89-22 『アイオーン』の修理と解析
『アイオーン』の『制御核』をどう修理するか。
それが今現在の最大の問題であった。
というのも、一番ポピュラーで確実な直し方として、『一旦『アイオーン』を複写し、それを新しい『魔結晶』に修正しながら書き込んでいく』というやり方がある。
これの最大の問題点は、仁が『至上の主人』になってしまうということである。
いずれ『アヴァロン』のサブ基地として活用したいと思っている仁としては、それはどうなんだろう、と考えているわけだ。
とはいえ、『至上の主人』権限で、『アヴァロンの施設として役に立て』という命令をすればいいのではあるが、配下の基地が増えすぎるのもな……と贅沢な悩みを抱える仁なのである。
だが、修正して再起動した場合、再起動した者の魔力パターンが登録されるという仕様はどうにもならない。
他の方法としては『魔力模倣機』で過去の製作者の魔力パターンを模倣し、再起動するやり方がある。
この場合は再起動後、製作者が見当たらない理由を説明しないと『主人消失症候群』に陥る可能性がある。
どちらが将来的に扱いやすいかを考えると……。
「……俺が直すか」
ということになったのである(つまり仁Dが、ということ)。
* * *
蓬莱島から転送してもらった『魔結晶』に『アイオーン』の『制御核』を複写。
この時点でコピーの魔力パターンは仁のものとなっているのだ。
コンピューターで、古いフォーマットの記録媒体のデータを読み込んで、現在主流のフォーマットで新しい記録媒体に書き出すことに例えられるだろうか。
この複写されたデータは、術者……この場合は仁の魔力パターンのため読み出しが楽なので、修正も容易というわけである。
新たな『制御核』に書き込みながら、仁DはゴウDとルビーナDに説明をしていく。
2人……2体とも分身人形なので、口頭ではなく内蔵魔素通信機で行うことで、倍以上の効率が得られる。
〈ほら、ここを見てみろ。ルーチンのつながりが不自然だろう〉
〈ああ、本当ですね〉
〈つまりここから先が、リノウラが手を加えたところというわけね〉
〈そういうことだな〉
〈わかりやすいです〉
仁Dを通じ、仁はゴウとルビーナに説明を行っていく。
〈そしてこの内容だ〉
〈軍事的な内容ですね〉
〈ここはおそらく軍関係者が無理やりねじ込んだ課題なんだろうな〉
〈不格好ね〉
〈そうだな〉
さらに仁Dは重要なポイントの説明を行っていく。
〈複数の目的を同時に追うために設定されたプロセッサがあるだろう?〉
〈はい〉
〈ここが重要なポイントだ。……プロセッサの一部が1つのタスクを独占したんだ〉
〈あ、それが『パークス』ね〉
〈そういうことだな〉
〈普通は『製作者』が課題としての『基底命令』を設定するんだが、軍部が下手なやり方でプロセッサをいじったもんだから、その一部が独立したんだな〉
〈マルチタスクの1つがシングルタスクとして独立したということかしら?〉
〈まあ、そんな単純なものではないが、方向性は合っている〉
〈製作者と命令者が別々だったせいで……おかげというべきかな? ……『パークス』が発生した、ということですか?〉
〈流れとしてはそういうことだな〉
これは非常にいい教材だなと考えながら、仁は2人に解説していった。
〈製作者が設定した『基底命令』は『人類への奉仕』で、軍部はそこへ『魔族の殲滅』をねじ込んだ〉
〈でも、製作者側には当時魔族と呼ばれていたノルド人もいた?〉
〈そうだ。つまり、『アイオーン』はノルド人も『人類』として認識していたんだ〉
〈ああ、そこへ矛盾する『基底命令』をねじ込んだからバグったのね〉
〈まあそういうことだな。『アイオーン』は矛盾をうまく処理するため、『パークス』という別の自我を作り、元々の『基底命令』を託したんだろう〉
〈わかりやすいです〉
仁による説明は、ゴウとルビーナにもよく理解できたようである。
内蔵魔素通信機利用なので、ここまで5分も掛かっていない。
〈さて、そういうわけで分裂した2つの『自我』が対立したのは当然だな〉
〈こうして説明してもらうとわかりやすいわ〉
〈本当に、勉強になります〉
〈そうか。……ならここで問題だ。……今回の『アイオーン』のような『自我の分裂』を起こさないためにはどうしたらいい?〉
〈え……えっと〉
〈うーん……〉
いきなりの仁からの問題に、考え込むゴウとルビーナ。
〈ええと、『自己と他者』の『境界』を明確に設定すること……かな?〉
〈それから、『基底命令』の矛盾に対する解決方法……例えば『弁証法』のような思考ルーチンを組み込んでおくこと、かしら〉
『弁証法』とは、『テーゼ』とそれに対する『アンチテーゼ』の対立を昇華して新たな『ジンテーゼ』を導き出す思考方法である。
『アイオーン』が『テーゼ』であるなら、それに対する『アスティノ』が『アンチテーゼ』と言えようか。
だが『アイオーン』は『アスティノ』から引き離され、歪んだ価値観を押し付けられたため、内部矛盾を起こした。
しかし、その思考回路が優秀だった(あるいは優秀すぎた)ため、自我を分裂させて『パークス』を生み出し、1つの魔導頭脳の中で終わらない対立を起こしていたのである。
〈2人ともいい線だな。その2つは必須だよ〉
仁は2人を褒めた。
〈あと1つ、あるんだ〉
〈それは?〉
〈何ですか?〉
〈そうだな、それを説明する前に、『リノウラ・モギ』の影響を確認してみよう〉
〈え? はい〉
仁Dは『アイオーン』の『基礎制御魔導式』に加えられた改竄の痕を示した。
〈何か気づいたことはないか?〉
〈ええと、あ、『定義』部分に割り込みして書き込みがあります!〉
〈そうだな。あとは?〉
〈思考の分岐条件に上書きがされているわ〉
〈うん。そこから導き出されるものは?〉
少し考えた後、2人は異口同音に答えた。
〈書き込み禁止設定!!〉
〈正解だ〉
システムのプロテクトが実にいい加減だったのである。
〈……単純すぎて、見落としていました〉
〈思いつかなかったわ……〉
2人の言葉に、仁は笑った。
〈当然だよなあ。俺も目を疑ったよ。でも、なんとなく理由はわかる〉
〈それは?〉
〈未完成……といってもあと2、3日で完成、というような段階で軍部が干渉してきたんだ〉
〈ああ、それでちぐはぐなのね〉
〈その結果、『アイオーン』のシステムとしてのパフォーマンスが低下するのに……軍部ってそんなバカなんですか?〉
ゴウの言葉を、仁は苦笑しながら肯定した。
〈軍部が、というよりも戦争が、かな。戦争は人間のバカさ加減を浮き彫りにするよ、まったく〉
溜息をつく仁であった。
と、ここでルビーナから質問が飛び出す。
〈ねえジン様、『アイオーン』と『パークス』は、それぞれ自分の派閥に属するゴーレムを抱えていたわけだけど、元が同じ魔導頭脳なのに、そんなことができるの?〉
〈お、いい質問だな〉
仁の講義はまだまだ続く……。
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