80-14 飛行の行く先は
初めて『ハリケーン』に乗ったアーノルトの興奮が少し収まったのを見計らい、仁が質問を行った。
「さっき『熱飛球』とか『熱気球』と言ったが、どっちが正式名称なんだ?」
「うん? ああ、一般には『熱を使って空を飛ぶ球』という意味で『熱飛球』が使われているが、僕は『熱気』で飛ぶ球、だと思っているから『熱気球』と呼んでいるな。……で、僕の主張に賛同してくれる人も幾人かいたなあ」
「そうなのか。俺は『熱気球』って呼んでいるぞ」
「おお、同志よ」
そう言ってアーノルトは笑った。
「ご主人様、まもなく『オノユニ山』上空を通過します」
操縦士のホープが教えてくれた。
「オノユニ山だって? 懐かしいなあ……!」
「まあ、待て」
仁は窓のところへすっ飛んでいこうとするアーノルトを制し、『ハリケーン』の床窓を開けた。
「お、これはいいな!」
「だろう?」
下方を見るにはもってこいの床窓。
アーノルトは這いつくばるようにして、眼下に広がる風景を食い入るように眺めた。
「ああ、オノユニ山だ……少し、谷筋が変わったかな? 700年も経てばなあ……ああ、幕営地の地形はそのまま残ってるな!」
懐かしそうな呟き。
仁はホープに高度を下げてオノユニ山の周囲を旋回するよう指示を出した。
「お? ……ありがとう、ジン。……こうして空からオノユニ山を眺められる日が来ようとはな……鳥になった気分だよ」
熱気球で飛んでみたいと思ったこともあったが、あれは軍用なので一個人が使うことなど当時は夢のまた夢だった、とアーノルトは言った。
* * *
オノユニ山の周囲を4周した後、『ハリケーン』は少し高度を上げ、再び北を目指した。
「ああ、ボロロン平野か……!」
「今はボロロン『荒野』と呼ばれていますけどね」
「そうなのか。……ここは牧草地だったのが、『魔導大戦』で荒廃してしまった。だが、700年も経っても荒れたままとは……ああ、そうか!」
何かに思い当たったのか、アーノルトは大声を上げた。
「どうした?」
「『重金属汚染』だよ」
「汚染か……」
「ああ。ここで両種族の存亡を賭けた、といっていいほどの戦闘があったんだ。結果、人類が負けたんだが、その時にここに重金属のイオンをばらまきやがったのさ。……敵がやったのか味方がやったのかは僕にはわからないが」
「どちらがやったにせよ、とんでもないことをしてくれたものだな」
「あの時は、皆、正気じゃなかったからな」
自らの将来を狭めるような行為も、『今』を乗り切るために容認された……そんな時代だった、とアーノルトは言った。
「なるほど、だから植物がほとんど生えないのか……しかし、どれだけの面積を汚染したんだ……」
仁の声には少し怒気が含まれていた。
「これだけの面積を浄化するのは相当大変だろうな」
「同感だね。汚染するのは短時間でできるけれどね」
大雑把に見ても、5000平方キロメートルはあると思われた。
1日1平方キロメートルを浄化しても、5000日……14年近く掛かる計算である。
「セルロア王国に報告したほうがいいな……」
国家規模の事業になるだろうなと仁は思ったのである。
* * *
それからも『ハリケーン』は飛行を続け、セルロア王国北側の国境に差し掛かった。
そう、『クリューガー大山脈』である。
「うわあ……まさか空からこれを見られるとは思わなかったよ……!」
憧れの山域を目の当たりにして、アーノルトは上機嫌だった。
「ああ、氷河が掛かっている……山頂付近は万年雪に閉ざされて……まだ寒いだろうなあ……」
『ハリケーン』は東方向へと向きを変え、クリューガー大山脈の上をなぞるように飛んでいく。
アーノルトは、憧れていた山域を上空からとはいえ見ることができてご満悦だ。
「そういえば、このあたりはもうセルロアじゃないんだろう?」
「ああ、フランツ王国だな。もう少し行くとクライン王国になる」
「大丈夫なのか? 越境ってうるさいんじゃ……」
「あ、それなら大丈夫だ。俺は各国間の移動はフリーパスだから」
「はあ、なるほど。『魔法工学師』だから、か」
「そうなるな」
「たいしたものだ」
そう言っている間にも『ハリケーン』はクライン王国に入った。
「もう少しでクリューガー大山脈の最高峰タイカゾ山が見えてくるはずだ」
「お、あれか! この目で見られるとはな! ……うわ、あれがそうだな!!」
向かって左手前に第Ⅱ峰、奥に第Ⅰ峰がそびえている、
どちらも白銀の雪を頂き、神々しい。
「あの頂に立ってみたかったなあ……」
「今ならできると……いや、そうか」
アーノルトの言葉になにげなく返した仁だったが、その内容の食い違いに気づき、言葉を途中で飲み込んだ。
いくら『人間そのもの』の身体とはいえ、やはり生身とは違う。
登頂の達成感は小さいだろうなと察した仁であった。
* * *
「さて、ここで提案がある」
タイカゾ山を間近に眺める場所に『ハリケーン』は停止。
仁はアーノルトとチェルに、重要な選択をしてもらうことにした。
「なんだろう?」
「なんでしょうか?」
「これからの行き先だ」
仁はそこで言葉を切り、アーノルトとチェルの表情を見つめた。
2体とも自動人形ではあるが、感情が表情に出るという稀有な構造なのだ。もっとも、どちらも仁が手掛けたものであるが。
「行き先?」
「……来たルートを戻るか、このまま東へ行くか、南へ行くか、それとも……北へ向かうか」
東へ向かえば、旧レナード王国北部をかすめて海である。
南はクライン王国。
そして、北は……。
「魔族領……いや、『ノルド連邦』か」
「そうだ」
「なるほど、ジンがあらたまって聞いてきたわけがわかったよ」
「どうする?」
「その前に、確認させてくれ。……ジンは、『ノルド連邦』に知り合いがいるんだな?」
「うん、いるよ」
「わかった。……北へ向かってくれ」
「いいんだな?」
「うん」
「よし」
そんなやり取りを経て、『ハリケーン』は北へと舵をとったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210728 修正
(誤)「おお、同士よ」
(正)「おお、同志よ」
20211117 修正
(旧)その時にここに重金属のイオンをばらまきやがったのさ」
(新)その時にここに重金属のイオンをばらまきやがったのさ。……敵がやったのか味方がやったのかは僕にはわからないが」
(旧)「とんでもないことをしてくれたものだな」
(新)「どちらがやったにせよ、とんでもないことをしてくれたものだな」




