76-08 なんちゃって会席
「さて、そろそろお時間もいいようですので、一度休憩し、お昼といたしましょう」
仁が言うと、列席者は我に返ったように、
「おお、もうそんな時間か」
「気が付いてみると確かに腹が空いたな」
「有意義な時間でした」
等と口々に言い交わした。
「では、こちらへどうぞ」
仁は2階の展望台食堂へと皆を案内した。
「おお、広い」
「眺めがいいですね」
展望台食堂は2階北側にあり、トスモ湖の眺めがよい。
今日は晴れているので、北の山々も薄っすらと見えている。
「ここは、『2代目』がもたらした料理を中心にお出しする食堂となっています」
つまり、米、味噌、醤油をはじめ、カツオブシ、昆布、藻塩、トポポ(ジャガイモ)やクロムギ(ソバ)など、各地に食材を探し求め、その集大成ということだ。
「料理人は5色ゴーレムメイドです」
蓬莱島のレシピをそのまま再現できているので、食材を除き同じものができる。
「ほう、楽しみですな」
「うむ、食べたことのない料理も出てくるのだろう」
「ご期待に添えるかどうかわかりませんが、本日はスペシャルメニューです」
仁の言葉が終わると同時に、5色ゴーレムメイドが昼食を運んできた。
「これは……?」
「ええと、『会席料理』といいます」
『会席料理』とは、いわば和食のフルコースである。
ちなみに『懐石料理』はお茶会で出される『おしのぎ』的な軽食だ。
とはいえ、仁も(賢者も)正式な会席料理など食べたことがなく、最後に御飯と味噌汁が出ることと、吸い物・煮物が出ることくらいしかわからないので、『なんちゃって会席料理』である。
もっとも、どこが違う、と指摘できるものはこの世界には皆無であるが。
1つ付け加えるなら、『季節を楽しむ』という要素も加わる。
季節の食材を使うことはもちろん、春ならその食材を桜などの花の形に切って出す、などの工夫である。
「まずは『先付け』です」
この言葉だけは覚えていた仁である。
「先付け……ああ、最初に出される料理ということですね」
さすがと言うべきか、ミツホの首長、アタル・ムトゥは『先付け』の意味を察したのである。
『お通し』『突き出し』など、似たようなものもある。
『お通し』とは、客から最初のお料理の注文を受て出す、軽くつまめる小料理のことだ。その由来は、客の注文に対して『店が注文を承った』ことを示すために出されるようになったらしい。
また『突き出し』は関西でいう『お通し』のようだが、『お通し』が注文を受けてから出すのに対し、『突き出し』は注文とは関係なく最初に出す(=突き出す)とも言われてるようだ。
閑話休題。
『先付け』とは、会席料理というコース料理の中にあらかじめ組み込まれている一番最初の料理のことである。
今回は、カロット(ニンジン)とカブの紅白なますである。
「おお、新年だから紅白ですね」
アタル・ムトゥがこれも言い当てた。
「はい。加えて、冬野菜を使っています。特にカブは『春の七草』と言われ、春を前にして、季節の先取りをする野菜の1つでもあります」
エルザが補足説明を行った。
春の七草。
『せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ これぞななくさ』
と歌の形式で伝えられている、春先、青物の乏しい時期にビタミン類を取れるようにと昔の人が考えたもの(もちろんビタミンの存在は知られていない頃)らしい。
「おお、これは美味しいですね」
真っ先に箸を付けたのはやはりアタル・ムトゥ。
それを見て、来賓たちも次々に箸をつける。
ちなみに、『和食に箸』は文化として根付いており、列席者たちは全員箸を使うことができている。
「砂糖と酢、塩は控えめにしてくどくないようにしてあります」
蓬莱島の味なので、これはエルザが説明をしてくれた。
さて、『先付け』の後は……仁は覚えていない。
なので『なんちゃって』会席料理なのだ。
次に出されたのは吸い物。
「ほう、これは?」
「とろろ昆布のお吸い物です。薄くそいだ昆布に、鰹節で出汁をとったお湯を注ぎ、ほんの少しお醤油で味を整え、最後に刻んだシャロト(長ネギ)で香りを付けています」
「うーん、あっさりと、それでいて旨味が深いですな」
「なるほど、以前食べたものよりも数段美味しい。これは多分鰹節の出汁が効いているのかも」
「はい。昆布から出る旨味と、鰹節の旨味が合わさってこの味が出ているのです」
「ううむ、簡単なようでいて、奥が深い」
なかなか好評のようだった。
その次は『お造り』つまり刺身である。
「新年なので『めでたい』にちなみ、『タイのお刺身』です」
「ほほう、『賢者』殿のお言葉でしたかな」
これまたアタル・ムトゥ。さすがミツホの首長である。
そして煮物。
トポポ(ジャガイモ)、カロット(ニンジン)、マルネギ(タマネギ)、グラスボア(豚)肉を煮たもの……つまり『肉じゃが』。
「おお、これまた美味しい」
「ほっとする味ですな」
「やはり『ショウユ』の味が決め手でしょう」
「しつこくないのがいいです」
さらに揚げ物として、『エビ』『ビスナ(ナス)』『クリスパ(大葉)』『ナツーリ(カボチャ)』の天ぷらが。
「塩、天つゆ、お好きな方でどうぞ」
「おお、天ぷらですな。私はこれが好きでしてねえ」
「ううん、このつゆはいいお味ですわねえ」
「この塩は……そう、『藻塩』ですな。なんとも言えないいい味だ」
「衣がさくっとしておりますな。この食感がまたいい」
「そうですね、天つゆは出汁を利かせ、お醤油とお砂糖のバランスが大事です。お塩は仰るとおり藻塩を使っております」
エルザが説明をしてくれるので、仁は大助かりだ。
「衣をさくっとさせるには、冷水で溶くとか、かき混ぜすぎないとか、幾つかのコツがございます」
「ふむふむ……」
そしてご飯と味噌汁が出される。
蓬莱島産の新米(蓬莱島は1年中収穫できる)で炊いたご飯、それにクルム(アサリ)の味噌汁。
「おお、ふっくらと炊けていて、いい艶が」
「お味噌汁、なんともいえない香りが」
「クルムからもお出汁が出るので昆布出汁が基本ですが、隠し味的に鰹出汁もほんの少し使っております」
貝から出る旨味を邪魔しないよう、ほんの僅かな鰹出汁を使い、クリプトナ(ミツバ)を散らして香り付けしています、とエルザが説明。
「ううむ、まさしく『御馳走』ですなあ……」
「いや、堪能しました」
「お待ちください。締めがございます」
これで終わりだろうと思われているような言葉を、エルザは遮った。
「フルーツみつ豆です。テングサから作った寒天にシトラン、ペルシカ、クェリーの実を添え、黒蜜を掛けました」
「おおお! これは!」
「いやあ、不意打ちの美味しさ」
そして極上の煎茶を飲んだ来賓たちは、全員が満足してくれたようで、仁もエルザもほっとしたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210212 修正
(誤)「おお、そうそんな時間か」
(正)「おお、もうそんな時間か」
(誤)この触感がまたいい」
(正)この食感がまたいい」
(誤)ナツーリ(カボチャ)、カロット(ニンジン)、マルネギ(タマネギ)、グラスボア(豚)肉を煮たもの……つまり『肉じゃが』。
(正)トポポ(ジャガイモ)、カロット(ニンジン)、マルネギ(タマネギ)、グラスボア(豚)肉を煮たもの……つまり『肉じゃが』。




