80-38 シェンナの思い出
アーノルトはエレナを作った女性技術者『シェンナ』について、知っていることを話している。
「当時は『アドリアナ・バルボラ・ツェツィ』が遺した設計基を元にしたゴーレムや自動人形の全盛期だったが、先生は独自の道を模索しておられた」
「そのとおりですわ」
「その晩年に、最高傑作を作り上げた……らしいけど、そのあたりのことは僕もよく知りません」
「そうですの?」
「うん」
もちろん、その『最高傑作』とはエレナのことである。
エレナはそのことを告げず、アーノルトに質問を行った。
「……アーノルト様、あなたはどこから、そうしたお母さまのことをお知りになったのかしら?」
「ああそれは、うちの侍女頭が、元は彼女の家に仕えていた侍女だったんですよ」
「まあ、そうでしたの」
「ええ。晩年のシェンナ先生は、お一人で……というか、ご自分が作った自動人形と一緒に暮らしていらっしゃったようですけど」
「……アーノルト様は、おいくつですの? と言いますか、何年生まれでいらっしゃるのかしら?」
「僕ですか? 大陸暦3129年生まれです」
「そうしますと、お母さまが58歳の時ですわね」
どうやらアーノルトはシェンナの円熟期後半の生まれ、となるようだ。
「……エレナさん、シェンナ先生が亡くなられたのはいつなんですか?」
「お母さまがお亡くなりになったのは3146年ですわ」
「そうしますと75歳の時ですか。僕は17歳……ああ、お会いしたかったなあ」
その言葉を聞いたエレナは少し寂しそうに微笑んだ。
「……お母さまに聞かせて差し上げたかったですわね、その言葉を……」
「どうしてです?」
「当時、お母さまの技術体系や思想は異端だと言われていたからですわ。それゆえ、お母さまは引きこもってしまわれたのです」
だが、その言葉を聞いたアーノルトは首を傾げる。
「そうだったのですか? ……うーん、僕の認識とちょっと違うなあ」
「どう違うんですの?」
「シェンナ先生が住んでいたのはエサイアですよね?」
「ええ」
「僕の出身はボロロンなんです。まあまあ裕福な家に生まれたので、子供の頃は好きなことをして……いや、今はこんな話をしている時じゃないですね。……ボロロンの魔法技術者の間では一目も二目も置かれた研究者でしたよ」
「え……」
「アドリアナ・バルボラ・ツェツィ殿の技術体系は確かに素晴らしい。それは万人が認めるところです。僕もそう思います。でも、それに留まらず自分の道を歩んだ技術者として、シェンナ先生は知られていたんです」
「そうでしたの……」
エレナは、もしも母シェンナが、ボロロンでのそんな評価を耳にしていたらどうだったろうか、とふと考えてみた。
が、それは詮無いこと。歴史に『もしも』はないのだから。
それでも、異端者扱いされた母を認めてくれていた人たちもいたということを知って、エレナは胸の内が温かくなるのを感じたのである。
「それで、僕がシェンナ先生を知ったきっかけですけど、たまたま先生が作ったという自動人形を伴った商人がうちに来ましてね。僕が12歳のときだったと思います。僕はすっかりその自動人形に魅せられてしまったんですよ」
「アーノルトさんが12歳ということは、お母さまが70歳……おそらく50代くらいの頃に依頼されて作った自動人形ではないでしょうか」
多分そうです、とアーノルトは頷いた。
「うちの侍女頭が覚えていましたからね。その時初めて、僕はシェンナ先生の名前を知ったんです」
「そうだったんですのね」
「それからは僕もあんな自動人形を作ってみたいと思いましてね、勉強したんです。その時に、シェンナ先生がお若い頃に書かれた論文を手に入れました」
「まあ、どんなものなのでしょう?」
エレナは、シェンナの若い頃のことはほとんど知らないので、この話には興味を持った。
「自動人形の頭脳……制御核の熟成に関する仮説、というタイトルだったかな……」
アーノルトはその内容をかいつまんで説明する。
* * *
人間は記憶や経験を引き継ぐことはできないが、自動人形やゴーレムは違う、というもの。
知識の引き継ぎは問題なくできる。
では、経験の引き継ぎは?
そもそも、全く別のボディでの経験などを引き継いで意味があるのか? という疑問さえあった。
だが、人間が昔話を聞いてそれを未来に活かせるように、制御核もやり方次第で有効になるのだ。
「『経験』を『知識』領域に転写し、それを展開する……というような理論だったかな」
アーノルトは当時読んだ論文を思い出しながら説明した。
「僕もまた、『魔導大戦』という理由で、作った自動人形を供出しなければならなくなりましてね。そんな時、一か八か……でもないけど、昔読んだ論文を思い出したんです」
戦争のために供出したゴーレムや自動人形は、素材に戻されるか、改造を加えられて戦争に投入されるか……とにかく元のままでいられるはずもなかった、と少し悲しそうにアーノルトは言った。
「で、シェンナ先生のやり方を参考にして、それまで作った自動人形の制御核を1つの魔結晶に集約したんです。そしてその後、その魔結晶を元に作り上げたのがこのチェルなんですよ」
「そういうことでしたのね。アーノルト様、貴重なお話、ありがとうございました」
「いえ、シェンナ先生のお話ができて僕も嬉しかったですよ」
「うん、俺も随分参考になった」
ここで仁も口を挟んだ。
「エレナを作った天才技術者について、また1つ明らかになったものな。『アヴァロン』の資料室に1室を割いても惜しくない業績だと思うな、どうかな、イルミナ殿?」
「ええ、ええ! 大変貴重なお話を伺えて、幸運でした。シェンナさんのことは、前向きに考えたいですね。……エレナ様、資料をまとめる時は手伝っていただけますでしょうか?」
700年の時を経て、ようやく母シェンナが世の中に認められるのだと思うと、エレナは嬉しかった。
「はい、その時は喜んでお手伝いさせていただきますわ」
「俺も協力しますよ」
「僕も」
「ジン様、アーノルト様、ありがとうございます」
とにかくこうして、古の魔法技術者シェンナについて、新たな事実が判明したのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日は 異世界シルクロード(Silk Lord) も更新しております。
https://ncode.syosetu.com/n5250en/
お楽しみいただけましたら幸いです。
20210821 修正
(旧) どうやらシェンナは大陸暦3071年生まれ、となるようだ。
(新) どうやらアーノルトはシェンナの円熟期後半の生まれ、となるようだ。




