75-21 仁のアドバイス
「『真空気嚢気球』……いや、『真空気球』かな」
研究室に戻った仁・エイラたちは、検討会に入る。
まずは呼称の統一から始まった。
「最近は、航空研と合同で研究することが多いんですよ」
と、室長のラスナート・ハイルブロンが仁に教えてくれた。
「まず……特別ゲストのジンさん、何かお気づきの点があったらご指摘ください」
俺って特別ゲストだったのか、と思いながら、仁は口を開いた。
「そうだなあ……まずは、発想の素晴らしさに称賛を」
おお、と言う声が漏れ、誰からともなく拍手が起きた。
「それから軽量化という点において、魔導具ではなく、魔法陣を使った障壁にしたところもポイントが高いな」
「お、ありがとう。そのアイデアを出したのはカチェアなんだ。あたしは魔導具を使おうと思っていたんだけどね」
「そうだったのか」
また拍手が湧き、カチェアは照れて俯いた。
「次は気になった点だ。……どうして、ゴンドラを気嚢からぶら下げているのか、だな」
風が強いと、気嚢とゴンドラが別々に影響を受けるので、特にゴンドラが揺れて安定しないだろうと思われた。
気嚢に直接取り付ければ、もっと安定がよくなるのに、と仁は言う。
「あとは材質かな」
軽量化と強度を考慮する必要がありそうだ、と言って仁は結んだ。
「ええと、ゴンドラをぶら下げているのは、試作だから……かな」
エイラが説明を行う。
「ジンが言うように、気球という形式にこだわる必要はないんだが、なんといってもまだ実験段階だからさ」
「そうなんです。これをご覧ください」
エイラに続き、航空研副室長のゾラ・ヒンメルがラフスケッチを見せてくれた。
それには、葉巻型の飛行船の他、4つの気嚢を正方形に配置した形状をはじめ、様々な案が描かれていた。
それらの大半は、気嚢に直接ゴンドラ……ではなく船室が取り付けられていた。
「ええと、空気の重さを、1リットルあたり1.2グラムとしますと、200キロの重量を持ち上げるためには16万7000リットルの気嚢容量が必要ということになります」
1リットルは1000分の1立方メートルなので、167立方メートル以上の気嚢を必要とすることになる。もちろん200キロというのは気嚢やキャビンも含めた重量だ。
蛇足ながら、167立方メートルというのは、1辺が5.5メートルの立方体である。
さらに蛇足ながら、鉄道用で一般的な12フィートコンテナの容量が18.7立方メートルである。
もう1つ蛇足ながら、爆発炎上したヒンデンブルク号は最大容量が20万立方メートルもあり、全備重量はおよそ220トンであったという。
「目標は積載重量1トンです」
計算上は835立方メートルの容量を持つ真空気嚢が必要になる。
1トンを浮かせることのできる『真空気球』は12フィートコンテナ4.5個分くらいということになるわけだ。
この値を見ると、先に上げたヒンデンブルク号と比べても、容量当たりの積載重量が少し大きいことがわかる(ヒンデンブルク号は約1.1キロ、『真空気球』は約1.2キロ)。
「その大きさなら実用的だな」
「うん、我々の目標としては妥当なところだろう」
研究室はあくまでも開発であって、製品化・量産化は別部署あるいは外部企業が、ということになる。
「あとは、実用化した際の推進機はどうするのかな?」
気になったので仁はそう質問してみた。
「それにはちょっと悩んでいます」
答えたのは航空研室長のロア・エイスカーだった。
「噴射式推進器を使いたいのですが、重いんですよ」
「確かにそうかも」
元々、仁が『噴射式推進器』を開発したのは船舶用としてであった。
それを気球もしくは飛行船に使おうとしたら、重さが問題になるのも無理はない。
「なるほど、軽い推進機が欲しいというわけですね」
というよりも、搭載する機器は全て、できるだけ軽いほうがいいわけだ。
「そうなのですよ。……こればかりは魔法陣式にできそうもないので」
「そうでしょうか?」
「え?」
諦め顔のロア・エイスカーに、仁が告げる。
「考え方次第で魔法陣式も使えると思いますよ?」
「ど、どうやるのですか?」
「そうですね……」
仁としては解答を見つけているので、それを説明するのは容易いが、それでは彼らのためにならないと考えた。
それで、まずはヒントを出してみる。
「空中での移動はどうしても風によるものになると思うんですが、効率よく風で移動するにはどうしたらいいと思います?」
「えっ?」
いきなりの質問に言葉が出ないロア・エイスカー。だが、彼に代わってエイラが答える。
「そりゃあまず、『風を逃さない』ってことだろう?」
「それは正しい。なら、推進機関はどんな形状にすればいい?」
「密閉度の高い形状かな?」
「そのとおりだ。……ちゃんと考えられるじゃないか」
「……もしかして、密閉した容器の中で1方向に向けて風を吹かせればいい……?」
「大当たり! さすがだな」
仁はエイラの発想を褒めた。
これは仁自身、たどり着くまでに年月の掛かった発想なのだ。
というより、『科学』の素養があるほどたどり着くのに時間が掛かるものなのかもしれない。
『反動がない』魔法だからこそできる方法だ。
『作用反作用』を知っていると、その知識が邪魔をして思いつけないかもしれない。
「……つまり、両端を閉じた中空の円筒容器の中で、1方向に風を吹かせる?」
「うーん、それだと空気の循環が悪そうだから、両端は半球にしておいた方がいいかな」
薬のハードカプセルのような形ということになる。
このようなことができるのも、『反動がない』つまり『反作用を打ち消している』魔法ならではだ。
一般的な物理法則を無視しているがゆえに、科学を嗜んだ者には発想しづらいといえる。
現に、仁も400年前には思いつけなかった方式である。
「それなら、円形の魔法陣じゃなく、円筒形にアレンジしたらいいじゃないでしょうか?」
「お、カチェア、冴えてるな! そうだよ、そのとおりだ!」
カチェアからの案に飛びつくエイラ。いいコンビである。仁も見ていて嬉しくなった。
「でもジン、密閉した容器の中に魔法陣を入れたら、制御しづらくてしょうがないぞ?」
「エイラさん、円筒形魔法陣なんですから、カプセルの外側に刻めばいいんですよ」
「あ、そうか。で、出力を変えるパラメーターの部分だけを可変にしてやれば起動・停止・出力調整までできるな」
「あ、いえ、カプセルに穴を開け、その穴を手動……機械的に開閉すればいいのでは?」
グローマがいい線のアイデアを出した。開口部を大きくすると推進力は弱まり、閉じれば強まるというわけだ。
「そこまで構想ができたなら、もう大丈夫だな」
「ああ! ジン、ありがとう!」
「ジンさん、ヒントありがとうございます!」
「さすが『魔法工学師』ですね!」
こうして、『密閉型推進機関』が誕生することになったのである。
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本日は 異世界シルクロード(Silk Lord) も更新しております。
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※ 大雪の予報なので1日で帰ってきました。<(_ _)>
20210123 修正
(誤)「うん、我々のと目標としては妥当なところだろう」
(正)「うん、我々の目標としては妥当なところだろう」




