80-23 過去の証人として
現地時間午後5時、『ハリケーン』は首都エサイアに戻った。
まずはこの日のまとめのため、小会議室へ向かう一同。
「まずはジン殿、『ルトグラ砦』とその地下施設の整備、お礼申し上げる。……これが、謝礼の目録である」
国王からの礼と、約束の謝礼の目録が渡された。
「アーノルト殿、チェル殿、ご協力感謝する。今後も我が国に、そしてこの世界に力を貸してほしい」
「もちろんです、陛下」
「わたくしはアーノルト様に従うだけです」
「それにつき、アーノルト殿とチェル殿に名誉国民の称号を与えようと思う」
これは、セルロア王国の国民であることを証明するものだが、税を払う必要はない。
「ありがとうございます」
「光栄です」
手続きがあるので、身分証明書の発行は翌日になるようだ。
「さて、アーノルト殿、帰路に古の基地を幾つかご存知と言っていましたな」
「ええ」
宰相が尋ね、アーノルトは肯定した。
「1つは、『オノユニ山』の真西にあったはずです。もう1つ、僕が知っているのは『ボロロン平野』の中央部付近にあった基地なのですが、それもなくなっているようですね」
「ボロロン平野? それはボロロン荒野のことですかな?」
「あ、そうです。当時は緑豊かな草原が広がっていたのですが、『魔導大戦』時に土壌が汚染されたようですね」
「なんと……!」
「ううむ、そうであったか……」
宰相は驚き、国王もまた顔を顰めた。
「『魔導大戦』については、実はよくわかっておらんのだ。というのも、記録があまり残っていないからだ。長寿の『北方民族』を含めても、な」
「当事者が『魔素暴走』で亡くなったからでしょうか?」
国王ボザールの言葉に、アーノルトが疑問を口にした。
「それは大きいだろうな。残っていたのは自分たちに都合のいいような戦争の記録ばかりであった」
「ああ、なんとなくわかります。当時のディナール王国軍部は、その、なんと言いますか……」
言葉を濁すアーノルトに、国王ボザールはストレートな言葉を投げる。
「……腐敗していた、と?」
「ええ、まあ……」
「今も昔も、長く続いた政権というものは、腐敗していくものらしいな……」
ゆえに心ある者たちが中興を行う必要がでてくる、とボザール。
確かに400年前のセルロア王国やフランツ王国は……と、横で聞いていた仁は当時のことを思い出すのであった。
「ええと、話を戻します。おそらく、より詳細で正確な記録は、戦場にしか残さなかったのだろうと思います。そもそも、『魔導大戦』について後世に書き残そうと思った者が何人いたことか……」
「むむ、そうなのか」
「そうなのですよ、陛下」
そのため、自分も絶望しかけたことがある、とアーノルトは口には出さず、心の中で思い出すのだった。
「そうすると、アーノルト殿は『魔導大戦』の証人ということになるのか?」
「いえ、僕も初期のことはほとんど知りません。後期になって徴用されましたから」
「うーむ、そうだったか。だが、それでも貴重な情報を持っているに違いない。もしも機会があれば、『アヴァロン』で講義をしてくれないか?」
「『アヴァロン』? ……ええと、『世界会議』の拠点でしたね?」
「おお、知っていたか。そのとおり。そこで臨時講師を務めてくれるとありがたい。同時にテキストにまとめてもらえるとな」
「そうですね、やりましょう」
「おお、やってくれるか」
「はい。ただし、もう少し先の話になるかと思いますが」
「うむ、それは構わない。……まずは残っている地下基地の調査からであるな」
「はい」
この日はそれで解散となる。
アーノルトとチェルはもちろん、仁と礼子も王城に泊まることになった。
翌日の午前中にもう一度話がしたい、と国王ボザールが言ったためだ。
* * *
「ああ、風呂が気持ちいい……」
あてがわれた部屋は浴室付きの貴賓室だったので、アーノルトは1人、風呂を堪能していた。
チェルはもちろん同室であるが、今回はアーノルトの邪魔をしないよう浴室には入らず、外で待機していた。
「ジン……か。当時に、彼のような技術者がいたら、戦争の行方も変わっていたのだろうか……いやそれ以前に、戦争は起きなかったかもしれないな」
とはいえ、歴史にもしもはない。
皆、今を生きるのみである。
アーノルトはゆっくりと風呂を楽しみながら、これからのことを考えるのであった。
* * *
「ここの風呂は広いんだよな」
仁もまた、礼子ともに貴賓室に泊まることになった。
当然、入浴を楽しんでいる。
「お父さま、お背中をお流ししましょうか」
「ああ、頼む」
アーノルトと違うのは、礼子も一緒に浴室にいることである。
「……そういえば、『魔導大戦』の全貌って、よくわかっていないんだよな」
要するに戦っていた当事者が『魔素暴走』で全滅したからに他ならない。
「前期くらいのことならエレナも少しは知っているかもしれないが……無理かな……」
当時のエレナは『黄金の破壊姫』の異名を持ち、敵味方関係なしにゴーレムや自動人形をひたすら破壊し続けていただけである。
そこに戦争中という意識はない。
「『ノルド連邦』も同じだよな……当事者は皆亡くなっているからな……それも、記録を残す暇もないくらいに」
その昔『デキソコナイ』が、より小規模な『魔素暴走』を起こしたことがあり、仁たちもその現場に居合わせたので、どれほど悲惨なことになるかは理解している。
『魔素暴走』に遭ったなら、まず即死は免れないのだ。
辛うじて、強力な『魔法障壁』を展開できれば凌げるのだが。
「『北方民族』はあまり詳細な記録を残すことをしないみたいだしなあ」
民族的な特徴なのか、『ノルド連邦』には過去の記録が少なかったので、仁としても残念に思っていた。
「ああ、長寿なのも理由かもな」
記録に残さずとも、昔のことを知っている者が多いなら、語り継ぐだけで十分と考えているのかもしれない。
そのせいで、『デキソコナイ』が起こした『魔素暴走』で過激派系の氏族が全滅しており、彼らが知っていたはずの歴史が永久に不明となってしまったのである。
過激派の氏族は『魔導大戦』時も積極的に前線に出ていたであろうから、戦争の実態に詳しかったはずなのに。
一度、北方民族とエレナも交え、『魔導大戦』についてまとめてみるのも面白いかな、と考えた仁である。
「まあその時はヴィヴィアンにまとめてもらうことになるだろうな……」
その日は近い……のかもしれない。
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