75-20 気球
仁は、訪問の目的を皆に説明する。
「ゴー研で新発明がされたと耳に挟んだんでやって来たんだ」
「そうだったか。耳が早いな」
感心したのはエイラである。
「で、内容は全然知らないんだが、どういう発明なんだ?」
「なんだ、そうなのか。……あれだよ」
エイラが指差したのは気球であった。
一見、何の変哲もないヘリウム気球に見える。……が。
「お父さま、あの気球ですが、ヘリウム気球よりも浮揚力が若干高いように見えます」
「はい、お嬢様の仰るとおりかと」
礼子とホープが、気球の特殊性を看破した。
「お、さすがだね。そう、あの気球は浮揚力を高めたものなのさ。もちろん水素じゃないぜ」
「ふうん?」
通常、気球の中には、空気よりも軽い機体を充填する。
アルキメデスの原理により、『気球の容量』掛ける『空気と気球内の気体の、比重の差』分の浮揚力を得ることができる。
充填する気体としては水素が最も軽いのだが、可燃性であり、過去の地球で大事故を起こしているため、次善の気体としてヘリウムが用いられていた。
「ヘリウムでも水素でもない気体? いや、そんなものはないはずだ。だとしたら……もしかしたら、『真空』か?」
「すげえ! ジン、当たりだよ! さっすが『魔法工学師』だな!」
「いやあ……単なる当てずっぽうだったが……そうか、真空か……」
水素やヘリウムにも『重さ』はあるため、その分浮揚力は落ちる。
つまり、なにもない『真空』が最も『軽い』わけだ。
だが、容器の中を真空にすると、大気圧……1気圧=1013ヘクトパスカルの圧力が掛かり、強度の低い容器は潰れてしまうことになる。
かといって、1気圧に耐える強度の容器は『重い』。浮けなくなるほどに……。
それゆえ、内部を真空にしつつ、かつ1気圧の圧力に耐える容器……気球なら『気嚢』を開発したというなら、それは間違いなく『新発明』であろう。
「もしかして……『物理障壁』か!」
「また当たりだ! ジン、さすがだなあ!!」
感心するエイラだが、これだけ目の前に実例があれば、仁なら想像もつくというもの。
だが、自力でここまで辿り着いたエイラたちはさすがである。
「いやあ、実例があって、ヒントを貰えれば、想像できるさ」
「いや、それはない」
エイラにきっぱりと言われてしまう仁であった。
「まあとにかくだ、『魔法陣』を使った『物理障壁』を気嚢内に展開し、中の空気を抜いたのさ」
「ははあ……すごい発想だな。俺には到底考えつけなかったろうな……」
「そりゃあ、ジンならもっと簡単に気球以上の性能の航空機を作れるだろうからな。そういう発想そのものと無縁だろうさ」
「うーん……やっぱりそうなるかな……」
『魔法工学師』にもちょっと苦手な分野があったわけである。
それはともかく、今、試作気球は悠然と空に浮いている。
乗っているのはゴーレムのようだ。
「気球操縦用に開発した、軽量ゴーレムさ。反応速度、視力を重視していて、パワーは低めになっている」
「いいんじゃないか? 用途に応じて特化した性能を与えるのは」
仁も気球を見上げた。
推進方式は『噴射式推進器』のようだ。
「次の課題は気球じゃなく飛行船に応用することだな」
「飛行速度の問題か」
「そういうことさ」
いまのところ、気球の速度は時速20キロほど。自転車くらいの速度である。
球形の気嚢は空気抵抗が大きいため、速度を出しづらく、また風の影響も受けやすい。
「うーん……細長くするんじゃなく、平べったくしたらどうだ?」
「え?」
『物理障壁』を葉巻型にするよりは、パンケーキ型にする方が簡単である。皿状の結界を2つ……凸方向はそれぞれ上と下……を合わせればいい。
葉巻型よりは空気抵抗は大きいだろうが、球形よりは小さいだろうと思われた。
また、パンケーキ型は安定性がよさそうである。
「なるほど、一考の余地あり、だな。ジン、ありがとう」
「いや、参考になれば嬉しいよ。ところで……」
仁は、最も大事なことと言える事項……『安全性』について確認する。
「『物理障壁』の安定性はどうなんだ?」
これが、軽い気体を充填した気嚢であれば、空気が抜けるには時間が掛かる(気嚢が大きく破れない限り)。
だが、結界の場合は、魔力供給が絶たれれば消滅し、気嚢は即ぺちゃんこだ。
そうなったら……墜落である。
「その点は、『魔法陣式』の『障壁発生装置』を2系統備えてるんだ」
「なるほど」
空気を通さないこと、1気圧に耐えること。
必須機能はこの2つなので、消費自由魔力素は少ない。また、変動もない。
ゆえに魔法陣方式でまかなえるわけだ。
それを2系統持っていれば、1つが停止してももう1つが働いているので墜落はない、ということになる。
『魔法陣式』は超軽量なので同じものを2系統搭載してもほとんど重量アップにはならないのだ。
「さらに大型にして乗員を増やすなら、3系統から4系統にするつもりだ」
「それなら安心だな。……で、さっきのパンケーキ型だと、いざという時にはパラシュートとして使える……かもしれない」
面積と重量の関係があるから断言はできないけど、と仁が言うと、エイラは感心した。
「いやいや、それだけのメリットを即座に挙げられるというのは凄いよ。参考になった」
「ならいんだが」
そんな話をしていると、気球はゆっくりと降下してきて、無事に着陸したのである。
仁と話をしているエイラ以外のメンバーはそこに駆け寄り、いろいろとチェックをし始めた。
「エイラは行かなくていいのか?」
と仁が言えば、エイラは首を振った。
「あたし1人行かなくても、見落としはないさ。それに、ジンと話をしているほうが有意義だしな」
「そう言ってもらえると光栄だが」
そうこうするうちにチェックも終わったと見え、残りの面々が仁のところに集まってきた。
「ジンさん、ご挨拶が遅れて申し訳ない」
と、航空研室長のロア・エイスカーがまず挨拶をする。
「ジンさん、ご無沙汰してます。後でご意見などお聞かせください」
これはゴー研室長のラスナート・ハイルブロンだ。
そして航空研副室長のゾラ・ヒンメルや、ゴー研のクラートス、ラグル・グタン、クミルといった顔見知りの面々とも挨拶を交わした仁であった。
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