76-31 閑話126 アドリアナ記念館の1日
さて、時は少しだけ戻って、1月7日、『アドリアナ記念館』が一般開放を行い始めた日。
『世界会議』にて何ヵ月も前から告知されていたことなので、各国からロイザートに見学者が集まっていた。
そのため、ロイザートの宿屋は軒並み満室。近郊の町も似たりよったりの状況となっていた。
加えて、記念館のあるバンネへ行くための定期馬車便はもちろん、レンタルの馬車も全て予約済み、という状況である。
ショウロ皇国の首都ロイザートが近年になく活気づいたのも無理はない。
ただし、仁が助言するまでもなく、この混雑は一過性のものであると判断した商人も多く、目先の儲けに目がくらんで巨額の投資を行い、宿の拡張・馬車の購入をすすめた者は2割に満たなかったという。
閑話休題。
エゲレア王国の技術者、ギシャノ・ジュナーツ。28歳、中肉中背。
茶色の髪に茶色の目という、ありふれた容姿をしている。
その肩書は『情報収集者』というものだった。
『情報収集者』とは、『諜報員』とは似て非なるものである。
技術を盗むとか、何か情報操作をするとか、破壊工作を行うとか、そういった危ない仕事をするのではない。
単に派遣先の正確な情報を持ち帰るのが仕事である。
要するにこっそり取材する『レポーター』と思えばいい。
おおっぴらに取材をしようとすると、相手も構えてしまうので、あくまでも一般人として来訪し、詳細を報告する。
それが『情報収集者』である。
ぶっちゃければ、『公費で見学に行ける』『その代わりきちんと報告する』というわけである。
以下は、そのギシャノ・ジュナーツが書いた報告書の抜粋である。
* * *
1月6日。
ショウロ皇国首都ロイザートに到着。予約したホテルへと向かう。
町並みは整然としており、定期的に清掃がなされているようだ。
ホテルはロイザートの北西区画にあり、閑静な立地である。
ーーー 中略 ーーー
食事は、私がエゲレア王国からの客であるせいか、エゲレア風の献立である。
見た目のみならず、味付けもエゲレア風であった。満足する。
ーーー 中略 ーーー
1月7日。
トスモ湖畔にあるバンという町付近へ向かう。
馬車を予約してあったので、ホテル前からその馬車に乗り込み、バンへ。
道中、行き先が同じであろう乗合馬車を見かけた。満員である。
早めに予約しておいてよかったと思う。
……と、思っていたら、『馬無し馬車』が走っていた。
それも、大勢の人を乗せて。
どうやら、『アドリアナ記念館』とロイザートを結ぶ定期便のようだ。
なかなかいいアイデアだと思う。(正直、向こうに乗ってみたかった)
馬車は定刻でバンに到着。
町並みを見たいので、『アドリアナ記念館』からは少し離れた場所で降車。
歩いて10分ほどらしい。
馬車には、帰り……午後3時にここで待っていてくれるよう念を押し、歩き出す。
こちらもまた、清潔な並木道が記念館まで続いていた。
私と同じように歩いている人もいる。
バンや、その周辺の町で泊まった人もいるようだ。
『アドリアナ記念館』に到着。
外観は奇を衒ったようなデザインではなく、シンプルで合理的なものだった。
まだできたばかりのため、植えられた木々が若いが、庭園も美しく整っている。
そして、専用の駐車場、駐機場もある。
驚いたことに、駐機場には飛行船が1機駐機していた。
丸に二つ引の家紋。ニドー家のものだ。もしや、ジン・ニドーその人が? とも思ったが、それは考えすぎというものだろうか。
ーーー 中略 ーーー
入場券を購入し、いよいよ記念館へ。
玄関ホールには『初代』の像が立っている。
写実的な像なだけに、『初代』の姿をどうやって知ったのだろうかと考えてしまう。
同じことは次の部屋でも思った。
『賢者』とその妻である『智者』、『賢者一家』……。
いずれも本人を参考にしたとしか思えないような写実的な絵画であった。
ーーー 中略 ーーー
2階へ行くために階段があるが、その横に『エスカレーター』なる『動く階段』が設けられていたのには驚いた。
乗り方を教えるとともに、安全に乗り降りできるよう、サポート役のゴーレムがついていてくれているのはありがたい。
