80-10 勘
チェルの整備と改良をどこで行うか、仁Dは考えた。
「管理魔導頭脳室がよさそうだ」
そこであれば、仁Dとしても、気になっていることを確認することができるかもしれない、という目算もある。
そういうわけで、仁D、礼子、チェル、『ハーン』らは管理魔導頭脳室へと赴いた。
そして仁Dが説明をすると、管理魔導頭脳は快諾したのである。
『おお、もちろんいいとも。チェルのハンガーは向かって右の扉を開けた部屋にある』
チェルの格納場所は管理魔導頭脳室の隣だったということだ。
『ハーン』がチェル用のハンガーを持ってきてくれたので、チェルは自らそこに身体を固定した。
「それではジン様、よろしくお願いいたします」
「うん。では『ハーン』、チェルを停止させてくれ」
「はい。『停止せよ』」
チェルは停止した。
仁Dは礼子に頼み、チェルの衣服を脱がせていく。
「それじゃあ、『魔法外皮』を取り外すのは頼んだ」
「わかりました」
その間に仁Dは、素材の準備を済ませておくことにする。
骨格が軽銀であることはわかっているので、64軽銀にするためのアルミニウムとバナジウムを準備。
その間に礼子はチェルの魔法外皮を取り外してくれていた。
「ふむ、やっぱり純度がよくないな。……『純化』『合金化』『均質化』」
まず純度を上げたあと、合金化していく仁D。
「内部を発泡化して軽量化するか」
今のチェルの体重はおよそ60キロ。身長は160センチくらいなので、仁としてはあと10キロくらいは軽量化したかったのである。
もちろん関節にはアダマンタイトコーティングを施す。
そして『魔法筋肉』や『魔導神経』なども交換。
『魔素変換器』と『魔力炉』も交換し、出力を再調整。
『隷属書き換え魔法』対策も施し、セキュリティも向上させた。
各種センサーも、劣化しているものは交換し、機能、つまり感度と精度をアップ。
最後に全体のバランスを取り直し、再組み立てすれば完了だ。
『見事だな、ジン殿』
仁Dの作業を見守っていた管理魔導頭脳が感嘆の声を漏らした。
『チェルの基本構成は変えずに、ボディを一新してしまった』
「これでよかったのかな?」
『もちろんだ。何を気にしている?』
「いや、構成部分を更新し続け、元からの部分がなくなった場合の……」
『テセウスの船』というパラドックスである。
同じような疑問は『旧ディナール王国』にもあったようで、管理魔導頭脳はすぐに仁Dの言いたいことを理解した。
『ああ、わかった。我々もそういう哲学的な問題を考えていたからね』
「それで?」
『『我々の認識次第』という結論になったよ』
「つまり、周囲……観測者が認めれば『その存在』であるということか」
『そうだ』
「その場合、意見が異なる者がいたらどうなる?」
『その者にとって、ということでいい』
「『その存在』であると思う者にとってはその存在であり、違うと思う者にとっては異なる存在だというのか」
『そうだ。この世の中の存在は、認識されてこその存在だからな』
『シュレーディンガーの猫』にちょっと通じるものがあるな、と仁Dは感じたが、管理魔導頭脳の言うことに納得したのである。
「……それじゃあ、ついでだから聞くぞ? 今回、俺はチェルの部品の大半を交換したわけだが、その古い部品を集めて自動人形を組み立てたとしたら、どっちがチェルになるんだ?」
自動人形やゴーレムの場合、存在を存在たらしめている『制御核』の内容は複写できるので、こういう議論も意味がある。
『どちらもチェルだ。ただし、『古い』『新しい』という差があるので、チェル1、チェル2というような区別をする……かもしれない』
「なるほど」
思考実験はここまでにして、仁Dはチェルを起動することにした。
もちろん、管理魔導頭脳に任せる。
『わかった。……『起動せよ』……』
「はい、製作者様」
チェルが起き上がった。
「チェル、身体の調子はどうだ?」
仁Dの言葉に対し、チェルは不器用に身体を動かす……。
そして、少し悲しそうな顔で返答した。
「調子は悪くないようですが、思ったように動かせません。何か悪いのでしょうか」
「いや、そうじゃない。パワーと体重の比率が大きく変わったんで、最適化できていないだけだ。だから最初はゆっくり動いて、徐々に速度を上げていけばいい」
「わかりました、やってみます」
仁Dは、あえて『アドリアナ式』のチェック動作をインストールしなかった。いや、何も付け足すことはしなかったのだ。
ゆえに、チェルの制御核は元のままである。だからすぐにはボディの制御をうまく行えなかったのである。
仁Dはチェルの動きが次第に滑らかになっていくのを見ていた。
「だんだんよくなってきたな」
「はい、慣れるとすごく動きやすいですね!」
およそ20分ほどで、チェルは新しいボディを完全に把握したようである。
「ありがとうございました、ジン様」
「うん、よかったよ。ところでチェル、命令権の優先度はどうなっている?」
「はい。……え!? 前と……変わっていません」
「そうか。それはよかった。……管理魔導頭脳、1つ聞いていいか?」
『なんだろうか? 私に答えられることなら、何でも聞いてくれ』
「ありがとう。……君には、『アーノルト』という技術者の人格……記憶の、最低でもその一部が保存されているのではないか?」
この質問に一番驚いたのはチェルであった。
「なんですって!? ……アーノルト様の……?」
『ジン殿、どうしてそのような結論に至ったのか、聞いてもいいかな?』
管理魔導頭脳は答える前に、仁に質問を返してきた。
「もちろん。……といっても『勘』だけどな」
『勘、か……』
「勘というのは、意識下において経験や知識を元に推理や憶測をし、もっとも可能性のありそうな事柄を意識の表層に浮かび上がらせたもの……という説がある」
『なるほど』
「そんな理屈は抜きにして、俺は君が『アーノルト』だと感じたんだ」
『……』
「管理魔導頭脳……あなたは、アーノルト様、なのですか?」
チェルの質問に、管理魔導頭脳は……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日は 異世界シルクロード(Silk Lord) も更新しております。
https://ncode.syosetu.com/n5250en/
お楽しみいただけましたら幸いです。
20210724 修正
(誤)「勘というのは、意識化において経験や知識を元に推理や憶測をし、
(正)「勘というのは、意識下において経験や知識を元に推理や憶測をし、
(旧)各種センサーも、劣化しているものは交換し、機能アップ。
(新)各種センサーも、劣化しているものは交換し、機能、つまり感度と精度をアップ。




