77-09 夕立
ゼッケン2『ナイルⅤ』対ゼッケン3『メイストーム』のバトルは互角のまま続いていた。
機体をきしませながらの垂直降下は、痛み分けに終わる。
高度500メートル付近で、これ以上は危険と判断し、2機ともほぼ同時に水平飛行に移ったのだ。
それを見てもわかるとおり、操縦ゴーレムの判断力も互角と言えた。
* * *
「うーん、さすが決勝戦だけあって、いい勝負だ」
「……ジン兄はどっちが勝つと思う?」
「そうだなあ……この勝負の行方は予想がつかないよ。だから……予想もつかないことで決まるかも知れないな」
「なに、それ」
「わかりにくいよな。……なんて言えばいいか……予期しないことが起きた時への対処で決まるんじゃないかということさ」
「前回の、風防に霜が付着したような?」
「そうそう。それだ」
仁とエルザはそんな会話をしながらも、視線は画面に釘付けである。
* * *
「うーん、この映像システムはすごいな。さすがジンだ」
「本当ですわね、あなた」
「一番凄いのは、反射結界を適切な場所に展開する制御だな」
「どうやっているのか想像できませんわ」
「ジンだしなあ」
ラインハルトとベルチェもまた、この決勝戦を彼らなりに楽しんでいた。
* * *
そろそろ2機のバトルも、開始されてから30分が過ぎようとしている。
と、日が陰った。
「……雲が出てきたな」
仁が呟く。
「積乱雲かな?」
南半球、南回帰線上にある『オノゴロ島』は今が真夏である。夕立が来てもおかしくない。
だが、競技は……?
今のところ中断するというアナウンスはないようだ。それどころか、
『どうやら夕立雲が近づいてきているようですが、これは自然現象。この熱い決勝戦は続行します!』
と宣言している。
過去にも、雨の中で競技を行ったことがあるらしい。
また、観客席には雨よけに結界を張るので、濡れることはない。
「この夕立が勝敗を分けるかもな」
仁がぼそっと言った。
* * *
2機はバトルを繰り返しながら上空へ。その高度は今現在5000メートル。中層雲の高さである。
ルビーナもゴウも、この高さの雲は水滴でできていることを知っており、氷が付着することはないと判断したようだ。
そして夕立雲は『オノゴロ島』に近づいてきた。
* * *
「ジン兄、競技で使っている光線銃は雲で遮られることはないの?」
「うーん、俺も詳しい仕様は知らないけど、どうやら長波長の赤外線みたいだから、結構透過するんじゃないかな?」
「あ、確かに、雲の中で決着もついたし」
「そういうことだな。スモークや煙幕で光線が防げるかは……やってみないとなんともいえないな。弱まることは確かだろうが」
「うん、わかった」
* * *
およそ時速600キロ台で抜きつ抜かれつしながら、2機は夕立雲に突入。
ところで、『夕立雲』は俗称で、大抵の場合は『積乱雲』である。
これは激しい上昇気流によって湿った空気が上空に上り、冷やされて凝結したもの。
大きなものは成層圏近くまで達するものがあり、その場合雲の頂きはそれ以上上れないがため平らになり、『かなとこ雲』と呼ばれる。
積乱雲の上部は氷の粒でできており、氷の粒は重くなって落下する。
しかし落下する氷の粒は激しい上昇気流で吹き上げられ、さらに周囲に氷をまとって重くなり、再び落ちていく。
これを何度か繰り返し、氷の塊になったものが途中で溶けずに地上に達したものが『雹』である。
だから『雹』の断面は、氷が付着した層が見られる。
蛇足ながら、昔はこれを『変わり玉』のようと表現した(変わり玉とは舐めているうちに色が変わる駄菓子である)。
2機が突っ込んだ夕立雲の中には、雲本体の水滴以外に、雹になりかけの氷の粒が無数に浮遊していた。
直径2センチほどの氷の塊であるが、時速600キロで激突すれば、その威力は相当なものである。
自分が高速で動いて物体にぶつかるのも、高速で動いている物体が自分にぶつかるのも同じことである。
自転車やオートバイで走りながら、道路に転がっているスチロールの箱を蹴飛ばすと、想像以上の衝撃が足に加わるという。
また、高速道路をオートバイで疾走中にカナブンなどの虫がヘルメットにぶつかると、かなりの衝撃を感じるものだ。
「あ、きゃあああああああ!」
「うわあああああああああ!」
監督席に座り、操縦ゴーレムの視界を映し出す画面を見ていた2人は悲鳴を上げた。
たちまちのうちに風防にヒビが入ったかと思うと、あっという間に砕け散ったからだ。
剥き出しのコクピットを打ち付ける氷の粒。
が、時速600キロ、秒速で166.7メートルを超える速度で飛ぶ2機は、次の瞬間には雲を突き抜けていた。
その僅か数秒で、『ナイルⅤ』と『メイストーム』は深刻な損傷を受けてしまったのである。
風防は砕け散ってなくなり、主翼前縁も凹みができている。
そして機体にも無数の擦り傷や凹みが生じていた。
* * *
「あー、やっぱりああなったか」
仁は身震いした。
時速600キロでの衝突は、決勝を戦う2機に甚大な被害をもたらした。
だがこれもまた競技中の出来事。
競技は続行である。
あくまでも自然現象によるものであって、人為ではないからだ。
「……操縦しているのがゴーレムでよかったな……」
人間だったら大事故……というよりも墜落していただろうと思われる。
「ジン兄、これを予測してた?」
「いや、さすがに雹が降ってくるとはな……」
いま、『オノゴロ島』の上空には件の夕立雲が掛かり、雹を降らせていた。
直径3センチほどもある氷の粒が結界に当たって砕けている。
「こういうことがあるから、『不慮の事態』への対策は難しいんだよなあ……」
仁も、最初に試作した『魔法型噴流推進機関』を搭載した試作機が『バードストライク』により墜落したことを覚えている。
その時以来、『不慮の事態』への対策はこれでもかと行うようになったのである。
だが、まだまだ経験不足のルビーナとゴウであるし、その上競技の規定があるため、今回のように悪天候への対処が不足したのは致し方ないだろう。
「ルビーナは雲に突っ込んでダメージを受けるのは2度めだしな……」
それなのにまた雲に突っ込んでしまったわけを仁は想像してみた。
「おそらく、前回の経験を生かして対処できていると考え、ここでゴウに差をつけたいと考えたんだろうけどな……」
甘かったと言わざるを得ないだろう。
「でも、ダメージを受けたのは、2機とも」
「エルザの言うとおりだ。だけどな……」
「何?」
「あの2機には、決定的な違いがある」
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210317 修正
(旧)およそ時速600キロ台でチェイスを行いながら、2機は夕立雲に突入。
(新)およそ時速600キロ台で抜きつ抜かれつしながら、2機は夕立雲に突入。
(旧) その雲は氷の粒でできており、氷の粒は重くなって落下する。
(新) 積乱雲の上部は氷の粒でできており、氷の粒は重くなって落下する。
(旧)2機が突っ込んだ夕立雲の中には、雹になりかけの氷の粒が無数に浮遊していた。
(新)2機が突っ込んだ夕立雲の中には、雲本体の水滴以外に、雹になりかけの氷の粒が無数に浮遊していた。




