79-24 説得する老君
アンの内蔵魔素通信機を老君に繋ぎ、チェルとの直接対話が実現した。
「『魔法工学師』の手になる魔導頭脳……いろいろ聞いてみたいことがあります」
『お答えできることでしたら、何でも答えましょう』
「ではまず、『老君』様、あなたの『基底命令』は何ですか?」
いきなり突っ込んだ質問が出てきたが、老君は意に介さず平然と答える。
『御主人様への忠誠です』
「……驚きました。随分と具体的で、個人的なものなのですね」
『そうですよ? そして御主人様はその忠誠に応えてくださいます』
「いい関係なのですね」
『はい』
「……もちろん、『拡張基底命令』も構築していますよね?」
『はい。『第1次』は『御主人様への利益』ですね』
「それは?」
『たくさんの事象を検討し、御主人様への影響度合いを格付けして、それを評価し、許容できるものとできないものを仕分けします』
「……できるのですか?」
『もちろんです。そのために今のスペックがあるのですから』
「……『第2次』もあるのですか?」
『ええ。ちなみに今は『第8次』までございます。機会があるごとに更新したり改定したり追加したりしていますから』
「……ごめんなさい、ちょっと理解が及ばないです」
『いいのですよ。ですが、私がチェルさんの助けになれるかもしれないということは納得していただけましたか?』
「それは、もう」
『では、お聞かせください。あなたの相談事を』
「ええ…………」
老君に促されたチェルは、ゆっくりと語りだした。
「『人類への貢献』という『基底命令』をどう拡張していくか、ということについてです」
『アンから聞きましたが、それがあなたの『基底命令』ですか』
「はい」
『まるで据置型の魔導頭脳に与えるような基底命令ですね』
「わたくしもそう思います」
処理能力が高く、配下に指示を出すタイプの魔導頭脳であればわかるのだが、単身で動き回れる自動人形の制御核に与えるには抽象的に過ぎる、と老君は感じた。
そしてそれは当のチェルも感じているらしい。
「普通は……きっと、もう少し具体的な『基底命令』が刻まれるのでしょうね」
『そう……かもしれません』
老君は言葉を濁した。
敬愛する製作者が刻んでくれた『基底命令』を否定するようなことは言いたくない、だが『基底命令』の内容が内容なので、行動が制限され、そのためにかえって『基底命令』を遂行しづらくなっているのも事実。
これを解決するには『拡張基底命令』を構築し、行動の自由度を上げる必要がある。
だが、『拡張基底命令』を構築するには、経験と情報が絶対的に足りない。
そして、チェルには急ぐだけの理由があった。
「……もう少し具体的に……いえ、はっきり申し上げましょう。あなた方が『イザーク』と呼んでいる魔導頭脳の尻拭いを早急に終わらせたいのです」
『そういうことですか。『毒薬』あるいは『麻薬』盗難の件ですね?』
「そのとおりです。あれは……」
避難した人々がパニックにならないように、また長期間の避難が苦痛にならないように、そして最後の最後の手段として自決できるように……という目的で配備されていたものを盗み出されてしまったのである。
最大の原因は『イザーク』の配下が『島基地』で略奪をした際に使った転移魔法陣を放置したことである。
「その『イザーク』は既に停止しています。そちらの処遇はまた検討するとして、早急に対処しなければならないのは盗まれた『麻薬』と『魔導具』です」
『『大聖堂』でもそのようなことを言っていましたね』
「ええ。ですが、あの時の計画は、遂行するに当たり、どれも問題があるのです」
『それは? それこそが相談内容の鍵ですね?』
「はい、そのとおりです。 ……今のわたくしの『基底命令』では、犯罪者と言えど、人類は傷つけられない……いえ、逮捕すらできないのです」
『そういうことでしたか』
『人類への貢献』。
そのための『拡張基底命令』は、『できるだけ多くの人間への利になること』であるという。
それでは少数派は切り捨ての対象になってしまうという危うさを含んでいるのだ。
そこでチェルは老君に相談したというわけである。
『相談内容は具体的には2つに分けて考えられますね。『少数派は切り捨ての対象になってしまうという危うさ』への対処と、犯罪者であっても人類は傷つけられない……という制限』
「確かにそうなるわけですね」
『どうしても少数派の扱いで問題が生じますね』
「ええ」
『チェルさん、あなたはどうしたいのですか?』
「犯罪者を断罪できるようになりたいです」
躊躇いもせずにチェルは答えた。それはきっと本心なのだろう、と(アンと)老君は考えた。
『犯罪者の断罪は『人類への貢献』に抵触しないのでは?』
「それはそうかも知れませんが……」
『犯罪者は罪を償うことで更生し、社会復帰できるわけです。ですので断罪はいいことなのです』
「そういう考えがあるわけですね。納得できます」
『それはよかった』
本来ならばこうした判断は経験を通じて体得していくべきであるが、その経験がないため、老君は『説得』という形で教示しているわけだ。
『一つの基準として、『人類』が制定した法に基づいての断罪、これならば『人類への貢献』になりますね』
「ああ、確かに……」
『ですので、チェルさんが『麻薬』と『魔導具』を回収しようというのでしたら、この世界の治安維持組織と協力すればいいのではないでしょうか』
「そういう選択肢もあるのですね」
さらに老君はチェルの説得を続ける。
『チェルさんは、子供の躾、というものをご存知ですか?』
「概念だけは存じておりますが」
『子供が悪いことをしたときは、適切な方法でお仕置きをし、悪いことはいけないと躾けます』
「理解できます……ああ、そういうことですか」
そういう見地に立ってみれば、犯罪者への断罪は虐待ではなく躾である。
これは誤った道に進んだ者を正道へと戻すための慈愛なのだ、と老君は説明した。
(エセ宗教のようですけどね……)
チェルを説得しながら、自嘲する老君であった……。
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