76-02 除夜の鐘、初日の出
大晦日の夜、年越しそばを食べたあとは二堂城大広間で宴会である。
これはその昔、仁が領主だった時に始めたことだったが、その後もカイナ村では連綿と続けられていたらしい。
今はエリスとフレディが取り仕切っており、仁は裏方に徹していた。
200人以上が入れる大広間に村人が集い、楽しげに談笑する。
アルコール類は控えめで、ジュース類が多い。
悪酔いした者には『解毒』を使うことで治療する。
アルコールやアセトアルデヒドは毒素として扱われるので、『解毒』が効くのである。
この『解毒』の治癒魔法は、仁に乞われてカイナ村に移住した治癒師サリィ・ミレスハンが開発したもの。
それを思い出した仁は、しばし懐かしさに浸っていた。
一方、ルビーナとシュウは睡魔に負けて早々に部屋に引き上げている。
だがグリーナはエリスに代わりフレディと一緒に、村人たちの世話を引き受けていた。
「……もう領主夫人が板についてきてるなあ」
とは、仁の個人的な感想である。
その仁は、小腹がすいた人用の『お汁粉』を食べている。
もちろん、昼間搗いた餅が入っている。
その隣では、エルザもまた、同じ物を食べていた。
* * *
夜も更け、午後11時ともなると、村人はそれぞれの家へと帰っていき、大広間はがらんとしてしまう。
大広間の片隅に座っている仁がぽつりと呟いた。
「……にぎやかな宴会の後って、なんとなく寂しいよな」
「ん、わかる」
その呟きにエルザが答える。
「……でも、終わりがあるから、新しい始まりが来る」
「そうだな。今年が終わるから、新年が来るんだよな」
「ん」
散らかっていた大広間は、5色ゴーレムメイドによってあっという間に片付けられていく。
「……今年も残り僅かか。風呂に入ってさっぱりするかな」
「賛成」
二堂城の1階、北東と北西の角には浴室がある。
それぞれ男湯と女湯に分かれているので、仁は男湯に、エルザは女湯へと向かった。
フレディはまだグリーナと話をしているので男湯も女湯も貸し切り状態で、仁もエルザものんびりと湯に浸かり、1年の疲れを落とした気分になったのだった。
* * *
午後11時40分。
二堂城が『除夜の鐘』を鳴らし始めた。
時刻を報せる鐘と違い、こちらは『釣り鐘』である。カーンカーンではなく、ゴーンという重い音だ。
仁とエルザは自室でそれを聞く。
「108回、撞くんだっけ?」
「そうさ。……人間には108つの煩悩があって、それを祓うため、と言われているんだ」
「108……たくさんある」
「うん。一説によると『たくさん』という意味もあるらしいけど、俺の世界の宗教の1つである仏教では、ちゃんと説明されている……らしい」
「興味深いお話。ちゃんと聞いたことがなかった気がする。教えて」
「まあいいけど」
院長先生から聞いた気もするのだが、正確には覚えていないんだ、と前置きして、仁はエルザに説明を始めた。
「まず、人間には六根というものがある」
『六根清浄』と山に籠もる修行者や霊山に登る信者が、六根の穢れを祓い清めるために唱える文句である。
『六根清浄、お山は晴天』などと唱えることもある。
「六根とは……ええと、五感と精神、だな。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚、それに意識、ってわけだ」
「なるほど、なんというか、科学的?」
「だな。……で、それぞれに、悪感情があって、レベルみたいなものに分かれていて、現在・過去・未来に分かれて……で、6掛ける3掛ける2掛ける3で108……だったと思う」
「面白い。なんていうか、宗教というより、学問みたい」
「そうかもしれない。仏教は哲学の側面も持つと思うから」
そんな話をしているうちに3901年も終わろうとしていた。
「107つは旧年中に撞いて、108つめは年が明けた時に撞く、という説もあるんだ」
「決まってないの?」
