79-22 チェルの判断
『捜理協会』の『大聖堂』内『礼拝堂』で行われている『朝の礼拝』。
その場では『ファナ』が焚かれ……つまり、依存性のある覚醒効果を持った煙が充満し……ており、同時に『暗示』の効果を持つ魔導具が使用されているようだった。
そして何を『刷り込まれて』いるのかといえば。
『世の人々を救うのは平等ではなく公平さである』
『信者以外との接触は極力控えよ』
『力あるものは弱きものを助け、富めるものは貧しきものを救い、健康なものは病弱なものを労るべし』
『一致団結し、協会の理想のために努力せよ』
『教義を一般大衆に教えてはならぬ』
『世界の平和と安定に寄与すべく日々を送ろう』
『聖女を敬い、導師を尊び、協会に忠誠を』
切れ切れに聞こえてくる声を補完してみると……というような内容であった。
〈5パーセントほどは推測による補完が入っているけれど、それほど大きく間違っているとは思わないわ〉
〈そうですね〉
チェルとアンは5倍速の超音波で会話を行っているため、人間の耳には聞こえていない。
〈もっともらしい教義の合間に、洗脳を行っているようね〉
〈そうですね〉
〈……盗まれた『ファナ』がこんなことに使われているのは見過ごせないですね〉
〈ですが、どうするのですか?〉
〈どうしようかしらね……選択肢は幾つかあるのですけれど〉
〈それは? 参考までに、その選択肢を聞かせてください〉
〈別に構いませんが……アンさん、あなただってそのくらいのこと、考えついているのではありませんか?〉
などと言いながらも、チェルはアンに『選択肢』を語った。
1.この場で『暗示』の魔導具を奪還し、『依存症』を治療し、施設を破壊してでも『ファナ』を奪還する。
2.この場は一旦引き、秘密裏に『暗示』の魔導具を奪還。対象が就寝中に『依存症』を治療。『ファナ』の栽培地を探し出し、焼却する。
3.『捜理協会』に入信したふりをして内部に入り込み、1を行う。
4.然るべき組織に通報、取り締まってもらう。
5.この場で『大聖堂』を破壊。聖女、導師らを捕らえ、監禁する。
6.何もせず、放置。
かなり過激なものと、論外なものも混じってはいるが、確かにおおよそはアンが考えたものと酷似していた。
〈その分類で行きますと、2か4がいいと思いますが〉
〈そうですね、2で行きましょうか〉
〈そうしますと『ファナ』の栽培地を見つけるのが最優先ですね〉
〈ええ。多分一般の信者は知らないでしょうね。導師か聖女に聞いてみるのが一番じゃないですか?〉
〈そうですわね。でもその2人……いえ、何人いるのかは不明ですので人数は決めるのをやめましょう〉
聖女は3人ほどいるらしいのでこの判断は賢明である。
〈ですが、『魔導具の奪還』や『依存症』を治療、『ファナ』の栽培地を焼却……どれも一筋縄ではいきませんよ〉
〈それはわかっています。ですから、……そのためにも『魔法工学師』の力を借りたいのです〉
〈それに、その3つを実行したあとの『捜理協会』はどうするつもりですか?〉
〈何もしなくていいのでは?〉
〈はい?〉
〈つまり、悪事……というよりも、人を害する手段を奪ってしまえば、あとは好きにさせてもいいと、そう言っているのです〉
〈それでいいと言うのですか?〉
アンの詰問に、チェルは静かに頷いた。
〈わたくしは、この世界に過ぎた干渉をするつもりはありませんから〉
〈過干渉はしない?〉
〈ええ。本来なら、わたくしは目覚めることなく『第2地下』で眠っているはずだったのですから〉
それは『ハーン』も同じである、とチェル。
〈わたくしたちの基地が所有していた薬(毒)草の種と魔導具を取り返すことは正当な権利だと思いませんこと?〉
〈……確かにそうした権利はあるでしょうね……ですが、できるのですか?〉
〈アンさんが協力してくれるのであれば、より簡単に〉
〈具体的な作戦はもうできあがっているのですか?〉
〈不確定要素の排除が90パーセントで止まっていることを除けば〉
〈さすがですね〉
〈アンさんだって大体のことは思いついているでしょうに〉
〈それは、まあ〉
今のチェルは、アンの能力について過小評価はしていない。
少なくとも自分と同等の『制御核』を持ち、『ハーン』よりも強力なパワーを発揮できる、と分析していた。
とはいえあくまでもそれは定性的な分析であり、本来なら定量的な分析をするはずがデータ不足のためできないでいるわけだ。
〈どうでしょう、アンさんのご主人様とやらは協力してくれないでしょうか?〉
〈……どうでしょうか……そういった相談を行うなら、もう一度『島基地』に戻りませんか?〉
〈確かにそうですね〉
そういうわけで、わざわざクゥプへ出てきたチェルたちであったが、もう一度『島基地』に戻ることにしたのであった。
* * *
こうした超音波帯域での会話も、老君は聞いているし、仁に報告も行っている。
『御主人様、いかがでしょうか?』
「『捜理協会』を無害化し、被害者を治療するわけか……」
『問題は、組織自体を潰すことはせず、放置する、という点ですね』
「それ自体はいいような気がするが」
『はい。チェルさんの倫理観は悪くないと判断いたします』
老君も、チェルの判断を支持する、という。
『チェルさんらはいきなりこの時代に現れた異分子です。ですので必要最小限の修正……この場合は盗品の回収ですね……を行い、後のことはこの時代の人々に委ねる、ということでしょう』
単なる放置とは違う、と老君は言う。
「ただなあ……『ファナ』がなくなり、『暗示』の魔導具も回収し、依存症の人がいなくなったら……例えば『世界警備隊』だって『捜理協会』を糾弾できないぞ?」
物的証拠が何もなくなるから、と仁はそのことを危惧していた。
『そうですね。そのへんを踏まえ、『世界警備隊』に引き合わせることも検討すべきでしょう』
「つまり、『世界警備隊』と共に『捜理協会』に『手入れ』をするということか?」
『そういうことになります』
「……悪くはない、か……」
ただ、『世界警備隊』には『北方民族』……チェルらのいう『魔族』もいる、という点が心配な仁である。
『それはわかります。ですが、私の予想によりますと、きちんとした手順を踏んでの状況説明を行えば、『北方民族』への攻撃は行わないだろうと思われます』
「そうか……」
そこで仁は老君とさらに話し合い、まずはチェルの真意を確かめ、それによって今後の対応を決めることにしたのである。
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20210625 修正
(誤)『御主人様、いかでしょうか?』
(正)『御主人様、いかがでしょうか?』




