76-01 カイナ村の大晦日
3901年も12月となり、その12月も残り僅か……というよりあと1日となった、12月30日。
アルスの大陸暦では12月は30日までなので、大晦日である。
仁は以前の言葉どおり、カイナ村に来ていた。
「昨夜のうちに二堂城に入った、ということにしておいてくれ」
「わかりました、ジン様」
フレディが頷いた。
転移門でやってきた、とは公にできないがゆえの苦しい言い訳であるが、村人は誰ひとりとして疑うものはいなかった。
同行者はエルザ、礼子、ルビーナ、シュウ、そしてグリーナ。
グリーナはもちろんフレディがいるからだが、ルビーナとシュウは、先日の競技会で『優勝者なし』になったので仁が気を使ってご褒美に、となったものだ。
「ここの『てしゅかく』? 眺めがいいわね。ちょっと寒いけど」
「『天守閣』な。……ちゃんと上着を着ていろよ?」
ルビーナは天守閣が気にいっているようで、1日に何度も上ってきては景色を眺めていた。
ただ、南回帰線上にある『オノゴロ島』とは季節が正反対の冬で、しかもカイナ村は大陸の北にあって寒いのだ。
幸いというべきか、この年は雪が遅く、まだ積もってはいない。
しかし、北の山から吹く風は冷たいので、風邪を引かないようにちゃんと上着を羽織れと仁は注意しているのだ。
だが、暖かい島育ちで厚着の習慣がないルビーナは、ついつい薄着になってしまうのであった。
「……しょうがないな……」
仁は二堂城の天守閣周りに『風避けの結界』を張る。これで北風を防ぐことができ、寒さが和らいだ。
「あ、ありがとう、ジン様」
「ほんとに風邪引くなよ? ……アマンダさん呼ぶぞ?」
「あ、お、おばあちゃん呼ばないでね?」
自由奔放なルビーナは、躾に厳しい祖母のアマンダが苦手なようだ。
「呼ばないから、ちゃんと言うことを聞け」
「はーい」
「……たく、返事はいいんだからな。……ああ、今日はもうすぐ二堂城前の広場で餅搗きをするからな。ちゃんと下りてこいよ」
「うん、覚えてる」
雪が積もった年は除雪してから行うが、この年はまだ積雪がないので、問題なく餅搗きが行える。
今日は朝から、5色ゴーレムメイドたちがもち米を蒸かしていた。
杵と臼はバトラーBとCが準備している。
村人を統率しているのは領主のエリスとその孫のフレディだ。
そのフレディはグリーナと一緒に色々と細かい支度をしていた。
「大根おろし、きな粉、あんこ、お醤油……あと何が必要かな?」
「ゴマもいいわよ」
ゴマはオノゴロ島産だ。
煎りゴマをグリーナは用意した。
摺ってもよし、そのまま付けてもよし。
砂糖を混ぜて甘くしたものと、そのままのもの。
そのままのものは醤油をちょっと追加すると美味しい。
「あ、海苔を忘れていた」
餅といえば海苔、と以前仁が主張したことを覚えていたフレディであった。
* * *
蒸籠で蒸かしたもち米を臼に入れ、杵の先でこねて粒同士をくっつけたらいよいよ搗き始める。
杵の先には仁が『表面処理』で摩擦係数を低くしてあるため、餅がくっつかず、効率よく作業ができている。
その餅をひっくり返すゴーレムメイドたちの手の表面には『弱い反発結界』が張られており、こちらも餅がくっつきにくくなっていた。
ぺったんぺったんと餅搗きの音が響く。
ついているのは村人と5色ゴーレムメイドたちだ。
「うわあ、おいしいね!」
村の子供たちは、搗きたての餅を早速食べている。
「あたし、きな粉がすきー」
「僕はあんこだな」
「あたしもあんこがいいな」
「ごまもなかなか」
「俺はやっぱり醤油だな! 海苔を巻くと美味いぜ」
「やっぱり大根おろしにちょっと醤油を垂らして……」
