86-20 細い手掛かり
販売代理店店長のマオリクスが容疑者として浮かび上がってきた。
老君は、まずウラウの町にある店舗を『覗き見望遠鏡』で調べてみることにする。
何か証拠になるもの、あるいは参考になるものが見つからないかと思ったのだ。
しかし。
『何も見つかりませんね……』
せめて樹脂の欠片くらいは見つかるのではないか、と思っていたのだが。
『制御核への仕込みは店舗ではやらないということでしょうね』
老君は思考を切り替える。
『今回、『世界警備隊』からの情報局員が調査しているわけですが……おそらく無駄でしょうね』
もしもマオリクスが犯人なら、わざわざ『これは罠です』と教えているわけで、引っかかるはずがないからである。
『樹脂の分析もしたいものですが……やはりマキナに任せることになりますか』
* * *
そういうわけで、同日、『アヴァロン』。
エイラが『うっかり熱処理』してしまった1個以外の、残った2個のうちの1個を慎重に調べている研究者たちがいた。
1人はアーノルト、もう1人は化学研究室、通称化研のカラリス・ファイアス。そしてマキナである。
「うーん、『分析』で調べてみると、かなり複雑な構造をしているようだ」
アーノルトが首を傾げた。
「アーノルト室長が解析しきれないとなると、既知の物質ではないんでしょうね」
カラリス・ファイアスが言った。彼女は化研の中でも分析に長けているのだ。
「俺もそう思う」
マキナも同意した。
が、マキナは同じく『分析』で、この樹脂がポリスチレンに酷似していることだけは理解した。
ポリスチレンは原油・ナフサを原料としたスチレンモノマーを重合させて作られるプラスチック樹脂である、と日本スチレン工業会で説明されている。
透明性がよく、成形性もよい。無味無臭のため食品関係の容器に使われる。着色も容易である。
その用途は広く、食品パックやCDケースなどの透明容器、また発泡させて食品トレーや断熱材にもなる。
燃焼させると黒い煙が出やすいが、有毒ガスは出ない。
リサイクルしやすいプラスチック樹脂である。
しかし。
(この世界に石油化学工業の技術はないはずだがな……)
アルス世界の技術において最先端をいく『仁ファミリー』であるが、リーダーである仁が化学系には比較的疎いため、工学魔法を使わない化学系の生産技術は遅れ気味であった。
(だが、市井にこれだけの物質を合成できる人物がいるというのも首を傾げざるをえん……と、なると……)
そこから引き出される可能性は多くはない。
最もありそうなのが『始祖』関係である。
アルス先住民ともいえる『始祖』は惑星ヘールから移住してきたわけだが、当然ながら高い文明と技術を持っていた。
それらは『遺跡』として現代に残っており、ごく一部のものは稼働しているもしくは修理可能な状態であった。
それ以外にも『仁同様の転移者』『自力開発』などの可能性もあるが、転移者であればプラスチックに留まらず、もっといろいろな技術を広めていそうなものである。自力開発も同じ。
(だとすると、この線を追う必要もあるが、どうやって追えばいいか、だな)
マキナがそうした思考を巡らせるのに要した時間は0.5秒。
そして、樹脂ではない成分を分析することを思いつくのに0.2秒。
「樹脂についてはこれ以上わからないが……『分析』……なるほど」
「何かわかったのですか?」
「うむ。この樹脂に色を付けている染料についてだ」
「ああ、なるほど! 染料は既知の物質なんですね!」
化研のカラリス・ファイアスがその発想はなかった、と言った。
「君もやってみるがいい」
「はい。……『分析』……これは!」
「わかったか?」
「はい。非常に特徴のある染料ですね」
「そうだ」
「……?」
アーノルトが首を傾げているのでマキナは説明をする。
「アーノルトは知らないかもしれないが、合成染料っていうのは生産場所が限られているのさ」
「そうなのか」
「ああ。魔法染料はあちらこちらで作られているし、天然染料も同じだ。だが合成染料は……」
「どこなんだい?」
「ミツホだ」
* * *
ミツホはショウロ皇国の西に広がる『ハリハリ沙漠』のさらに西に位置する国家だ。
そこの住民の大半は魔法を使えない。
が、過去に初代魔法工学師アドリアナ・バルボラ・ツェツィが訪れ、必要な日用品を作る工場を建てたこともあって、独自の文明を発展させていた。
さらに、そこの始祖的な存在の1人は、アドリアナ・バルボラ・ツェツィの養父シュウキ・ツェツィ。
『賢者』と呼ばれる彼は、昭和、戦後の復興期における医学生で、医療や化学に通じていた。
その彼の知識には化学物質の合成に関するものがあり、それを応用すれば合成染料を作る程度なら可能だろうとマキナは言ったのである。
医学では、真菌・細菌などを染料で着色して顕微鏡で見るという検査法があるため、シュウキ・ツェツィもその製法を知っていたものと推測される。
さすがに合成樹脂を作るには至っていないだろうが。
* * *
『確かに、ミツホでは染料を合成していますね』
蓬莱島では、老君がすぐに動き出していた。
ミツホの染料がどういうルートで流通しているかを調べたのである。
その結果、約80パーセントは隣国であるショウロ皇国が購入し、そこから小群国へと卸されていたことが判明。
残り20パーセントのうち5パーセントはミツホ内で消費される。
そして最後の15パーセント。
これが追跡不可能に近い。
というのは、個人での購入がほとんどだからである。
個人といっても工房の経営者や紡績・織物の関係者がほとんどで、糸や服地の染めに使われている。
が、逆に、『それ以外』の用途というのは目立つ。
『帳簿を調べれば納品先がわかるかもしれませんね』
帳簿を『覗き見望遠鏡』で確認するという細かくて気が遠くなるような作業を、老君は始めたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日4月7日(木)は14:00に
異世界でホムンクルスになっていたのでスローライフを目指す
https://ncode.syosetu.com/n8402fn/
を更新します。
こちらも応援のほどよろしくお願いいたします。