「そのへんは自由だな。……施設の近所のお寺さんは200くらい撞いてたぞ」
「……いいの?」
「お祓いだから、多い分には構わないんだってさ」
「ほんと、自由」
「だよなあ」
そして、時計の針が午前0時を示す。
それと同時に鐘の音が響き、静かになった。
3902年である。
「あけまして、おめでとう、エルザ」
「ん、あけまして、おめでとう、ジン兄」
仁とエルザは互いに挨拶を交わすと、隣室への襖を開けた。
そこには礼子が控えている。
「礼子、あけましておめでとう」
「レーコちゃん、あけまして、おめでとう」
「お父さま、エルザさま、あけましておめでとうございます」
そして部屋に置かれた魔素通信機からも老君の声が響いた。
『御主人様、エルザ様、新年あけましておめでとうございます』
「あけましておめでとう、老君」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね」
そして仁とエルザは、夜明けまで少し眠ることにした。
日の出直前に礼子に起こしてもらう予定だ。
少し疲れていた2人は、すぐに眠りに落ちた。
人造人間の場合は、通常の生活では睡眠の必要はないのであるが、意識すれば眠ることができるのだ。
ちなみに、複体である仁は普通の人間と同じに、睡眠が必要である。
* * *
午前7時頃がカイナ村の日の出である。
それより15分前に仁とエルザは起きて顔を洗っていた。
そして天守閣に上り、日の出を待つ。
おそらく領主邸であるニドー家では、エリス、フレディ、それにグリーナらが同じように東の空を見つめているだろうと思われた。
そして多くの村民たちも……。
「ああ、ルビーナとシュウも起こしてやろうか。……礼子、声を掛けてみてくれ」
「はい、お父さま」
礼子はルビーナたちの泊まった客室へと向かった。
そして数分後、眠い目をこすりながらルビーナとシュウがやって来た。礼子も続いている。
「……おはよう、ジン様……」
「おはようございます……」
「おはよう。ほら、もうすぐ日が昇るぞ」
地球でもアルスでも、標高が高いほど、日の出の時間は早くなる。
二堂城の場合、カイナ村の平均よりも30秒ほど早く日の出が見えるようだ。
茜色に染まった東の空の一点がひときわ明るく輝いたかと思うと、金色の光が放たれた。
日の出である。
3902年の、『初日の出』だ。
太陽セランに向かい、仁、エルザ、礼子、ルビーナ、シュウは柏手を打ち、合掌して頭を下げた。
『今年1年が佳い年になりますように』
いつもお読みいただきありがとうございます。
面目次第もございませんが、今週の『異世界シルクロード(Silk Lord)』はお休みさせていただきます。
来週は更新予定です。
20210206 修正
(誤)そして数分後、眠い目をこすりながらグリーナがやって来た。礼子も続いている。
(正)そして数分後、眠い目をこすりながらルビーナがやって来た。礼子も続いている。
20210416 修正
(誤)一方、ルビーナは睡魔に負けて早々に部屋に引き上げている。
(正)一方、ルビーナとシュウは睡魔に負けて早々に部屋に引き上げている。
(誤)「ああ、ルビーナも起こしてやろうか。……礼子、声を掛けてみてくれ」
(正)「ああ、ルビーナとシュウも起こしてやろうか。……礼子、声を掛けてみてくれ」
(誤)礼子はルビーナの泊まった客室へと向かった。
そして数分後、眠い目をこすりながらルビーナがやって来た。礼子も続いている。
(正)礼子はルビーナたちの泊まった客室へと向かった。
そして数分後、眠い目をこすりながらルビーナとシュウがやって来た。礼子も続いている。
(誤)「……おはよう、ジン様……」
(正)「……おはよう、ジン様……」
「おはようございます……」
(誤)太陽セランに向かい、仁、エルザ、礼子、ルビーナは柏手を打ち、合掌して頭を下げた。
(正)太陽セランに向かい、仁、エルザ、礼子、ルビーナ、シュウは柏手を打ち、合掌して頭を下げた。