などなど、いっぱしのグルメを気取ったようなセリフを口にしている者もいた。
仁はおろし醤油に搗きたての餅を入れて食べていた。
「うん、美味い」
「ん」
隣ではエルザも同じようにおろし醤油で餅を食べている。
ちなみに、今回は全部丸餅である。
搗きたてで熱々の餅も、5色ゴーレムメイドは気にもせず丸めていってくれていた。
少し扁平になった丸餅は一口サイズ。
万が一、喉に詰めてしまっても、『力の長杖』を使い、バトラーBやCが取り除いてくれる。
さらにエルザもいるので救命体制はバッチリであった。
「ジン兄、はい」
「お、サンキュ」
おろし醤油のあとは、醤油をつけ海苔を巻いた餅をエルザが差し出してくれた。
「うん、これも美味いな」
つけ焼きにするとさらに香ばしさが増すのだが、今回は搗きたての美味しさを味わうのが目的なので焼くことはしない。
が、十分にたくさん搗いているので、余った分はのし餅として保存、正月に食べる予定である。
他にも、豆大福、きなこ餅、あんころ餅なども作り置きし、正月の食べ物とする予定だ。
「みんな、あんまり食べすぎると夜の年越しそばを食べられなくなるぞー」
とフレディが言えば、
「大丈夫だよ! ちょっと運動すればすぐお腹空いてくるよ!」
と答える子供たち。
カイナ村の大晦日は賑やかに暮れていく。
* * *
そして夕暮れが迫る頃、今度はそば打ちが始まった。
そば粉8,小麦粉2のいわゆる二八そばだ。
汁は鰹出汁と昆布出汁、合わせ、また甘口辛口、さらには温かいそばも用意される。
薬味はシャロト、わさび、七味唐辛子、辛味大根別名ねずみ大根など。
野菜のかき揚げ、ちくわの天ぷら、海老天なども用意されており、好きな組み合わせを選べる。
ちなみに餅もそばも、全部無料である。
「こりゃ美味い!」
「いい領主様だなあ」
楽しそうな村人の様子を見て、仁も思わず顔がほころぶ。
「……ジン兄、嬉しそう」
隣でそば湯を飲んでいたエルザがぽつりと言った。
「ああ、そうだな。カイナ村はやっぱりいい村だなあと思ってさ」
「ん。……ジン兄は、年末忙しかったし、のんびりしないと」
「そうなんだが……来年早々、『アドリアナ記念館』の開館式があるからなあ」
そう、3時間の時差があるため、カイナ村で初日の出を拝んだあと、仮眠をとってからショウロ皇国へ行けばいいのだ。
「……正月2日と3日はのんびりするさ」
「ん」
仁自身が決めたスケジュールゆえ、誰かに文句を言うわけにもいかないのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210205 修正
(誤)自由奔放なルビーナ半は、躾に厳しい祖母のアマンダが苦手なようだ。
(正)自由奔放なルビーナは、躾に厳しい祖母のアマンダが苦手なようだ。
(誤)杵の先でこねて粒同士をくっつけたらいよいよ搗始める。
(正)杵の先でこねて粒同士をくっつけたらいよいよ搗き始める。
(誤)村の子供たちは、搗たての餅を早速食べている。
(正)村の子供たちは、搗きたての餅を早速食べている。
(旧)おろし醤油のあとは、海苔を巻き、醤油をつけた餅をエルザが差し出してくれた。
(新)おろし醤油のあとは、醤油をつけ海苔を巻いた餅をエルザが差し出してくれた。
20210603 修正
(誤)3901年も12月となり、その12月も残り僅か……というよりあと1日となった、12月31日。
(正)3901年も12月となり、その12月も残り僅か……というよりあと1日となった、12月30日。
アルスの大陸暦では12月は30日までなので、大晦日である。