とはいえ、歩いて乗るだけなので、タイミングさえ合わせれば子供でも乗れるであろう。
ただ子供の場合はこの『エスカレーター』で遊ばないよう注意する必要があるやもしれない。
ーーー 中略 ーーー
2階にある『展望台食堂』へ行ってみた。
トスモ湖の眺めがよい。
価格もリーズナブルだ。
『日替わり定食』にしてみたが、味もよい。
量がやや少なめに設定されているのは、極力食べ残しを出さないためであろうか。
ーーー 中略 ーーー
2階の展示を見て回っていたら、見覚えのある者がいた。
セルロア王国の情報員だ。向こうもこちらに気が付いたらしく、一瞬だけ目が合った。
他の国も、やはりこの施設が気になるのだなと感じた。
ーーー 中略 ーーー
見て回るうちに小用を足したくなり、トイレへと行った。
中は白系統で統一され、明るく、清潔である。
何らかの香料を使っているのか、よい匂いさえ漂っている。
参考のため、大用はどうなっているかと見てみたら……。
何だこれは、と思わず声を出しそうになってしまった。
椅子のように座って用が足せる様式である。
説明書きを読むと、便座は保温され、消臭効果もあるようだ。
好みにより、水魔法を利用した水流で局部を洗ってくれたあと、温風で乾かしてくれるという。
注意書きを見ると『2代目』が好んだ様式とあった。
ーーー 中略 ーーー
ひととおり見終わったのが午後2時を少し回ったところ。
最後に、『記念メダル』を買って帰ろうと思ったところ、20人ほども並んでいた。
まあせっかくなので並んでみる。
時間がなくなりそうになったら、列を抜ければいいだろう。
そう思っていたら、列が長いことを気にしたのか、記念館側が新たに2台の発行機を出してきた。
予備機だったようだが、これにより列も短くなり、待ち時間が大幅に減った。
こういう臨機応変な対応は非常に好感が持てる。
ーーー 中略 ーーー
以上が時系列に沿った報告である。
以下、漏れを補うための補足。
・訪れている者たちは技術系が多かったように思える。
・ほとんどすべての『会議国』から来ているようだ。
・技術者だけでなく歴史を研究する者にも参考になるであろう。
・職員は今のところ自動人形とゴーレムのみである。
・初日ということで、多少の混雑は見られたが、職員がうまく立ち回っており、大きな不満をあらわにする客はいなかった。
・蔵書も豊富で、全てを読み尽くすには10日くらいは掛かるものと思われる。
* * *
『エゲレア王国の調査員はなかなか的確な取材をしてくれたようですね』
蓬莱島では、老君が『アドリアナ記念館』の様子を監視していた。
『それにしても、『魔法連盟』の残党は身の程を知りませんね……』
見物客に混じって2名の工作員が紛れ込んでおり、エスカレーターへの破壊工作と展示物を毀損することを秘密裏に阻止していたのである。
『今後は御主人様に記念館専用の管理魔導頭脳を作っていただきましょうかね』
* * *
現地時間午後5時、『アドリアナ記念館』の閉館時間である。
「いや、充実した半日でしたね」
「まったくもって左様ですな」
訪れた客たちの殆どは満足してくれたようである。
暮れゆくトスモ湖の湖面にはバンの町の明かりが映って揺らめいていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日3月7日(日)は14:00に
異世界でホムンクルスになっていたのでスローライフを目指す
https://ncode.syosetu.com/n8402fn/
を更新します。
こちらも応援のほどよろしくお願いいたします。
20210307 修正
(誤)『エゲレア王国の調査員はなかなか的確な取材をしれくれたようですね』
(正)『エゲレア王国の調査員はなかなか的確な取材をしてくれたようですね』
(旧)1月7日、『アドリアナ記念館』が一般向けに開館を行い始めた日。
(新)1月7日、『アドリアナ記念館』が一般開放を行い始めた日。
20210607 修正
(誤)トスモ湖の対岸にあるバンネという町付近へ向かう。
(正)トスモ湖畔にあるバンという町付近へ向かう。
(誤)バンネ
(正)バン (4箇所修正)
勘違いしていました……orz




