80-33 帳簿
工房内を調査する仁D、礼子、アーノルト、チェル。『コマンド1』は周囲の警戒に専念している。
さほどめぼしいものはなかったが、礼子が、
「こんなものを見つけました」
と言って、『魔結晶』の欠片を差し出した。
「情報用かな?」
受け取った仁Dは、それに『読み出し』を掛けてみた。
「……お? なんだ、これ?」
意に反して、それは『設計基』ではなく、また魔導具のなりそこないでもなかった。
「……帳簿?」
そう、それには出納帳、支出記録、資材管理表、家計簿……などに似た表が記録されていたのである。
もっとも、『欠片』であったため、ごくごく不完全にしか読み取れなかったが。
「そういえば、雑務用ゴーレムから受け取った魔結晶はもう1個あったじゃないか」
「あ、そうだったな」
内容が衝撃的だったので、もう1個あることをすっかり忘れていた、と仁D、
改めてもう1つの魔結晶を取り出してみる。
「こっちには何が記録されているんだろう?」
「ジン様、調べてみますか?」
「うん、やってみよう。『読み出し』……これは……」
「……膨大な資材とゴーレム……一体何が?」
独自の表記であるため、『帳簿』と呼ぶことにしたその内容は、驚くべきものであった。
「鉄が……2500万トン!? 桁は間違っていないよな、ジン?」
「ああ。……それに銅が90万トン、錫が30万トン……」
現代世界でいうと、西暦2020年の世界の粗鋼生産量1位は中国で10億5300万トンだという。
10位のイランでも2900万トンだ。
それに比べたら、金属資源豊富なこのアルスで、しかも戦時中ということで2500万トンは多いのか少ないのか。
ちょっと判断しづらい数値であった。
「それにしても、工房で使うには多すぎる気がするな……」
アーノルトが言う。
「……ジン、『最終兵器』に使ったのかな?」
「だとすると、相当大きな物だぞ、アーノルト」
「下手をすると、他の鉱山でも同じようなことが行われたかもしれないよ」
しかも、ここだけとは限らないわけで、他の鉱山からも資源を調達している可能性がある、とアーノルトは言った。
「……『アヴァロン』みたいなものを作ったとか?」
数を作ったにしては、戦後に発見される遺物が少なすぎる、と仁は感じている。
が、何か巨大な兵器を作ったなら、この資材の量に説明が付くし、それだけの遺物が発見されていない説明にもなる。
「そういうものを作るとしたら、どこになりそうかな?」
「うーん……僕も知らないが……推測するとしたら……『アヒ鉱山』の近くかも?」
「アヒ鉱山?」
仁Dを操縦している仁は、老君がモニタ上にセルロア王国北部の地図を表示してくれたのを見つめた。
「ああ、アスール湖の南西にある鉱山か」
「そうそう。優秀な鉱山で、ミスリルやアダマンタイト、魔結晶なんかも採れていたはずだよ」
「そういう優秀な鉱山の近くに工房があってもおかしくはないか」
「ジン様、それに戦略的にも、ボロロン平野……荒野に近いので、投入がすぐできますし」
「チェルの言うことにも一理あるが……もし戦況が押されて、その工房へ攻め込まれるという可能性は考慮しないのかな?」
この疑問にはチェルではなくアーノルトが答えた。
「おそらく、ロールアウト後に潰していると思うよ」
「そこまでしたのか……」
「それが当時の普通だったからね」
「うーん……」
「ジン、どうかしたかい?」
「いや、俺の知る限りでは、それだけ使ったはずの鉄もしくは鋼がまだ見つかっていないから、どこかに埋もれているのかなと思ってさ」
「ああ、そういうことか」
アーノルトはちょっと考え込んだ。
「ジン、……記録には残っていないのかい? ……その、『最終兵器』というか、とんでもない兵器が大戦末期に現れた、とか」
「ないなあ。……ノルド連邦にも残っていないぞ」
「そうか……だとすると、やはり使われずにどこかに埋もれたのかもしれないな。未完成ならそれはそれでいいけれど、完成していたりあとちょっとで完成する、なんてのを誰かが見つけたらまずいんじゃないかなあ?」
「アーノルト、フラグを立てるなよ……」
「なんだいジン、そのフラグって? 旗のことじゃないんだろう?」
「ああ、フラグってのは……」
仁Dは『フラグ』について説明した。
「なるほど、『言霊』の一種で、決定していないことを口にすると、その反動で悪い方に物事が転ぶ、というのかい」
「まあそんなところだな」
「信仰、というよりジンクス、といったところか」
「そう思っていてくれ」
「なるほど。つまり、その『最終兵器』が動き出すこともあるかもしれないというわけだ」
「そうなるな」
「わかった。気をつけよう」
それからも調査を続けたものの、特に発見はなかった。
「管理魔導頭脳もないし、保守ゴーレムもいないんだな」
「ジンの言うように、確かにちょっと変だね」
「でも、宿泊施設以外はきれいでしたし、定期的な掃除はされていると思います」
「わたくしもチェルさんの意見に賛成です」
「そうか」
「とすると、どこかに秘密の部屋があるわけだ」
まあ、秘密というか、わざわざ見取り図に書かなかった、というだけかもしれないが。
掃除用具入れをわざわざ書き込まない、そんなものかもしれない。
「それでしたら、多分このあたりではないかと」
チェルが、転移魔法陣のある部屋とゴーレム置き場の間を指差した。
「ありました」
右側をチェルが、左側を礼子が探ってみたところ、礼子の側に扉があったのである。
開けてみると、ゴーレム用の『ハンガー』に、2体のゴーレムが格納されていた。
「状態はいいね。おそらく互いに整備もしているんだろう」
「こうして休止しつつ、700年動いてきたわけか……」
アーノルトと仁Dはそのゴーレムをざっと調査するだけにとどめておく。
「結局、この施設に危険はなかったわけだな」
仁Dが言うと、アーノルトは頷きながらも、
「だけど、どこかに『最終兵器』が眠っている可能性が高まったよ」
と、少し渋い顔をした。
「どの辺にありそうか、見当はつかないか?」
「さすがになあ……」
これまでの700年間、何ごともなかったわけであるから、これからも何ごともなく過ぎて欲しい、と思ったアーノルトたちであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
お知らせ:
8月16日(月)は昼過ぎまで不在となります。
その間レスできませんのでご了承ください。
20210816 修正
(誤)
「そうか……だとすると、やはり使われずにどこかに埋もれたのかもしれないな」
「未完成ならそれはそれでいいけれど、完成していたりあとちょっとで完成する、なんてのを誰かが見つけたらまずいんじゃないかなあ?」
(正)
「そうか……だとすると、やはり使われずにどこかに埋もれたのかもしれないな。未完成ならそれはそれでいいけれど、完成していたりあとちょっとで完成する、なんてのを誰かが見つけたらまずいんじゃないかなあ?」




