77-10 意地と意地
「ジン兄、それは?」
仁が、『あの2機には、決定的な違いがある』と言った、その理由をエルザは尋ねた。
「機体の構造だ」
「あ」
ルビーナの『ナイルⅤ』は構造材に外板を張るという旧来のトラス構造であるが、ゴウの『メイストーム』はモノコック構造である。
モノコック構造の利点は軽くできることであるが、一体化した機体構造の一部が破損すると全体の強度バランスが崩れ、形状が歪むという欠点がある。
そもそも大型機には向かない構造なのだが、小型機ということもあり、ゴウは巧みに実現していた。
それが今、仇になっている。
一方、トラス構造は構造材で強度を出した上に形を整えるために外板を張っているので、外板のダメージには強い。
「……想定した範囲で使っているならモノコックはいいんだがな」
仁は、『メイストーム』の機体全体に歪みが出ていることを見抜いていた。
「でも、もう1つファクターがあって、それがどう作用するかな?」
「それは?」
「機体の翼面荷重だ」
2機共にダメージは大きく、飛行速度も半分以下の時速200キロ程度に落ちている。
歪んだ主翼のせいで、速度を出すと気流が乱れ、機体の挙動が制御できなくなるおそれがあった。
この時速200キロと言う数値は、ルビーナの『ナイルⅤ』にとっては安定して飛べる下限であるが、ゴウの『メイストーム』にはまだ余裕があった。
* * *
『2機とも、満身創痍ですが諦めずバトルを再開!』
アナウンスに観客席が沸いた。
夕立は小降りになっており、雹はもう止んでいた。
空の雲も少しずつ減っており、暮れていく空に2機は大きな弧を描く。
風防が砕けてなくなっているので、人間だったら操縦不能になっているところだが、両機とも操縦ゴーレムは平然と機体を操っていた。
しかし、性能低下は著しく、旋回半径は大きいし、エンジン出力も上がらないように見える。
おそらくエンジン部分にも少なくないダメージがあるのだろうと思われた。
こうなると、意地と意地の勝負ともいえる。
『思わぬアクシデントを乗り越え、2機はまだ飛んでいます! 満身創痍のその機体で繰り広げるバトル! どちらにも勝ってもらいたいですが、勝者は1人!』
日が傾き、気温が下がって水蒸気の補給がなされなくなったため、雲も発達することなく、消え始めていた。
そんな夕立雲の名残へと、ルビーナの『ナイルⅤ』は向かっていく。追撃する『メイストーム』。
機体が夕日を受けてきらりと光った。
* * *
「1つ、疑問があるんだけど」
「どうした、エルザ?」
食い入るように2機のバトルを見つめていたエルザが、ふと我に返ったような顔で口を開いた。
「相手を追いかけない、という選択はないの?」
「え……」
確かに、それは禁止されていないし、当然実行可能である。
だが、それをしたら競技自体が成り立たない。
「うーん……おそらく、失格になるんじゃないかな?」
「あ、なるほど」
ボクシングや柔道などの試合で、相手に近寄らず逃げ回っていると、『指導』になったような気がする……と、仁は考えていた。
「そういう判定を下すのが誰かは知らないけど、通常は審判員がいて判断するんだろう。この競技でそういうシーンはまだ見かけないけど」
「ん、わかった」
エルザの疑問を否定するかのように、『ナイルⅤ』は上昇を続け、『メイストーム』はそれを追っていく。
「ルビーナは何を考えているんだろう」
仁にも、今のところ見当がつかない。
だが。
「ああ、そうか!」
高積雲に向かう『ナイルⅤ』を見て、仁はルビーナの意図を察した。
「ジン兄?」
「ほら、見てみろよ」
今、『ナイルⅤ』は高積雲に突っ込んだところ。
後を追う『メイストーム』も、躊躇うことなく後を追った。
高積雲は水の粒でできた雲である。その高度は2000メートルから7000メートルと言われており、この雲は3000メートルほどの高度であった。
氷の粒ではないので、ダメージは受けないはずだが……。
* * *
風防がないまま、雲の中に突っ込んだ『ナイルⅤ』。
特別性の視覚を持つゴーレムが操縦しているからこそ、ルビーナは敢行したのだ。
赤外線でなら雲の中でもある程度視界を確保できる。
だがゴウの『メイストーム』は違った。
氷の粒はないことを知識として知っていたがゆえに、ゴウは『メイストーム』を雲に突っ込ませたのだが、その結果はホワイトアウト(視界一面が真っ白になってしまう現象)。
とはいえ操縦者はゴーレム、人間のようにパニックに陥ることはない。
雲の大きさから言って、直線で数秒飛び続ければ抜け出せることはわかっていた。
そして、その数秒で『ナイルⅤ』が何かを仕掛けてくるだろうということも容易に想像がつく。
だが、予想はできても対処をどうするか。
この場合、指示を出すのはゴウである。
何も指示がない場合、『メイストーム』は安全性を優先し、最も妥当な行動……直線で雲を突っ切ることになる。
その時間、およそ3秒。
3秒では、ゴウといえども状況を把握し、対処法を考え、指示を出すには時間が足りなかった。
直線で雲を突き抜けた『メイストーム』を待っていたのは、斜め後方上からの射撃だった。
「!」
咄嗟に機体をロールさせて回避しようとした『メイストーム』だったが、ダメージを受けた機体の反応は鈍く、ついに『撃墜』判定を受けてしまった。
『ついに決着! トラブルを乗り越え、優勝したのはゼッケン2、ルビーナ・ギャレットの『ナイルⅤ』!!』
大歓声が沸いた。
『そして、大健闘した初出場のゼッケン3、ゴウ・アガートにも拍手を!!』
拍手と歓声に包まれる競技場。
「あなた、凄かったですわね」
「そうだなあ。僕も出てみたくなったよ」
拍手をしながら語り合うベルチェとラインハルト。
「父さま、すごかったですね」
「そうだな、ネージュ」
「あたしも飛行機、乗ってみたいです」
「ルージュにはまだ少し早いかな」
「むう」
『長老』ターレスとルージュ、ネージュも楽しそうに語り合っている。
どうやらルージュは飛行機がお気に召したようだ。
「ルビーナの作戦勝ちか……しかし見ごたえのある決勝戦だったな」
「ん、どっちが勝つか、最後までわからなかった」
「だな。……やっぱり経験の差、というべきなのかな」
「そう、かも」
仁とエルザはバトルの分析を話し合っていた。
そしてダイキとココナは、ゴウについて熱心に話し合うのであった。
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本日3月18日(木)は14:00に
異世界でホムンクルスになっていたのでスローライフを目指す
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