76-25 出迎え
さて、7日朝の蓬莱島では、5色ゴーレムメイド謹製の『七草がゆ』が供されていた。
会席料理のところでもカブが出たが、こちらは七草全部が入ったお粥である。
七草すなわちセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。
蛇足ながら、七草がゆには呪術的とも言える側面がある。
関東地方の例では、『1月6日の夜に用意したセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロをまな板の上に載せ、歌を歌いながら包丁の背などで叩いて細かくする』というのだ。
その歌は『七草なずな、唐土の鳥が、日本の国に渡らぬ先に、すっかり摘んだらストトントン、ストトコトン』。
この歌にも伝承によってかなり変化がある。地方によっても差異が大きい。
おまけに『七草』の内容までが違っていたりするがそれは割愛する。
それはさておき。
「ああ、優しい味だなあ」
「うん、お正月の料理に慣れた身にはありがたいね」
「これは美味しいですね」
「初めて食べましたが懐かしい味です」
初めて食べるロードトスやリュドミラも気にいってくれたようだ。
「今日は『アドリアナ記念館』の一般向け開館だったよな」
「そうさ。今はロイザートに仁Dを送り込んである」
「ジン兄はこの後操縦を交代するの? それとも入れ替わるの?」
「入れ替わろうと思っている」
「ん、わかった」
今回は『アヴァロン』からエイラ、カチェア、グローマらが来ているので、合流して案内しようと思っていることを仁は説明した。
「その後、ダイキさんとココナさんも案内するんでしょ?」
「うん、エルザの言うように、そうするつもりだよ」
それならいいと思う、とエルザは言った。
「ジン兄がただ1人でこの世界に飛ばされた時にお世話になった人たちだし」
「くふ、そうだったね」
「あの後、ロードトスと出会って、シオンのところまで旅をしたんだったよな」
「そうだったわね。まさか、複体になって残ってくれると思わなかったわ」
「俺もまさかこういうことになるとは思わなかったよ」
「レーコちゃんたちの願いが天に届いたのかもね」
「だったら嬉しいです」
さて、仁としてはあまりのんびりしてもいられない。
ロイザートの屋敷で『分身人形』の仁Dと入れ替わる必要があるからだ。
その前に、仁Dを操縦していた老君から、必要事項を聞いておく必要がある。
ダイキ・ココナ夫妻と交わした言葉で、忘れていたらおかしな事項などを聞いておかねばならないのだ。
『特に問題はありません。お2人を10日にご案内することになりました。それから……』
老君からあらましを聞いた仁は、予期せぬことがあったら礼子を通じてフォローしてくれるよう老君に頼み、仁Dと入れ変わるタイミングを見計らう。
最も安心なのは、ロイザートの屋敷を出て『アドリアナ記念館』へ移動する途中だろう、ということになった。
* * *
「それじゃあ、行ってくるよ」
「ジン様、行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて」
ダイキ・ココナ夫妻に見送られ、『ハリケーン』で出発する仁D。
ここで仁は『ハリケーン』内へ転移門で礼子とともに移動。入れ替わりに仁Dが蓬莱島へ戻った。
「さて、エイラたちはいつ来るかな」
泊まっている宿は老君が把握しているので、3人の動向は掴んでいる。
どうやら『乗合自動車』に気が付き、2号車で記念館にやって来るようだ。
「ただ……ジン、じゃなくて『ニドー』と呼んでもらおうかなあ」
ふと思いつき、そんな呟きを漏らす仁。
『そうですね、御主人様。ニドー姓は多いですが、ジンという名前はそれほど多くありません。御主人様のお姿はあまり知られていないとはいえ、『アドリアナ記念館』で『ジン』と呼ばれたら目立つでしょう』
その点『ニドー』ならさほどでもない、と老君は言った。
さらに、いつもと少しだけ違う服装をすれば気づかれないだろう、とも。
「よし、それでいこう」
そんなやり取りをしているうちに『ハリケーン』は『アドリアナ記念館』に到着した。
駐機し、ホープに留守番を頼むと、仁はめったに被らない帽子を手に『ハリケーン』を下りた。
変装とまではいかないが、せめてもの誤魔化しのためである。
礼子も、いつもの侍女服ではなく、裕福な家の娘風のドレスを着ている。
そして記念館入り口で待っていると、『乗合自動車』1号車が到着した。
「おお」
仁は小さく声を上げた。
自動車は満員だったからだ。
続いてすぐに2台めも到着。こちらは2号車だ。
時間で運行するのではなく、満員になったら発車するらしい。
満員にならない時のみ定刻運行とするようだ、と礼子を通じて老君がそっと教えてくれた。
そもそも、馬車がチャーターされていたが、ロイザートの現状ではとてもまかないきれなかったので、仁が『乗合自動車』を走らせたのはまさに渡りに船だったようだ。
* * *
「あ……? ジン、か?」
「ジンさんですね」
『乗合自動車』から降りたエイラとカチェアが目ざとく仁を見つけた。
「やあ、エイラ、カチェア、グローマ、ようこそ」
「ジン! 出迎えありがとう! まさか会えると思っていなかったよ! 『アドリアナ記念館』開館、おめでとう!」
「ジンさん、お久しぶりです。お元気そうですね!」
「ジン殿、今日の日を楽しみにしていましたよ!」
矢継ぎ早に挨拶を述べる彼らに仁は、
「ありがとう。……でだ、今日は『ジン』じゃなくて『ニドー』で呼んでくれないか?」
と頼んだ。
「なんで……ああ、目立つからか」
「そういうこと」
『乗合自動車』から降りた人たちは我先にと記念館へ向かっているので今はあまり目立っていはいないが、それでも仁たちをちらちらと見る者は幾人かいた。
「わかったよ、『ニドー』」
「今日は『ニドーさん』ですね」
「それじゃあ『ニドー殿』と呼ばせてもらいましょう」
「うん、頼むよ。……それじゃあ、記念館へ行こうか。まずは、これ」
仁は予め用意したチケットを3人に手渡した。
「これが入場券か」
「ありがとうございます」
「ありがたくいただきます」
5人は記念館へと歩いていく。
既に入場券を買う窓口には十数人の列ができていた。
「盛況ですね」
「うん、ほっとしたよ。さあ、行こう」
チケットを入り口のところで見せると、『スタフィ』が日付の入ったスタンプを押してくれて、それがチェックの証となる。
「こういうやり方なんですね。渡してしまうのかと思いました」
「うん。ほら、記念に持っていたい、という人もいるだろうと思ってさ」
「なるほど、コレクターというやつだな」
「そういうことさ。さあ、見ていってくれ」
まずは玄関ホールからである……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210301 修正
(誤)『1月6日の夜に用意したセリ、ナズナ、ギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロをまな板の上に載せ、歌を歌いながら包丁の背などで叩いて細かくする』
(正)『1月6日の夜に用意したセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロをまな板の上に載せ、歌を歌いながら包丁の背などで叩いて細かくする』




