は伯爵、でこっちの人は子爵夫人、で領地は……)
必死に貴族たちのプロフィールを記憶していた。
* * *
そんな中、もう1つのイベントが執り行われようとしていた。
『お集まりの皆様にお知らせです。今日の『夜会』には、ご存知のように陛下の『叔母』に当たられるメルツェ様がご出席なさっていらっしゃいますが、そのメルツェ様につきまして、陛下からお言葉がございます』
再び静かになる会場。
『皆の者に知らせておくことがある。余の叔母、メルツェのことだ』
『拡声の魔導具』からエルンスト2世の声が響いた。
『メルツェは今日を最後に皇籍から抜け、『アヴァロン』所属となる。そして今後は世界平和、治安維持のために働くということだ。余はそれを了承した』
一瞬、大きくどよめく会場。
『余は、メルツェのこの選択を支持するとともに誇りに思う』
再び静まり返る会場。
『後見は今代『魔法工学師』ジン・ニドー殿とデウス・エクス・マキナ3世殿だ。であるから余としては何も心配はしていない』
おお、というようなどよめきが聞こえた。
『……我が国から『アヴァロン』の重鎮が輩出されるというのは僥倖である。皆、メルツェの門出を祝ってやってほしい。以上である』
エルンスト2世の言葉を受け、会場は拍手に包まれた。
中には『そんな……』『もったいない』『惜しい』などという呟きもあったが、それを聞き取れたのは礼子だけであった。
* * *
タイミングよく皇帝陛下が宣言してくれたため、メルツェ目的で寄ってくる貴族はいなくなった。
代わって国の重鎮が幾人かやってくる。
ショウロ皇国総務相のシュロトゲン・ドメール・フォン・カバスタンと、現世界会議議長のテオバルト・テオデリック・フォン・グレイン侯爵である。
「陛下が宣言して下さいましたので、堂々とお祝いを申し上げられますな」
「メルツェ様、どうかそのお志をお忘れになることなく、未来を目指してくださいますよう」
「あ、ありがとうございます」
この2人は重鎮たちを代表して、メルツェに挨拶しに来たのだそうだ。
全員が入れ代わり立ち代わり挨拶に来たのでは、メルツェも気詰まりだろうという皇帝陛下の気遣いらしい。
「ただ、後ほど、ジン殿たちとともに陛下の私室をお訪ねいただきますよう」
「わかりました」
皇帝ではなく、血縁者として、親族として、メルツェの選んだ道を祝福したい、ということなのだった。
まだ『夜会』は半ばである……。
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