79-21 朝の大聖堂
いつしか日付が変わり、2月20日の早朝になっていた。
アンとチェル、ハーンは話を切り上げ、クゥプへと向かう準備をする。
準備と言っても、各自の役割をきっちりと決めることである。
ハーンはこれまでどおりに護衛のゴーレムとする。
アンは侍女役。
そしてチェルが、観光にやって来た商家のお嬢様、という役割がいいのではないか、ということになった。
「商家のお嬢様、ですか」
「ええ。貴族ではちょっと重いと思うのです」
「なるほど。そのへんの判断はアンさんに任せましょう」
「問題は服ですね」
「ああ、確かに」
アンもチェルも、いわゆる『侍女服』を着ている。
そういう役割なので当然なのだが、お嬢様が侍女服を着ているというのはいかにもおかしい。
「では、こうしましょう。……一旦わたくしめが単身クゥプに行き、服を調達してきます。それに着替えてから改めてでかけましょう」
「そうですね。アンさんの提案がよさそうです」
「では、早速行ってまいります」
「よろしくね」
一晩語り明かした結果、チェルの『ツン』の部分が随分丸くなった、と感じたアンである。
* * *
蓬莱島では、仁と老君が衣装の準備をしていた。
仁は朝食を済ませ、昨夜行われたアンとチェルの会話をダイジェストで聞き、チェルの機能の高さに感心していたところである。
『御主人様、どんな服がいいとお思いですか?』
「え? うーん、俺に聞くか……」
『はい。『第5列』用のコスチュームからお選びいただけるといいのですが』
わざわざ買いに行かずとも、『第5列』用に様々な服が用意されているのである。
素材も超レア素材から一般的な服地を使ったものまで。
「老君の意見は?」
『そうですね、町娘用のちょっと高級な服、といったところでしょうか』
「うーん、そうだな。それくらいかな」
仁もあまりファッションには自信がない。
商家のお嬢様と言われても、どんな格好がいいかすぐには思いつかないのだ。
「白のブラウス、ダークグリーンのロングスカート風サロペットに薄いピンクのスカーフ……でどうだろう」
『無難でよろしいかと』
「よし。……あ、靴はどうだ?」
『チェルさんは黒いフラットソールの靴ですので、まあそのままでいいのでは?』
「じゃあ、帽子を追加しよう。白い、つばの大きい帽子だ」
『わかりました』
こんな相談を30分もしていたので、アンがクゥプに行って買ってきたのと同じくらいの時間が経過した。
なので転送機で老君がアンのもとへ送り込み、それを持ち帰っても不自然ではない。
まあ、現地時間が午前5時なので、そんな早くから開いている店がないであろうという問題はあるのだが、そこはもし突っ込まれたら知り合いの店とか叩き起こして売ってもらったとか言い訳をするしかない。
そんなことを仁が言ったら、老君が別の案を出してきた。
『それでしたら『第5列』のデネブ25、『ミア』に借りた、ということでもよろしいかと』
「ああ、それでもいいな」
『チェルさんは、ああ見えてアンのことを信用しているようですから、あまり詮索はしない可能性が高いです』
「それならそれでいいけどな」
そして仁と老君は、成り行きを見守ることにしたのである。
* * *
「この服はいいですね。なんとなくそれらしく思えます」
そして老君の予想どおり、チェルはアンがどこから服を調達してきたか、いっさい詮索せずにその服に着替えたのである。
「では出かけましょう、アン、ハーン」
「はい、お嬢様」
演技開始である。
* * *
転移魔法陣を使い、クゥプ郊外に出、徒歩で町に入る。
「あれが『捜理協会』の大聖堂です」
「ふうん」
真っ直ぐに歩いていくチェル。
蓬莱島の仲間とは違い、内蔵魔素通信機での会話ができないのが不安である。
そこでアンは一計を案じた。
〈チェルさん、3万ヘルツでの会話は可能ですか?〉
〈ええ、できますが〉
〈それでは、聞かれたくない会話はこの周波帯で行うというのはどうでしょう?〉
〈いいと思います。どうせ聞こえないのなら、5倍速くらいでの会話にしませんか?〉
〈いいですね〉
そういうわけで、アンとチェル、ハーン間の密談は超音波帯域で行うことになったのである。
そんな相談をしているうちに大聖堂前へやって来た。
時刻は午前7時。『朝の礼拝』と呼ばれる時間である。
大勢の信者が大聖堂へと向かっていた。その中に紛れ、入り込もうとしたのだが、ゴーレムのハーンが目立ちすぎ、入り口で止められてしまった。
「一般の方はこちらではなく、あちらの出入り口からどうぞ。それからゴーレムは入堂できません」
「まあ、そうなんですの? ……ご案内、ありがとうございます」
一応礼を言って引き下がり、一般参詣客用の入場口へと向かった。
ハーンは外で待機してもらい、アンとチェルが中へ入る。なおその際、浄財1000トールを払ったアンであった。
〈これが内部ですか。……ちゃちな作りですね〉
〈ええ、見せかけだけは立派ですが〉
解析機能にも優れているチェルは、すぐにこの大聖堂が杜撰な作りをしていることを見抜いている。
〈朝の礼拝って何をしているのでしょうね〉
とアンが尋ねるともなく独り言のように呟けば、チェルは顔を顰め、
〈……麻薬……『ファナ』の臭いがします〉
と口にしたのだった。
〈それはどちらから?〉
〈向こうの大ホールからよ〉
〈そこで朝の礼拝をしているはず。……100人を超える信者に対し、『ファナ』漬けにするとは……〉
〈どうします?〉
〈乱入して『ファナ』を回収したいところですが、今はまずそうですね〉
さすがに一般の信者たちを巻き込みそうなので、今はやめておくとチェルは言った。
〈朝の礼拝の内容が聞こえますか?〉
〈……ちょっとまだ遠いわね〉
〈では、もう少し近付きましょう〉
〈ええ〉
アンとチェルはじりじりと礼拝堂に近付いていった。
そして警備員に、ここから先は一般の信者では入れない、と
やんわりと断られてしまう。
〈ここが限界のようね〉
〈なにか聞こえますか?〉
〈ええ、ここまで近付いてもらえれば、なんとか切れ切れですが聞こえます〉
《……平等ではな…………公……を》
だが、はっきりとは聞こえないので、半分以上を類推しなければならない。
そして、そうした処理能力も高いチェルであった。
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本日6月24日(木)は14:00に
異世界でホムンクルスになっていたのでスローライフを目指す
https://ncode.syosetu.com/n8402fn/
を更新します。
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20210624 修正
(誤)いつしか日付が変わり、2月19日の早朝になっていた。
(正)いつしか日付が変わり、2月20日の早朝になっていた。
(誤)100人を越える信者に対し、『ファナ』漬けにするとは……〉
(正)100人を超える信者に対し、『ファナ』漬けにするとは……〉




